レッドカード 2
サイレンの音と共にヴァンガード用の巨大なゲートが開いていき、それにつれて流れ込んでくる8月の日差しがTC-1の白い装甲を眩く照らした。
(歩け!)
顔をしかめるヒビキにしぶしぶ応じて、地面を揺らしながらよろよろと一歩踏み出した白い巨人が、壁に備え付けてあった巨大な盾を手に取る。モニター越しに訓練用のモデルガンを一瞥すると、ヒビキは格納庫の外へ踏み出した。
◆◇◆
「こらーっ! 誰の許可を得てヴァンガードを動かしているーッ! 今すぐ降りろーっ!」
音割れしたスピーカー越しの警告。生徒指導教諭の鬼川だ。ヒビキは警告を無視し管理棟へと走る。ヴァンガードの走行を想定していないアスファルトが薄氷のように砕け、白い機体を汚す。
「しかし奴ら……こんな強引な手段に訴えてくるとは……!」
奴ら……とは言ったが、ヒビキは敵の正体を知らなかった。ただとにかく、この学校が保有する機密情報を狙うハッカーであるヒビキが仕掛けていた罠に同業者が引っかかったのだ。獲物を横取りされる訳には行かないので、ヒビキがやむを得ず応戦したところ、なんとお相手さんは航空自衛隊のレーダー監視網を攻撃してきたのだ。プランBとして用意していた『強襲作戦』に切り替えて、学校の管理棟のサーバーコンピュータごと機密情報を頂いてしまおうといった魂胆だろう。
「来た!」
ヒビキが睨む南の空。5つの黒い影が編隊を組んでこちらに飛翔してくる。
「させるかよ……これは俺の獲物だ……!」
盾を構えるヒビキ。編隊の中央、リーダー機が黒い槍を構え、ヒビキを目掛けて突進してくる。鈍い衝突音。盾の傾斜装甲に槍が逸らされる。
「っ!」
操縦席に頭を強打しヒビキの視界が眩む。モニターにノイズが走り、機体がよろめく。盾を構える間もなく襲い来る第二撃を胸部装甲で受け止める。吹き飛ばされた機体が管理棟に直撃し、外壁を壊す。
「くっそ!」
別の敵機がガトリング砲を構えるのを見て慌てて盾を構える。ヴーンという猛烈なモーターの回転音。違法調達された95mmの弾丸の雨が盾に当たって砕ける。避弾経始によって弾かれた弾丸がそこら中の壁を、路面を蹂躙し、猛烈な土煙が上がる。サイレンが鳴り響き、学校の正門が閉じていく。
激しく揺れ動く視界の端で、その他の敵機がヴァンガードの格納庫を襲い、停止中のヴァンガードを破壊している。
「馬鹿が! 俺以外にパイロットなんかいない!」
再度槍を構えて突っ込んできたリーダー機を躱し、右の拳をリーダー機の頭部に叩き込む。鈍い音と共に、リーダー機がよろめく。が、次の瞬間、今度はヒビキの訓練用機の頭部が吹き飛ぶ。
「”メインカメラ損傷、サブカメラに切り替えます”」
「なっ……狙撃か!?」
考える間もなくガトリング砲の第二射がヒビキを襲う。盾を構えるのが間に合わず、外部装甲がズタズタにされ、骨格が露出する。
ヒビキがヘッドホンを構え、ダメ元で敵機のハッキングを試みるも徒労に終わる。ハッカー集団の手先の機体なのだ。当然、全システムがオフラインで動くように構成されており付け入る隙が無い。
再びの狙撃、爆発と共に盾に大穴が空き、胸部装甲の一部が溶解する。リーダー機の構える槍が赤熱し、ヒビキに向けて構えられる。
「不味い……!」
緊急脱出ボタンのガラスカバーにヒビキが手を掛けたその時だった。
カシャ、カシャカシャ。
ヒビキを含めたその場全員がその音に振り向く。見ればそこには、スマホのカメラを構える少女が立っていた。先程ヒビキの部屋を訪れていた、あの闖入ツインテール少女である。
ヒビキの世界から音が消える。
「不味い! 写真を撮っちゃダメだ!」
ガトリング砲を構えていた機体の拳が少女の立っていた地面に突き刺さり、轟音と土煙を上げる。思わず目を背けるヒビキ。
しかし、顔を上げたヒビキが目にしたのは、信じられない光景であった。
土煙を破り、突き刺さった拳を駆け上がる小さな影。その影はあっという間に敵機の頭上まで上り詰め、そして──
「えい」
どこで拾ってきたのか。錆び付いたバールを空高く掲げ、敵機の頭部装甲に叩きつけた。
◆◇◆
「えい、えいえいえいえい」
少女がバールを叩きつける度に、ガンガンという音が鳴り響く。少女を振り落とそうと必死にもがく敵機を、まったく意に介さない少女。なんという体幹、なんというバランス感覚。彼女はおそらくロデオマシーンの上で昼寝が出来るのだろう。
「くっ……何考えてるんだアイツ!」
唖然としてその様子を見つめるリーダー機をよそに、少女の取り付いている敵機にタックルをぶちかますヒビキ。轟音と共に倒れる2体のヴァンガード。押し倒した敵機の頭部を殴り潰し、同様に肩関節を破壊して無力化する。
そんなヒビキの機体にいつの間にか飛び乗っていた少女が、サブカメラの前にひょっこり現れる。操縦席いっぱいに映し出される少女の眠そうな顔。
「こんこん」
少女はサブカメラをノックして見せた。




