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鋼の月と白兎  作者: さかはる
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会話記録・悪夢とデスマーチ

─ 分隊演習前日・エコーシルエットの格納庫にて ─


「……ぇ。……ねぇ、大丈夫カイ?」


「っ!?」


「ぎゃっ!?」


 飛び起きたエレンの額がゾフィーの額に激突し、ゾフィーは地面を転がって悶絶した。エレンは酷く汗をかいており、呼吸も荒く、手はわなわなと震えていた。


「はぁっ……はぁっ……」


「うぅ……大丈夫かい? 酷くうなされていたみたいだけど」


「……たまに、こうなる」


 エレンはそう言って、アウトドアチェアに倒れ込んだ。


「悪夢を見たのカイ? 僕が結構うるさく作業をしていたからかもしれないネ、人は寝ている時の外の環境からの刺激で見る夢が変わったりするんだ、例えば、寝ている人の顔に白熱灯の光を当てると────」


 エレンは首を横に振った。


「……悪夢を見る時は、いつも同じ内容。真っ暗で、とにかく、とにかく痛くて苦しくて、怖い、そういう夢」


 ゾフィーは顎に手を当てた。寮のベッドで寝ている時も、この格納庫で寝ている時も同じ夢を見るなら外的環境は関係ないと言えるだろうからだ。


「夢、っていうのは寝ている間に脳が記憶を整理する時に見るものなのサ。だから夢には、見たことがある場所や人が出てくる。過去に何かそういう経験が?」


 エレンはまた首を横に振った。エレンもその説は知っていたため、その可能性は何度も考えたことがあった。しかし、エレンには本当にそんな心当たりがなかった。


「だから、怖い。本当に心当たりがない……ゾフィー、君は脳とか神経とかの分野に精通しているでしょ? 週に1〜2回のペースで同じ内容の悪夢を繰り返し見るなんてことは、正常な人間でも起こりうることなの?」


「分からない」


 ゾフィーは間髪入れずにキッパリとそう言いきった。


「脳はブラックボックスだからネ、記憶とか夢とかの原理だって『そうだと思われる』くらいのことしか分からないんだ。だから憶測で君の不安を煽るようなことは言えない。ただ────」


「ただ?」


「夢っていうのは曖昧なものだからネ、同じ夢を見ている……と思っているだけで実は違う夢を見ているのかもしれなイ。加えて、寝る前に強く意識したことが夢に出やすい、なんて説もあるから、君が寝る前にいつもその悪夢のことを考えているなら、そうやって悪夢について考えること自体がトリガーとなって同じ夢を繰り返し見ている……という可能性もあるネ」


 ゾフィーはまくし立てるようにそう言った。考えられるもうひとつの恐ろしい可能性を考えないためだ。


(やめろ、考えるな)


「悪夢について悩んでいるなら、そもそも夢を見る頻度を減らすことが一番の対策だネ。知っているかもしれないけど、夢っていうのは、脳の眠りが浅い時に見るものなのサ。深い眠りに落ちている間は夢を見ない。つまり、夢を見たくなければ眠りの質を上げれば良いのサ。こんなに明るくてうるさくて鉄臭いところで寝たら、そりゃ眠りは浅くなるさ。ちゃんとベッドに入って寝ることだネ」


 ゾフィーがそうやって喋っているうちに、エレンは段々と落ち着いてきた。強ばっていた表情も柔らかくなる。ゾフィーはスマホを開いて時間を確かめた。


「もう深夜2時だ。別に無理にボクに付き合う必要はない、戻って寝てくれて構わないよ」


「ううん、まだちょっとここに居る」


 エレンがダンボールに入れられた捨て犬のような目をするので、ゾフィーはやれやれと微笑んだ。


「そっか、じゃあボクも少し休憩しようかな。カップラーメンがあるんだ、ボクは最近これにハマっていてね────」




『エレンは、過去に記憶が消えるほどの恐怖体験をした可能性がある』




 ゾフィーの後ろに、もう1人のゾフィーが立っていた。ゾフィーに不都合な真実を突きつける、"真実のゾフィー”だ。


(……黙れ)


 "真実のゾフィー"が囁く。


『記憶を完全に消すことは出来ない。エレンは必死に忘れようとしているが忘れられない、脳の深層にこびり付いた恐怖の記憶が、夢として思い出されている可能性がある。……いや、少し違うか?』


(黙れ黙れ黙れ!)


『いいや、(ボク)はもう気づいている筈だ。だってボク()は正真正銘の天才だからね。……答えはこうだ、エレンは過去に何者かに───』




「ゾフィー?」


 エレンのその言葉で"真実のゾフィー"は霧散した。我に返ったゾフィーはわざとらしく大声を出す。


「しまった! ボクとしたことが給湯器を忘れてきた!」


 エレンは吹き出し、けらけらと楽しそうに笑った。


「いいよ、私の部屋にもあるから、持ってきてあげる、給湯器。しばらく作業してて」


 そう言ってエレンはパタパタと駆けて行った。


 再び現れる"真実のゾフィー"を、ゾフィーは悲しげに睨んだ。


『宇佐美エレンは、過去に何者かに恐怖と苦痛に満ちた経験をさせられて、しかも、その記憶を消されている可能性がある』


 そう言い切ると、"真実のゾフィー"は満足気に霧散した。ゾフィーは、広い格納庫の中に一人座り込んだ。

ストックが切れましたので、1か月~1年くらい、ストックを貯める期間に入ると思われます。更新再開しましたらまたよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 続きが待たれる(゜∀゜)
2024/08/09 20:46 退会済み
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