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鋼の月と白兎  作者: さかはる
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やんごとなき諸事情 5

 ゾフィーは立ち上がり、真剣な面持ちでエレンに話かけた。


「エレン、君に提案というかお願いがあル。これは、この学校のサイバーセキュリティ特別顧問、そして、イデアのヴァンガード研究所元所長としての提案だ」


 仰々しい肩書きが出てきたので、エレンは怪訝な顔をする。


「何、突然」


「大神ヒビキは、ハイブマインド計画に関係している可能性があるんだ」


 エレンは呆れてため息をつく。


「信じられない、父親が非人道的な研究に手を染めていたからといって、息子のヒビキにまで容疑をかけるのはあまりに短絡的すぎる。君、ホントに頭いいんだよね?」


「そうじゃないんダ、まずは話を聞いてほしい」


 ゾフィーは、大神ヒビキと国際ネットワーク犯罪者『WOLF』の関係性について話した。


「ボクの考えじゃ、大神君はほぼ間違いなくWOLF本人なんだヨ。昼間、理事長室でレイジ氏との関係を聞いた時に確信したんだ、大神君、もといWOLFは量子コンピュータを所有している可能性が極めて高いんだ」


 エレンは、ヒビキの部屋を無断で訪れたあの日のことを思い出した。あの日ヒビキは、正体不明の敵に応戦するホワイトハッカーとしてパソコンの前に座っていた。ホワイトハッカー、というヒビキの言葉をそのまま信用できる根拠はエレンにはなかったが、事実としてヒビキはその後、エレンと共にテロリスト集団と戦っている。命掛けで、他人のためにヴァンガードに乗ったのだ。


 エレンを欺くためにヴァンガードでテロリストと戦ったのか、それとも単にエレンのことを警戒していなかったのか、純粋な善意でテロリストの前に立ちはだかったのか、それは定かではないが、エレンはとにかくヒビキのことは信用しても良いのではないかと考えていた。……ハッキングを利用して学校に不正に入学した犯罪者ではあるが。


「エレン、君は知っているかい? 量子コンピュータというのは既存のサイバーセキュリティに対して、極めて有効な攻撃ができるんだ。大神君が、WOLFが量子コンピュータを所有しているとすれば、あの異常な攻撃能力に説明がつくんだよ」


 そう言って、ゾフィーはキーボードを叩き、エレンにWOLFからの攻撃の記録を見せた。


「ほら、例えばこれ、これは、ボクが当時所長をしていたイデアのヴァンガード研究所での記録なんだケドね? ファイアーウォールがほんの数秒で突破されている。スパコンを使っても数万年はかかる処理を、WOLFは数秒でやってのけているんだ。WOLFが量子コンピュータを持っている何よりの証拠だよ。もっとも、WOLFは対量子コンピュータ用のセキュリティもあっさり突破して見せたんだけどね」


「支離滅裂。WOLFは量子コンピュータを持っているんでしょ? じゃあなんで対量子コンピュータ用のセキュリティを突破できるの?」


 ゾフィーは目を輝かせて言った。


「そこがWOLFの凄いところで、そして、正体を知る手がかりでもあるんだよ! ボクの話を覚えているかい? 大神レイジ氏は、量子コンピュータや、()()()()()()()()()()()を研究していた世界的なコンピュータ・暗号学者だって話をさ!」


「じゃあWOLFの正体は大神レイジなんじゃないの?」


 エレンのその指摘に、ゾフィーの動きが硬直する。


「ち、違うさ! だって────」


 エレンは首を横に振った。


「WOLFが大神レイジかもしれない……というならわかる。そこでなんでヒビキの名前が出てくるのか理解できない」


 ゾフィーは再びキーボードを叩き、エレンに画面をみせた。パソコンの画面には、WOLFの襲撃についてまとめた報告書が載っている。


「見て、今年に入ってから、WOLFはこの学校を執拗に攻撃しているんダ。大神君がこの学校に入学したのも今年でしょ?」


「私だって今年から入学している。私がWOLFかもしれない。それに、そんな有能な犯罪者が襲撃先に入学するなんてハイリスクなことをわざわざやるとは思えない」


「で、でも異形のヴァンガードの襲撃の時に、大神君がWOLFかもしれないっていう証拠を発見したんダ!」


 そう言って、ゾフィーはヒビキが学校を停電させた可能性があること、異形のヴァンガードの触手の動きを止めた可能性があることを説明した。それを聞いて、エレンは視線を落とす。


「けどそれは、状況証拠でしょ?」


「でも、今日の昼間だって────!」


 ゾフィーは、昼間。ヒビキが目の前で学生たちのスマホをハッキングしていたずらを仕掛けたかもしれないことを話した。ヒビキのヘッドホンが、キーボードとしての能力を持つことも。それを聞いて、エレンは眉間にしわを寄せる。


「ねぇエレン。君は大神君のあやしい挙動を見たことはないのかい? ハッキングの現場を目撃したとか……実際、君の反論は正しくて、ボクは大神君がWOLFである決定的な証拠を持っていないんだ! なんでもいい、何か知ってることを教えてくれないカ?」


 エレンは、顎に手を当てて考えた。ゾフィーの言う状況証拠と、エレンが目撃したヒビキのハッキングの現場、そして、ヒビキがハッキングを利用して不正入学をしているという事実。


(確かに、ヒビキは本当にWOLFなのかもしれない……でも、だとしても、ヒビキは本当に悪人なの?)


 エレンは静かに口を開いた。


「ねぇ、WOLFって今までどんなことをしてきたの?」


 それを聞いてゾフィーは、もうそれはそれは楽しそうにベラベラと話し出した。


「WOLFは天才さ、どんなセキュリティも彼の前では無力なんだ。例えば、前にホワイトハッカーを30人も雇ってWOLFを迎撃したことがあるんだケド─────」


「そうじゃなくて、セキュリティを破って何をしたの?」


 ゾフィーのマシンガントークがピタリと止む。ゾフィーは顎に手を当てて、ゆっくりと話し始めた。


「それはもちろん、機密データを盗んでいるのサ。けど、ボク個人としては何かを探し回ってるように見える。データを盗み見るだけで、それが外部にリークされたって話は聞かないし……目的がよく分からないんだ。あらゆる国や企業に攻撃を仕掛けまくってるし、一種の愉快犯なんじゃないか……とも言われてるネ。まぁ重要機密データを盗み見ること自体やっぱり犯罪行為だから、許しちゃいけないんだケド」


「データを見てるだけ?」


「まぁ、ものすごく柔らかい言い方をするならそうなるかな。けど、もしその為にハイブマインド計画で造られた人脳の量子コンピューターを利用していたら、それは許されざる禁忌だ。やっぱりWOLFは絶対に捕まえなくちゃいけない」


 エレンはしばらく考えていたが、ゾフィーの方へ向き直った。


「……何も知らない」

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