レッドカード 3
「何考えてるんだ! 写真なんかとったら証拠隠滅の為に消されるぞ!」
「あ、君。君じゃん」
胸部のハッチを開けて、少女を操縦室に退避させる。さも当然のようにヒビキの膝の上に座る少女。少女は小柄だが、1人用の操縦室に2人はやはり手狭だ。
「ちょっと、せまい」
そう言いながらぐいぐいと身体を押し付ける少女。色んな柔らかい所が色んな所に押し付けられ、赤面して顔を背けるヒビキ。日向でよく干した布団のような、甘ったるいいちご牛乳のような、そんな風な少女の香りがヒビキの鼻を撫でる。
「あぁもういいからじっとしてろ! まだ敵が4機残ってる! 応援が来るまで管理棟を守らないといけないんだ!」
「なんで応援を待つの?」
ヒビキの方へ振り向き、首を傾げる少女。
「なんでって……! こっちはボロボロの訓練用機! あっちはどう見ても軍用機、しかも4機だ! 管理棟どころか、自分の身すら守れるかどうか……!」
「そうかな?」
「そりゃそうだろ……」
どこいったかなー、と、シャツの胸元に手を突っ込んで中を探る少女。さっきからガードが激緩の少女に困り果てるヒビキ。しかし彼女が取り出した物は、そんなことがどうでも良くなるほどにヒビキを驚愕させた。
「あったー」
彼女が胸元から取りだしたのは1枚の学生証だった。何の変哲もない学生証だ。しかしただ1つ。普通と違うところがある。
ジュースのシミが着いているところでは無い。顔写真が半分寝ているところでもない。
ヒビキ達大多数の学生が持つ白い学生証とは異なる、深紅の学生証。お願いだからウチに入学してください、と、学校が頭を下げた『招待入学者』にのみ発行される勝者の証。
────学生ナンバー000番。宇佐美エレン。
極めて高い知能と戦闘能力、他の追随を許さない神経共鳴の精度。ヴァンガードのパイロットとして最高の素質を持つ、黄金の卵。エースパイロットとして大成することが約束された最高の器である彼女を巡って、数多の教育機関・プロのヴァンガードチーム・警備会社や公的組織が水面下で熾烈な争いを繰り広げたとされる、生まれながらのエース。
エレンが学生証をコックピットのカードリーダーにかざす。モニターが深紅に染まり『000』のマークの表示と共に電子音声が流れ始める。
「"パイロットID、認証。コード000。フルマニュアルコントロールモードを起動します。オート重心制御プログラム、停止。ジャイロコックピットシステム、停止。オートダンパー、停止。照準安定装置、停止。アイカメラ安定装置、停止。焦点自動制御機能、停止。その他全自動制御機能を停止します。ノイズゲート、第108番から第2番まで開放。神経共鳴プロトコル、略式専用言語に変更、高速化処理を行います。神経共鳴・スタート"」
エレン専用モードにシステムが再構成され、深紅の画面がカメラの映像に切り替わる。
「ノイズゲートを第2番まで全開放だと!? そんなことをしたら激痛地獄が始ま───」
「君、シートベルト係ね。私、操縦係」
「なっ!?」
欠伸交じりに操縦桿へ手を掛ける少女。ヒビキは畏れ多くも学園最強パイロット様のシートベルト係という大役を仰せつかった。
◆◇◆
「もっと強く抑えて」
「わかったわかった! いいから集中しろ!」
ヒビキは赤面しながらエレンの細い腰へ手を回す。4機の敵ヴァンガードと向かい合うエレン。
「普通の車のシートベルトみたいに抑えて、集中できない」
「何を言っているんだお前は!」
「いいから」
葛藤も束の間。戦場で何をくだらないことを言っているのだと、罪悪感のようなものを嚙み潰したヒビキは、エレンの左脇下から右肩へ腕を通し、自分のシートベルトを強く掴んだ。
「よしいいぞ!」
そんなヒビキの方へチラと振り向いたエレンはこう呟いた。
「すけべ」
「それは理不尽すぎるだろっ!」
◆◇◆
宇佐美エレンが操縦桿を握った途端に、ヴァンガードは訓練用とは思えない挙動を見せた。
盾を投げ捨て、背中に内蔵されたバトルナイフを抜き放ったエレンは、目の前のリーダー機に向けて突進する。
(Gが!)
身体を押しつぶされるような感覚。いつの間にかリーダー機に肉薄していたエレンは、股間、脇、首に刃を突き立て、無力化する。
「まず1機」
視界の端に閃く光。頭部を吹き飛ばされたあの狙撃を難なく回避し、リーダー機が持っていた槍を奪い狙撃手の方へ向かって投擲する。踏み込んだ足でアスファルトが砕け散り、空気を切り裂く音と共に飛翔する槍が夏の陽射しを受けて輝く。着弾の確認すらせずに次の標的を見据えるエレン。
残る2機の敵ヴァンガードがライフルを構え、エレン目掛けていっせいに発砲する。猛烈な発砲音。巨大な薬莢が地面に降り注ぎ、ガランガランと音を立てる。サイドステップ、側転、そして瞬く間の前方2回半捻りで、地面を揺らしながら100m程の距離を一瞬にして詰めたエレンは、その動きのまま敵機の1つに鉄山靠を叩き込む。
吹き飛ばされる敵機、その手からライフルを強奪したエレンは、もう一方の敵機の両肩と両膝、それから頭を撃ち抜く。崩れ落ちる敵機をよそに、さっき鉄山靠で吹き飛ばしたヴァンガードにライフルを向けたエレンは────
「あれ、君。何機目だっけ」
銃声が轟き、沈黙する敵ヴァンガード。ヒビキの膝の上でうーんと伸びをする白兎。実効時間にして20秒足らずのこの蹂躙劇は、この眠たげな少女が比類なきエースパイロットであることを雄弁に物語っていた。
エレンの後ろでただひたすら目を回していたヒビキは、その様に呆れてため息も出なかった。