表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鋼の月と白兎  作者: さかはる
48/56

修学旅行:前編 6

 高速道路を降りたバスが下道を走る。


「"真実のゾフィーは、ゾフィーが不都合な真実から目を背けようとする時に目を覚ますんだよね? じゃあそもそも君と会った真実のゾフィーはどうやって目を覚ましたのって話になるけど……これは地下の巨大球体に気付いたってことで説明がつく"」


「"じゃあお前の過去は?"」


 エレンは、エコーシルエットの格納庫でのゾフィーとの出来事を話した。


「"異常な悪夢……"」


 ヒビキは眉を顰める。


「"その時はそんな素振り無かったけど、何かに気づいてしまって、真実のゾフィーがその裏を取ろうとしているなら、(WOLF)を頼ろうとするのはそう不自然じゃないと思う"」


「"真実のゾフィーがお前の過去を知りたがっていてもおかしくないってことか……"」


 バスが赤信号で止まると、前の方に座っていた担任の教諭が立ち上がる。


「そろそろ着くから、荷物と身だしなみを整えておくように」


 信号が青に変わるとバスは再び進みはじめた。クラスメイト達がざわめく。


「"地下の球体のことはともかく、お前の過去についてはお前の考えを尊重するつもりだ……どうしたい?"」


「"……調べられるの?"」


「"手が無いことは無い"」


 エレンはそれを聞くと、虚空をじっと見つめたまま黙ってしまった。エレンが俯いていては読唇術による会話ができないので、ヒビキはやむを得ず声を出す。


「宇佐美?」


「……しばらく、考えさせて」


 そう言ってエレンは顔を上げると、窓の外の空を見つめた。


「ゾフィーを泣かせたことについてだけど、悪気は無かったみたいだし、とりあえず、私からはさっきの1発で許してあげる。ゾフィー次第でもう2、3発行くけど」


 ヒビキはまだ痛みが脈打つ足を揺らした。


(2発の間違いだろ……)


◆◇◆


 ヒビキ達の通う国立機動士技術高等専門学校の卒業生の進路は多様だ。ヴァンガードリーグで活躍するパイロットやメカニックになる者。企業の研究員としてのテストパイロットやエンジニアになる者。そして、自衛隊の機動士隊に入隊する者。


「装備としてのヴァンガードの最大の利点は、その汎用性の高さにあります。我々人間が状況に応じて道具を使い分けるように、銃を持てば砲撃戦が、近接武器を持てば銃砲を使えない市街地での対テロ作戦の実行が可能です。そして、この汎用性が最も効果を発揮するのが災害救助の現場になります」


 科学の街、茨城県つくば市にある自衛隊機動士隊筑波基地の一角には広報館があり、ヒビキ達はその講堂で自衛隊機動士隊についての説明を受けていた。


「重機では侵入できない場所への侵入、瓦礫の撤去、物資の運搬、ヴァンガードは例え1機であっても、災害現場で必要とされる多くの役割を担うことができます。しかし従来のヴァンガードは、脚部の接地圧の関係で土砂災害の─────」


 ヒビキの左隣で背筋を伸ばして目を輝かせている熊谷。


(熊谷は確か自衛隊の機動士隊志望だからな、よほど楽しみにしていたに違いない。しかしこの……)


 ヒビキは反対の右隣を見る。エレンにしては珍しく制服をきっちり着ているが、舟を漕いでいては仕方ない。プロジェクターの前に立って説明をしている自衛官と、ヒビキの前に座っているサクラの視線が痛かったので、ヒビキはエレンを肘でつついて起こした。


「起きろよ……自衛隊の人見てるぞ」


「うぅ……だって……さっきから知ってる話ばっかり……」


 エレンはぺしょぺしょと文句を垂れた。優秀すぎるのも考えものである。


「─────つまり、ヴァンガードの汎用性を十二分に活かすためには陸海空の自衛隊の連携が不可欠であり、それを円滑に行うために共同部隊として新設されたのがこの自衛隊機動士隊なのです」


 説明が終わると講堂に拍手が起こる。熊谷はとても満足そうだ。ぺちぺちと欠伸交じりに拍手をするエレンをサクラが睨む。エレンは普段の授業も退屈そうにしているので、悪い意味でいつも通りなのだが、普段は真面目でも今回は退屈そうにしているという学生は少なくなかった。


 と、言うのも。ひどい話だが若者の目には農家や運送業者といった社会に必要不可欠な仕事よりも、芸人だのミュージシャンだのといった仕事の方が魅力的に見えてしまうもので。ヴァンガードリーグというエンタメ市場での活躍を志す大半の学生にとっては、自衛隊というのは酷く地味に見えてしまうものなのだ。


 熊谷のように自ら進んで自衛隊を志す学生は少数派だと言わざるを得ないだろう。なお、防衛省相手にサイバー攻撃を仕掛けまくっていた大神ヒビキ(犯罪者)君は論外である。


 早く終わんねーかな。という嫌な空気が講堂に流れる。


「続いて、ここ筑波基地に駐屯している第3機動士連隊所属の操縦士に、第3機動士連隊及び12式機動士の紹介をしていただく予定……だったのですが────」


 そんな嫌な空気を吹き飛ばすように。


「急遽予定を変更し、特殊機動士隊所属の操縦士に来ていただいております。特佐、よろしくお願いします」


 講堂がどよめく。エレンの半開きの目が微かに見開かれる。


 ドアを開けて颯爽と入ってきた制服姿のその美しい女性は、プロジェクターの前に立つとマイクを持った。


「自衛隊機動士隊、特殊機動士隊所属の東雲(しののめ)飛鳥(あすか)です。飛燕零式というヴァンガードを預かっています。今日はよろしくお願いしますね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