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鋼の月と白兎  作者: さかはる
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分隊演習 13

 先生を連れたゾフィーがすぐに戻ってきてくれたが、ヒビキはサクラに言われたとおり『大事には至らなかった』と、説明した。分隊演習の授業の残りの時間を、ヒビキはゾフィーと共に見学室で過ごした。サクラは見学室には来なかった。


 こうして波乱の分隊演習は幕を閉じ、一向は再びバスに乗って帰路についた。流石に疲れが出たのだろう、ゾフィーはヒビキの隣で静かに寝息を立てていた。ヒビキは初勝利の苦い味を嚙みしめていた。


◆◇◆


 学校に到着後、バスを降りて、傷と汚れだらけのエコーシルエットを格納庫に格納し、パイロットスーツを着替えた頃には時刻は19時を回っていた。日はとうに落ち、空は淡い紫と青に染まっていた。


「ブラック授業だ……」


 校舎の外に出たヒビキは、夕空を見ながら言葉を零した。別に期待してはいなかったが、ゾフィーや熊谷などの一部の例外を除いて、誰もヒビキの勝利を称えなかった。一方で、ゾフィーに対する称賛の声は留まるところを知らなかった。当然である。あの戦いは傍から見れば誰がどう見たって機体性能によるゴリ押しにしか見えなかったからだ。300台のドローンを全てヒビキが操縦していたと、まして、一瞬でヴァンガードのプログラムを書き換えるという荒業をやってのけたなどと、見ている人間が気付けるわけがないのだ。


「ヒビキ」


 声に振り向くと、そこには穏やかに微笑むエレンが立っていた。


「宇佐美……」


「おめでとう、お疲れ様」


「お前の妙な企みのせいでひどい目にあった」


 ヒビキの不満そうな顔を見て、エレンはけらけらと楽しげに笑った。


「今はまだ分からなくても、皆そのうちきっと気づくよ、君は凄いヤツだって、今日の勝利は、君の勝利だったんだって」


「……9割はゾフィーとエコーシルエットのおかげだ」


 ヒビキがそんなことを言うと、エレンは目にもとまらぬ速さのデコピンを飛ばしてきた。


「痛って!」


「そういう台詞は、敗者への侮蔑に等しい。勝者は、ただ勝利を誇ればいい」


 そう言いながらエレンは『ノンノン』と指を振った。エレンの珍しく真っ当な台詞にヒビキは微笑んだ。


「……そうだな……そう言うことにしとこう」


 エレンは満足に笑った。


「ね、ヒビキ、目を閉じて」


「なんだ急に」


「いいから」


 ヒビキは言われるがままに目を閉じる、すると、ヒビキの首にそっとヘッドホンが掛けられた。


 そして────


「よしよし、よく頑張りました」


 背の高いヒビキの頭を、エレンは背伸びして撫でた。ヒビキはその手を払いのけようとしたが、甘んじてそれを受け入れた。夕闇が顔の火照りを隠してくれるのを祈りながら。


◆◇◆


 ──同刻・相模湾上空──


 スクランブル発進したF-35の操縦席では三和(みわ)三等空佐が操縦桿を握っていた。三和が睨む南の空に黒い影が映る。沈みゆく陽光がその異様なシルエットを下から照らし出す。


「管制室、こちらホーク1、敵機を視認した、間もなくエンゲージする、オーバー」


「"こちら管制室、了解した。東京湾上空で警戒飛行中のキャリアー05が2分後にそちらに合流する。レーダーによると、敵機は先日のものと同形のヴァンガードと推測され、極めて高い飛翔能力と重装甲を有すると予測される。十分に警戒されたし"」


(やはり……異形のヴァンガード……!)


 それはあっという間にやって来た。ぬらぬらと動く6本の触手、蠢く金属製のヒダ。先日、同胞を殺した異形のヴァンガードの同型機だ。


(来る……!)


