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鋼の月と白兎  作者: さかはる
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修学旅行:前編 1

 9月だというのが信じられない程に蒸し暑い熱帯夜。エコーシルエットの暗い格納庫の中で、懐中電灯の小さな明かりが揺らめいていた。


 黒いフードとマスクで顔を隠したヒビキが、コックピットへと続く鉄の階段をゆっくりと上がっていく。階段を上りきり、鋼のハッチの前にたどり着くと、ヒビキはハッチを開けてエコーシルエットの中へと忍び込んだ。


 ヒビキには『何か』の捜索のために、エコーシルエットのコックピットで秘密裏に行わなければならないことがあった。


 しかし、エコーシルエットを初めとしたヴァンガードは兵器であり、法律で厳しく管理されている。事前に許可を取っておかなければ、学校が閉まっている時間にはヴァンガードに触れることはおろか、格納庫に立ち入ることすら許されない。現在時刻は深夜1時。学校は閉まっているが、ヒビキは当然、エコーシルエットに触れる許可など取っていない。ヒビキが泥棒みたいな格好をしているのはこのためだった。


 コックピットに侵入したヒビキがハッチを閉めると、可愛らしい声がヒビキを出迎えた。


「こんばんは、ヒビキ君」


「っ!? 誰だッ!!」


 ヒビキは思わず飛び退いて、狭いコックピットの中で頭を酷くぶつけた。その音を聞いて声の主は笑い出す。


「くすくす。何、別に怯える必要はないよ」


 息を荒らげて懐中電灯を構えているヒビキを宥めるように、声の主はコックピットのモニターに電源を入れた。


「っ!」


 モニターの青白い光が少女の姿を映し出す。ヒビキを出迎えたのは、他でもない、ゾフィーだった。


「"ボク"に会うのは初めてだね、大神ヒビキ君」


 ゾフィーの意味深なセリフへの返答として、ヒビキは黙ってハッチの内鍵を閉めた。その様子を見て、ゾフィーはわざとらしく肩をすくめる。


「まさかこのボクを痛めつけて口封じをするつもりかい? 同い歳の女の子のプライベートを詮索するのはちょっと……なーんて理由でボクのスマホをハッキング出来ずにいる君が?」


「ぐっ……何の事だかさっぱり分からないな。それより、こんなところで、こんな時間に何してる」


「それはもちろん、君に会いに来てあげたのさ。お土産も一緒にね」


 そう言ってゾフィーは電子タブレットを取り出して、画面をヒビキに見せた。その画面を見たヒビキは思わず目を見開く。


「君が欲しがっているデータはコレだろう? 存分に感謝してくれて構わないよ。ボクのような、物理学に対する高度な理解がある人間でなければあのデータは解析できないからね」


 ヒビキは激しく動揺した。ゾフィーがヒビキに見せた三次元データは、正しくヒビキが欲しがっていた、学校一帯のスキャンデータだったからだ。


 先日の分隊演習の際にヒビキがサクラに対して使用したEMP砲は、要は強力な電磁波だ。接近戦用に出力を大幅に抑えていたとはいえ、まだかなりの出力がある。それ故に、その電磁波は遠くまで届くし、ある程度物体を貫通する。そして何より、構造物にぶつかれば『反響』する。ヒビキは、この強力な電磁波の『反響』を解析することで、学校一帯のスキャンデータを手に入れようとしたのだ。


 しかし、これは困難を極める。EMP砲の電磁波は、電子回路への攻撃能力に重点を置いているため、スキャン向きではないからだ。そればかりか、肝心の反響を計測する機器も、エコーシルエットの簡易的なレーダーの簡素なレシーバーのみ。このレシーバーの中に残された、ほとんどノイズと言って差し支えないぐちゃぐちゃのデータを解析して、学校一帯のスキャンデータを作製しようと、ヒビキはそう考えたのだ。暗い洞窟の中で、コウモリの真似事(エコーロケーション)をしようと叫んでいるようなものだ。全くの無理無謀、無茶である。


 だが、これが上手く行けば『何か』の捜索に関する大きなアドバンテージを得ることが出来る。例えば、学校の建物の間取り図に示されていない、隠された空間が見つかるかもしれないからだ。そのような怪しい場所が見つかれば、そこを重点的に調査することで捜索の効率を上げることができる。


「一応データの説明をしてあげよう。これは君が先日発砲したEMP砲の電磁波の反響を解析して得られた、学校周辺一帯のスキャンデータだ。しかし、流石のボクも、このデタラメなデータから精密な情報を抽出するのは難しくてね、君が期待しているような、『間取り図』レベルの精密なデータは得られていない。せいぜい、どこにどの建物があるか分かる程度さ」


 ゾフィーはそう言って、タブレットをスクロールした。タブレットの画面のその暗い背景の中に、目に見えない程小さな白い点が無数に散らばっており、その集合が、地面や建物の形を作っている。しかし、建物の像はぼやけており、その大きさや配置のされ方を実際の学校と照らし合わせて、建物の名前を辛うじて推測できる程度だ。


「けど、落胆するにはまだ早い」


 そう言ってゾフィーは画面を操作し、カメラを一気に引いた。すると、にわかには信じがたいものがヒビキの目に飛び込んできた。


「っ……これは……!」


「くすくす、ボクも自分の目を疑いかけた程だからね、驚くのも無理はない。この学校の地下にはね、直径約120mの巨大な球体が埋められているのさ」

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