分隊演習 1
高専という特殊な学校の良いところは、始業式などのくだらない行事などが合理化されているところである。
簡単な始業式が終わり、ヒビキ達は教室に戻ってきていた。
ざわめく教室。1番窓際の、1番後ろの、日当り良好すぎて灼熱地獄の自分の席で、ヒビキはいつも通り寝たフリをして耳を澄ました。
教室の中は分隊演習の話(主に、エレンがヒビキと2人で分隊を組むなどと言い出した事件)と、エレンが謎の襲撃者達を撃退した話と、ゾフィーが何故かこの学校に編入してきた話で持ち切りだった。
「ヒビキ」
眠そうな声にヒビキは顔を上げた。見れば、すっかり包帯が取れて、ガーゼと絆創膏だけになったエレンがそこにいた。スカジャンのポケットに手を突っ込んで、眠そうにしている。
「宇佐美……包帯取れたんだな」
「うん、アスクレピオスのおかげ。うさみん復活」
そう言って、エレンはピースをして見せた。先日の別れ際では少し様子がおかしかったのでヒビキは心配していたが、エレンがすっかりいつもの調子なのを見て安堵した。
そんなエレンとヒビキに話しかける者が居た。
「ねぇ、ちょっと」
そこには、サクラが立っていた。制服を適当に着崩しているエレンと違って、サクラは夏服をきっちりと着ており、その真面目な性格が伺い知れる。
「……なに」
エレンはめんどくさそうに返事をした。
「あんた達、あのゾフィーとかいう子に何をしたの?」
「ゾフィーがどうかしたのか」
サクラはため息をついて首を振った。
「どうしたもこうしたもないわよ。昨日あの子、私達のヴァンガードを整備するなんて言い出して大変だったんだから」
昨日、といえば夏休みも最終日。操縦科3名、整備科3名、合わせて6名の分隊はすでに組み終わっており、整備科の面々は操縦科の面々と入念な打ち合わせをして、ヴァンガードを調整していた頃だろう。そこにいきなり、ゾフィーが殴り込んできて『私に整備をさせろ!』なんて言い出したら大揉めするに決まっている。
「おまけに、整備科の子達が何日も徹夜して準備した整備計画より良いものを、ものの3分で作ってしまってもう……滅茶苦茶よ。ゾフィーはあんた達付きの整備士になるんじゃなかったの?」
確かに、現在整備士がいないヒビキ達の分隊にゾフィーが整備士として付くのが一番おさまりが良いのだが、先日の一件のこともあり、それは厳しいのではないかとヒビキは考えていた。しかしその場合、ゾフィーはどの分隊に入るのか……という問題が浮上する。
「ゾフィーに曰く、『大神ヒビキには痛い目を見てもらわなきゃ困る』そうで……ホント、何をしたのよ、あんた」
ヒビキは頭を抱えた。まさかゾフィーがこんな大揉めするような手段を取るとは思わなかったのだ。
(どうしてこう、レッドカードの連中はどいつもこいつも人騒がせなことをしたがるんだ……)
ヒビキは呆れるような視線をエレンに投げかけた。その視線の意図を察してか、エレンは頬を膨らませる。
「……一昨日、ちょっとゾフィーと揉めたんだよ」
「そんなの分かってるわよ。とにかく、ゾフィーに手を引くよう説得して」
「まだそんなことを言ってるのかい、サクラ」
飄々とした声にヒビキが振り向くと、そこには長身の男子生徒が立っていた。ギラつく眼光、黒い癖毛、整った顔立ち、まるで全てを見下しているかのような態度のその青年は、青木龍一といった。操縦科1年の総合成績では、エレン、サクラ、朱雀に続く第4位で、サクラの分隊に所属している。
「整備士が優秀になるのはいい事だ。一体なんの不満があるんだい? 猫宮・S・ゾフィーと言えば、ヴァンガードリーグのプロチームからスカウトが殺到するほどの超一流エンジニアだ。悪いけど、そのゾフィー君の申し出を差し置いて、ウチの素人整備士にヴァンガードの整備を任せるのは合理的とは言えないね」
サクラは龍一の発言にカチンと来たようで、露骨に怒りを顕にした。
「何度も言わせないで、分隊演習は個人戦じゃない。チームの連携を乱すような個人主義の人間は、うちのチームに必要ない」
「それは詭弁だね、君はただ整備科の子達と仲良しこよししたいだけだろう? ちゃんと論理的に考えてくれよ。本当に分隊演習で勝ちたいのなら、ゾフィー君を迎え入れるべきだ。君だってそうするだろ? 宇佐美君?」
まずい、ヒビキは直感的にそう思い、エレンの失言を止めようとしたが遅かった。
「別に。ゾフィーが居ても居なくてもどうせ私が勝つから」




