修学旅行:前編 3
「……何かと思えばまたそのWOLFの話か、俺は────」
「あー、もういいもういい、ボクが決定的な証拠を見せない限り君が自分をWOLFだと認めないのはもうわかっているから、いちいちしらばっくれて時間を浪費するのはよすんだ。ボクは君がWOLFである前提のもとで話すけど、君はこれから先それにいちいちツッコミを入れなくていい。わかったね?」
ヒビキは勝手にしろと言わんばかりにわざとらしく肩をすくめた。
「いいかい、君。論理的に考えるんだ。ボクが君をWOLFだと突き止めて警察に突き出すことになんのメリットがあるんだい?」
「いくらでもあるだろ。あんたの親父さんのとこの会社は、WOLFを目の敵にしてるんじゃないのか? それに、そのWOLFとやらには物凄い額の懸賞金が掛けられているだろう?」
ネットワーク犯罪者WOLFことヒビキは、ゾフィーの父が経営する世界最大手のヴァンガード製造企業『イデア』や、各国の政府、その他企業などに手当たり次第にハッキングを仕掛けまくっている。もちろん、盗み見た情報を口外したことは一切ないが、目の敵にされているといって差し支えないだろう。当然、おぞましい額の懸賞金が掛けられている。
しかしゾフィーはそれを鼻で笑った。
「確かにイデアはWOLFを血眼になって探しているけど、それは大企業としての体裁を守るためだ。君に企業秘密を盗み見られたことによる実害は一切なかったけど、世界的大企業イデアがやられっぱなしじゃ顧客に説明がつかないからね。けど、君が前回の襲撃からもう2年近くイデアを攻撃していないおかげで、イデアのセキュリティは改善された、という風に顧客には認識されてるから、君を急いで捕まえる意味っていうのはますます無くなっているんだ。ああちなみに、お金には興味はないよ。ボク、超が付くセレブだからね」
ゾフィーはそんなことを、わざと嫌味ったらしく言って見せた。ゾフィーは世界的大企業イデアの社長の一人娘、即ち、大金持ちのお嬢様だ。お金には本当に興味が無いのだろう。
「なるほどな、しかしそうするとわからないことがある。なんでゾフィーはWOLFを探しにわざわざこんなところまでやって来たんだ? あんたはそれでもWOLFを捕まえるつもりがないっていうのか?」
それを聞いたゾフィーは目を丸くすると、大きなため息を二回もついた。
「君は凡人どころか、それ以下のひどい奴だ。本当にハッキング以外に能がないんだね。いいかい? まず、彼女とボクは、記憶の一部や身体を共有しているとはいえ別人だ。仮に彼女が君のことを私怨から捕まえようとしていたとしても、それが一体ボクと何の関係があるんだい? もう少しボクを尊重してくれてもいいんじゃないのかな?」
「ぐっ……それは……はぁ、悪かったよ……」
「それにだね、彼女は絶対に君のことを警察に突き出したりしないよ? 彼女が君に会いに来たのは、君に対して憧れを抱いているからだからね。WOLFを捕まえるっていうのは君に会うための口実、大義名分さ」
「は?」
ヒビキは、ゾフィーが何を言っているのか理解出来ず、素っ頓狂な声を上げた。
「まぁ、より正確には、『正体不明の天才ハッカーWOLF様』に対する憧れだけどね。何だかんだいいとこのお嬢様だし、ちょっと悪いヤツに惹かれたのかもしれないね、ボクに言わせれば悪趣味でしかないけど」
「ち、ちょっと待て、ゾフィーが、何だって?」
「彼女は君のことが好きなんだよ。本当に気づいていなかったんだね。最低だ、君はやっぱり凡人ですらないよ」
頭を抱えたヒビキの脳裏に、これまでのゾフィーの言動がフラッシュバックする。
(ゾフィーが、俺を?)
「仮に、彼女が君がWOLFである決定的な証拠を掴んだとして、それを君に突きつける時が来るとしたら、それは君に……まぁそれは君達の問題だ、ボクはそんなの知ったことじゃない。ボクが興味があるのは、ボクの知的好奇心を掻き立てる真実だけ、つまり、コレだ」
そう言ってゾフィーはまたタブレットをヒビキに見せた。
動揺でそれどころでは無いヒビキに、ゾフィーが詰め寄る。
「分かるかい? ボク達は目的を同じくする同志なんだよ。ボク達は同類だ、秘匿された真実は白日の元に晒さずには居られないのさ。ボクが君の味方だって言うのは、そういうこと」
ヒビキは顔の熱を隠すように、フードを下げた。
「じ、じゃあもし仮に、俺が本当にWOLFで、あんたが本当にWOLFさんの味方だったとして、なんでそんな話をするんだ。目的はなんだ?」
ゾフィーはニッと笑うと、ヒビキの耳元で囁いた。
「宇佐美エレンの過去について、洗いざらい調査して欲しいんだ」




