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鋼の月と白兎  作者: さかはる
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レッドカード 5

 他の学生達を無視してエレンは話し始めた。


「夏休みが終わると、分隊演習の授業がはじまる。大神ヒビキ、君に、私と分隊を組んでほしい」


 ヒビキの額を冷や汗が伝う。


 戦車を運用する際は戦車隊を、戦闘機を運用する際は戦闘機隊を組むように、ヴァンガードを運用する際にはヴァンガード隊を組む。そうした兵器としての運用を踏まえ、操縦科では学生同士で分隊を組ませ、分隊同士を互いに競わせる『分隊演習』という授業が行われている。


 この科目は総合成績評価に対する比重が重く、この授業で好成績を残せば将来が約束され、逆に成績が振るわなければ路頭に迷うかもしれないというのが学生達の間での通説だ。


 そうするとやはり強い仲間と分隊を組みたいというのが自然な心理で、例年は誰に指示されることも無く成績順で分隊が組まれる。つまり、1位の学生は2位3位と、4位の学生は5位6位と、そして最下位の学生は下から2番目、3番目と一緒に分隊を組む。


 学年最強の宇佐美エレン(レッドカード)と落ちこぼれの大神ヒビキが分隊を組むことなど絶対に有り得ない、いや、あってはならないのだ。


「おいウサミン! お前何言ってんだよ! こんなのと組むとか正気か!?」


「嘘だよねウサミン! 一緒に分隊組もうねって話してたじゃん!」


「しらない」


 他の学生達には目もくれないエレン。ヒビキはラーメンをテーブルに置き、席に着く。


「……なんで俺なんだ?」


「……面白そうだから」


 今度こそ空間が凍りついたようだった。『面白そう』。それは、分隊演習を『楽しむ』だけの余裕がある強者にしか許されない発言。エレンにとって分隊演習など、退屈な授業のひとつでしかないのだろう。


「大神ヒビキ、君は多分、この学校で1番頭がおかしい。1番面白い。だから、私と組んで欲しい」


 大真面目な顔でそんなことを言うエレンと見つめ合うヒビキ。その半開きの目を見ているとだんだん頭がおかしくなってくるようで。ついにヒビキは笑い始めた。


「くっ、くくくくくはははははは! 最高! 最高だなあんた! いいだろう! そういうことなら組もう! 分隊!」


「うん」


 2杯のラーメン越しに硬い握手を交わすヒビキとエレン。その様子を見た周りの学生たちが慌て始める。


「おいおいおい待てよ待てよ! そりゃないぜ!」


「そ、そうだ! 分隊って3人で1チームだよね! 最後のもう1人って────」



「いや、私たちは2人でやる」



「「はぁあああああ!?」」


 怒号の混じった悲鳴が食堂を満たす。ヒビキも悲鳴を上げていたが、すぐにエレンの言わんとすることを理解し、閉口する。


「そうか、確かに俺たちは2人じゃないとな」


 ヒビキのその声に頷くように、エレンは深紅の学生証を掲げた。


「操縦科1年生は全部で41人。3人1チームだと、最後の1チームは2人で組まなきゃいけない。そのチームに入るのは、レッドカードの私の仕事」


 口をパクパクさせるクラスメイトを一瞥したエレンは、深紅の学生証をTシャツの謎の空間に収納する。


「それにまぁ、せめて人数不利くらいのハンデがないと、ね?」


 エレンの露骨な挑発を皮切りに、我慢の限界を迎えたクラスメイト達から罵声が飛んできた。


「あぁそうかよ勝手にしろ!」


「ウサミンの裏切り者! あほ! ばーか!」


「男と2人でよろしくやってろクソビッチ!」


 捨て台詞を吐きながらぞろぞろと去っていくクラスメイト達。そんな罵声は何処吹く風のエレンは、スマホを取り出しヒビキに見せた。


「RINE、交換しよ」


◆◇◆


「最後のは余計だったんじゃないのか」


「焚き付けた方が面白い」


「そうかよ。あんた人のこと言えないぞ。で────」


 ベッドの上でスルメを貪るエレンと見つめ合うヒビキ。


「なんで俺の部屋に居るんだよ」


「……ひまだから」


「帰れ」


「女の子を、こんな時間に1人で帰らせるの?」


 窓の外を見るヒビキ。外はもう夜だ。"刑務所"は山の中にあるのでこの周辺は特に暗い。したがって、彼の返答はこうだ。


「ヴァンガードにバール1本で飛びかかる女を、女の子とは言わん」


「うけるw」


「うけんな、もういいから帰れ」


 スルメをモゴモゴと飲み込んだエレンが、ゆっくりと口を開く。


「君、自分の立場、わかってる?」


「なんだ急に」


「私は、レッドカードを持っている」


 スルメの足先が飛び出た口から、そんな言葉を零すエレン。何を当たり前のことを言っているんだとヒビキは思ったが、何故か、何故かその言葉に血液が逆流するような悪寒を覚えた。


「君、重心がブレブレ、体幹もヒョロヒョロ、操縦も凄く下手。 なんで操縦科に入学出来たのか分からない」


 エレンはベッドに横になり、足を伸ばす。


「だから気になってた、だから話をしてみたいと思って、今日、部屋に来たら、君の方から答えを教えてくれた」


 エレンのその言葉に思わず口角を釣り上げるヒビキ。



「そうでしょう? 違法入学者さん」



「……ご名答だよ、招待入学者サマ」



 そう、大神ヒビキは操縦科に入学できるだけの能力を持ち合わせていない。大神ヒビキは得意のハッキングで、合格者リストを書き換えた『違法入学者』なのだ。


 ヒビキはデスクの引き出しに手をかけようとして、手を止め、諦めたように手を下ろす。その様子を眺めていたエレンは満足気に声色を変える。


「正しい判断。私は君に退場(レッド)カードを突きつけるつもりは無いし、引き出しに入る武器じゃ私は倒せない」


 ため息混じりに頭を搔いたヒビキは、そのまま白旗だと言わんばかりに両手を上げた。


「はいはい。逆らいませんよ分隊長様」


「くすくす、よろしい。立場が分かったみたいだね」


 エレンは楽しげに笑い、無許可で布団の中に潜り込む。


「だから今日は、ここに、いさせて……」


 そう言って少女は寝息を立て始めた。

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