 異形のヴァンガードは大きく触手を広げ、三和の操縦するF-35に向けて突進してくる。三和は大きく操縦桿を切り、F-35を急降下させた。ジェットエンジンが轟音を上げる。猛烈なGが襲い掛かり、世界が真っ逆さまに落ちてくる。異形のヴァンガードもそれを追うように、水面に向かって飛翔し始めた。


「その図体では、水面近くは飛びにくいだろう────」


 三和は操縦桿を持ち上げた。F-35は水面に激突する寸前で機首を持ち上げ、水面スレスレを飛翔し始める。ジェットエンジンの暴風に巻き上げられた水しぶきが、白く大きな軌跡を描く。キャノピーに纏わりついた水滴が一瞬で置き去りになる。翼が水を叩く寸前の、命がけの低空飛行であった。


 異形のヴァンガードはそのまま海に突っ込み、巨大な水しぶきが上がる。程なくして、もう一度大きな水しぶきが上がり、異形のヴァンガードが海中から再び姿を現した。異形のヴァンガードは怒り狂ったようにF-35を猛追する。


「やはり、水面近くでは触手を畳むしかないようだな」


 前回の襲撃では、触手を広げた状態での突進攻撃によってF-35が2機も撃墜されてしまった。異形のヴァンガードの攻撃を回避するには、まず触手を畳ませて、接触面積を減らさなければならないというのが三和の出した結論だった。海面スレスレを飛べば、海面に接触しないようにするために触手を畳むしかないだろうと考えたのだ。三和の予想通り、異形のヴァンガードは触手を畳んで水面スレスレを飛行した。しかし当然、触手を畳めば空気抵抗が小さくなり速度が大きくなる。速度で劣るF-35ではいずれ追いつかれる。


 みるみるうちにF-35と異形のヴァンガードの距離が縮まっていく、三和は異形のヴァンガードを限界まで引き付けると、決死の覚悟で操縦桿を切った。


 展開された眩く輝くフレアが海面に映りこむ、F-35は右に急旋回し、エアブレーキを全開にして急減速した。減速したF-35を異形のヴァンガードが追い越していく。一瞬にして異形のヴァンガードの背後を取った三和は異形のヴァンガードをロックオンし、トリガーを引いた。


「あいつらの……仇だッ!」


 主翼の下に搭載されていた2発のミサイルが異形のヴァンガードに襲いかかる。三和は直後に機首を空に向けて急上昇を始めた。F-35の翼が夜の空気を切り裂き、雲を引く。ジェットエンジンが、三和の心臓が悲鳴を上げる。


 ミサイルは2発とも異形のヴァンガードに命中し、爆発する。しかし、異形のヴァンガードは爆炎を突っ切って再びF-35を追跡した。異形のヴァンガードのロケットエンジンから黒煙が上がっている。速度も若干落ちている、エンジン部へのミサイルの直撃は確かに効果があったが、致命傷にはならなかった。


「なんてヤツだ……だが、時間切れだ」


 相模湾上空に到着していたキャリアー05を横目に見ながら、三和のF-35はその上空に退避した。


 ヴァンガード専用の大型輸送機、キャリアー05。キャリアー05の機体下部に設けられた扉が開いていく、格納庫内側の白い電灯に照らされる1機のヴァンガード。『飛燕零式』自衛隊が誇る最高戦力、空を駆る翼を持つ第4世代型ヴァンガードだ。


「"こちら飛燕零式、先輩、相変わらず無茶な飛び方しますね、死にたいんですか、オーバー"」


「こちらホーク1、作戦行動中だ、私語は控えろ、オーバー」


「"こちら飛燕零式、はいはい、じゃ、後でいつもの屋台で、オーバー"」


 飛燕零式はキャリアー05の元を離れ、空に飛び出した。黒く輝く何枚もの翼を広げると、ジェットエンジンが赤く輝き、吠える。


 異形のヴァンガードは標的を飛燕零式に変えると、触手を広げて襲い掛かった。


 飛燕零式は赤熱する鋼の大太刀を抜き放ち、異形のヴァンガードに向かってさらにエンジンを噴かせる。異形のヴァンガードと、飛燕零式の距離が縮まっていく。


 地平線に沈む最後の陽光が強く煌めき、刀身と翼が緋色に輝く。


「遅い────」


 異形のヴァンガードと飛燕零式がぶつかるその寸前の刹那の一閃。飛燕零式は、異形のヴァンガードを一刀の元に両断した────!


 直後、異形のヴァンガードは爆発四散する。落下してくる異形のヴァンガードの残骸に巻き込まれないように飛燕零式は距離を取ると、残心して刃を納めた。


「管制室、こちら飛燕零式。作戦完了、これより帰投する、オーバー」


 夜空に浮かぶ飛燕零式。その上空をF-35が雲を引いていった。

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