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鋼の月と白兎  作者: さかはる
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修学旅行:前編 5

「ゾフィー……!」


 昨夜のこともあって、ヒビキは思わず身構えてしまった。


「?……はいコレ、片っぽはエレンにね」


 ゾフィーは首を傾げながらも、コーヒーのボトル缶といちご牛乳のペットボトルを差し出した。どちらがエレンのものかは言わずもがなだ。普通のスチール缶でもいいところを、揺れるバスの中でも扱いやすいようにとボトル缶にしているあたり、細やかな気遣いを感じる。


「あぁ……すまない、ありがとう」


「ふふん、自販機が混むだろうと思って一番乗りして買っておいたのサ」


(よかった、どうやらいつものゾフィーみた───いつものゾフィー!?)


 ドリンクを受け取ったヒビキは財布を取り出そうとして顔を赤らめ、慌ててそっぽ向いた。


(あぁクソ、ダメだ。アレに踊らされてるだけかもしれないって分かってても調子狂うな……慣れてないんだよこういうのには)


「助かったよ、幾ら……だ……?」


 ヒビキが顔を戻すと、そこには顔どころか指先まで真っ赤にしたゾフィーが立っていた。


(しまったまずい……!)


 真実のゾフィーに会ったことがある人間が取る独特のリアクション。つまり、『どっちのゾフィーだ?』という警戒の目線と、『あぁよかった、普段のゾフィーだ』という安堵の仕草。恐ろしく勘の良いゾフィーがそれに気づかない訳もなく。


「なんデ……」


 ゾフィーが口をわななかせて後ずさる。


「待ってくれ、ゾフィー……!」


「ごめん……!」


 震えた声でそう言ったゾフィーは、ヒビキに背を向けて整備科のバスへ走って行った。


◆◇◆


 どうすればいいかわからず、とにかくバスに戻ったヒビキを出迎えたのは、クラスメイトの冷ややかな視線だった。朱雀や熊谷ですら、怪訝な目でヒビキを見ている。


(バスの中から見える位置だったからな……こうなるか……)


 一番後ろの席に座っていたサクラが立ち上がり、ヒビキの方へ歩いてくる。


「おい玄武寺」


「ちょっと黙ってて」


 熊谷の言葉も聞かずにヒビキへ詰め寄るサクラ。そんなサクラの前に、今度はエレンが立ちはだかる。サクラはそれを鼻で笑った。


「いいご身分ね。女の子泣かせておいて別の女の子に守ってもらうなんて。ほんと、ヒモの才能あるわよ」


「……泣かせておいてってどういうことだ?」


 ヒビキのその発言にサクラはカチンと来たようだった。サクラはエレンを睨む。


「どきなさいよATM女」


「……」


 エレンはヒビキの方へ黙って振り向くと、ヒビキの鳩尾を殴った。


「がッ……は!?」


 卒倒したヒビキが通路でのたうち回る。あまりの痛みに、ヒビキは骨と内臓が全部潰れたんじゃないかと思った程だった。


 サクラは唖然としてエレンを見つめる。


「あんた……! 何もそこまでしなくても……!」


「……ヒビキと私の名誉のために。これ以上の制裁が必要かどうかは、言い訳を聞いてから決める」


◆◇◆


 サービスエリアを出発したバスの中は静かだった。エンジンとタイヤの音に紛れて、クラスメイト達のヒソヒソとした話し声が聞こえる。


「整備科の猫宮さんを泣かせたらしいぞ……」

「マジかよ。最低だな。ヒモのくせに女泣かせるなんて……」

「でも罰として宇佐美に鳩尾殴られたって」

「ひぃぃ、怖ぇ」


 ヒビキは青ざめた顔に不敵な笑みを浮かべた。


「助かったよ。分隊長様」


「うん、感謝して。……で、何でゾフィーを泣かせたの」


 エレンはそう言っていちご牛乳に口をつけた。その言いぶりからして、やはりゾフィーは泣いていたのだろう。


(まぁ……そりゃ泣くよな……)


 ヒビキはスマホを取り出してエレンにRINEを送った。


「"大勢が聞き耳を立ててる場所で出来る話じゃない"」


 エレンはスマホの通知を見ると、ヒビキの顔を覗き込んだ。いちご牛乳の甘ったるい香りがする。エレンが口をぱくぱくと動かす。


「"なら読唇術を使えばいいでしょ?"」


「お前が使えないだろ……」


「"使える、勉強した"」


 ヒビキの驚いた顔を見て、エレンはドヤ顔をして見せた。


(一朝一夕で身につく代物じゃ無いんだがな……なんて奴だ)


「"全部話して。君のこと、ちゃんと信じさせて"」


 エレンの真っ直ぐなジト目がヒビキを捉える。ヒビキは少し悩んだが、協力者であり、ゾフィーと同じ分隊でもあるエレンには打ち明けてもいいだろうと、昨夜の出来事を話し始めた。ゾフィーに対する良心の呵責を感じながら。


◆◇◆


「"学校の地下の巨大球体……解離性同一性障害……ゾフィーの憧れ……そして、私の過去……"」


「"……今朝この話をお前にしなかったのは、単純に話を信用出来なかったからだ。だからまだお前の過去は詮索していない"」


「"でも、さっきのゾフィーの反応を見るに、話を信用していいんじゃないかと……そう思ったわけだね"」


「"……少なくとも、真実のゾフィーの存在は確信した。話の内容については分からない"」


 そんなことを口走ったヒビキを激痛が襲う。エレンがヒビキの足を思い切り踏みつけたのだ。


「痛っ……!」


「"またゾフィーを泣かせたいの? 自分に自信が無いからって、あの子の気持ちを疑わないでよ"」


「"ああくそ……悪かったよ。ゾフィーの気持ちは……まぁ……そうなんだろう。でも地下の巨大球体とか、突然出てきたお前の過去の話とか、そのあたりは信じようにも裏が取れないだろ……"」


 顔を赤らめているヒビキの隣で、エレンは顎に手を当てた。


「"……いや、信じていいんじゃないかな"」

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