修学旅行:前編 7
どよめきどころか叫び声に包まれる講堂。ヒビキも思わずたじろいだ。
(特機隊の東雲飛鳥って……! 自衛隊のエースパイロットじゃないか! なんでこんな大物が!?)
日本が誇る『最速』の第四世代型ヴァンガード、飛燕零式。超音速飛行が可能な世界唯一のヴァンガードであり、空中戦では間違いなく世界最強と言われているヴァンガードだ。
当然、そんな飛燕零式の操縦席はそう簡単に座れるものではない。東雲飛鳥は、精鋭揃いの特殊機動士隊の中でさらに厳しい選抜を勝ち抜いた、正真正銘のエースパイロットなのだ。
飛鳥の黒いポニーテールが揺れる。整った甘い顔立ち。鍛え上げられ、引き絞られた抜群のスタイル。優れた容姿と、最強のパイロットというキャッチコピーから、広報のポスターなどに採用されることも多い。日本で一番有名な自衛官だと言えるだろう。学生達の間にもファンは多い。
「今日は零式の定期メンテナンスで身体が空いていたので、無理言って講師役を代わって貰いました……というのも」
飛鳥はヒビキとエレン……では無くその前に座っていたサクラの元に歩み寄ると、サクラの手を取って立たせた。
「じゃーん。実は私、剣術道場に通っているんですが、この玄武寺サクラさんの妹弟子なんです」
講堂に再びどよめきが広がる。サクラは顔を真っ赤にして、目を閉じて歯ぎしりをした。
「……やめてください。今はただの学生なんですから」
「まーたまた。私まだ姉弟子から一本も取れたこと無いんですから。姉弟子は姉弟子ですよ」
再三のどよめきに包まれる講堂。恥ずかしさで震えるサクラを見ながら、ヒビキは先日の分隊演習を思い出し頬をひきつらせた。
(そりゃ……300台の自爆ドローンと砲弾の雨を捌き切るくらいどうってこと無いわけだ……)
「うぅ……恥ずかしい。死にたい」
汗をかいて真っ赤になったサクラが今にも泣きそうになっているのを見て、飛鳥はサクラをそっと座らせて耳打ちした。
「すいません。やりすぎました」
「覚えておきなさい……」
「うげ、お手柔らかに」
飛鳥がサクラに背を向けてプロジェクターの方へ戻ろうとするその直前。ヒビキは、ほんの一瞬だけ、飛鳥がエレンのことを睨んだような気がした。エレンはいつものジト目で黙って飛鳥を見据えていた。
◆◇◆
飛鳥は、特殊機動士隊の役割、ものすごく具体的な入隊の方法、そして飛燕零式の事細かなスペックについてそれはもうペラペラと話した。
「────ということで、飛燕零式は高高度を飛行可能な輸送機とセットで運用される事が多いです。ヴァンガードは汎用兵器ではありますが、特化した機能については専門の兵器に及びません。近代的な空中戦ならF-35の方が強いんです。ですが、飛燕零式が最適解になるケースがあるのもまた事実。ヴァンガードに携わるなら、それは本当にヴァンガードでやる必要があるのか? という疑問は、常に頭の片隅に置いておくべきですね」
飛鳥の講義が終わると講堂は拍手に包まれる。諸事情あってヴァンガードの設計にやたら詳しいヒビキは、飛鳥の講義を理解出来たが、大半の操縦科の学生は内容を理解出来なかっただろう。特に中盤の飛燕零式の設計の話は難解過ぎた、整備科の学生ですら着いてこられるか怪しい。
(まぁ、喧嘩ばかり強くてもエースパイロットにはなれないってことだな……さて、うちのエースパイロットさんは……)
ヒビキが隣の席に目をやると、エレンは船を漕ぐのをやめてすっかり寝息を立てていた。ヒビキは慌ててエレンを起こす。
「うぅ……」
「そんなに難解だったかよレッドカードさん! 見ててこっちがヒヤヒヤするからちゃんと起きててくれ!」
ヒビキは拍手に紛れながら小声で説教を垂れた。
「あんなの基礎だよ……学生相手だから、レベル合わせてるんだろうけど……」
そう言ってエレンは大欠伸をした。優秀すぎるのも考えものである。
(レベルを合わせてるつもりなら酷い調整ミスだ)
拍手が鳴り止むと、飛鳥は咳払いをした。
「さて、打ち合わせ通りなら次は体験訓練でしたね。ここ筑波基地には、最新鋭のVR技術を応用した仮想操縦訓練施設があります。今回は対テロ鎮圧を想定したヴァンガード対ヴァンガードの1対1の戦闘訓練を体験してもらうのですが……折角ですし、私がテロリスト役を引き受けましょう。誰かやってみたい人は居ますか?」
講堂は悲鳴に包まれる。エースパイロットの技術を肌で体験出来るまたとない機会だ。教育的には大きな意味があると言えるだろう。
(サービス精神に溢れすぎだろう……)
無論、そんなのは真っ平御免なヒビキは、万が一にも指名されないように気配を消すことに専念した。
「さ! 私の胸を借りるつもりで! 大金星を上げたい人はー?」
突然、それまでザワついていた講堂が静かになった。学生達の視線が一点に集まる。皆の視線が注がれるのはもちろん、ヒビキ……の隣に座っている─────
飛鳥がエレンに微笑む。
「君、やってみる?」
ヒビキは思わず固唾を飲んだ。エレンはいつものジト目で、じっと飛鳥を見つめていた。




