会話記録・三等空佐と理事長
「敵の正体は一体?」
「不明、としか。……申し訳ありません」
三等空佐の説明を受けて、黒羽理事長は静かに窓の外を見た。薄暗い理事長室に、沈黙が流れる。
「……あまりそう謝らないでください、今回は相手が悪すぎました。この学校の理事長という立場の人間が、あまりこういうことを言うべきでは無いのかもしれませんが……」
先日の一件は全国ニュースで大々的に報道され、自衛隊は批判の雨に晒されることになってしまったのだ。『学生が撃退できる程度の敵を相手に、大損害を出すとは何事か』と。黒羽はそれが本当に我慢ならなかった。常に何かを批判していなければ気が済まない連中のせいで、同胞を失った自衛隊が批判を浴びるのを看過できなかったのだ。勇敢に戦ったF-35のパイロット達は、讃えられることはあっても、批判されることはあってはならない。
無論。学校の理事長としては、敵の侵入を許し自分の生徒を危険に晒した自衛隊に対して、毅然とした態度を取らなければならないことは分かっている。しかし、今回はあまりに相手が悪かった。極めて高い飛翔能力と、堅固な重装甲。一国の秘密兵器レベルの超性能を持つヴァンガードに、どうしてF-35戦闘機で太刀打ち出来ようか。あの異形のヴァンガードを空中で止めることは不可能なのだ。もしもあの化け物を止めたければ、それこそエレンがやったように地上での近接格闘戦に持ち込むか、もしくはミサイルの雨で周囲の地形ごと破壊するしかない。
「いえ、国民を護る自衛隊としての責務を果たせず、慚愧の念に耐えません。大切な生徒に怪我をさせてしまったこと、重ねてお詫び申し上げます」
黒羽は、三等空佐にそんなことを言わせてしまったことを酷く後悔した。
「……ごめんなさい。……分かっていることを整理しましょう、そもそもの話ですが、あの異形のヴァンガードは人間が操縦していたのですか?」
「あのヴァンガードには、中に誰も乗っていませんでした、それどころか、人が乗るスペースすら」
黒羽は眉を顰める。ヴァンガードは、人型兵器を作る上で最も難しい問題の一つである『直立二足歩行の制御』を、操縦者の脳とヴァンガードを直接リンクさせることで解決している。人間が操縦していない……ということはありえないのだ。もっとも、あの異形のヴァンガードは文字通り『人とは異なる形』をしていたので、人間に操縦できるかは怪しい。
「先日学校を襲撃したテロリスト達との関係性は? 2つの襲撃に関連性はあるのでしょうか?」
「いいえ。警察によれば、奴らは口の堅い連中だ、と。異形の機体との関係どころか、奴らが所属する組織についてすら何も話さないそうです」
異形のヴァンガードの襲撃の前にあったテロリストのヴァンガード隊による学校の襲撃。その実働部隊であった5人のパイロット達は、未だに黙秘を貫いていた。
「2回の襲撃の首謀者も、目的も、関連性も不明……ということかしら」
「はい、残念ながら。力及ばず申し訳ありません。ですが─────」
三等空佐は静かに話を続けた。
「異形の機体を解体分析した分析官の一人が、機体の中に異物を発見したと報告しておりました」
「異物?」
「はい、管が大量に繋がれた直径20センチ程の球状のカプセルです。中は空でしたが、解体当時は熱を帯びていたそうです」
黒羽は大きく目を見開くと、椅子から立ち、窓の外を見た。
「熱を帯びていた……球状のカプセル……」
「はい、分析官の考察によれば、これは─────」
三等空佐が話を続けるより先に、黒羽は口を開いた。
「.……深刻な生命の冒涜ね」
三等空佐は少し驚いたようだったが、静かに「はい」と頷いた。
◆◇◆
三等空佐が去っていった後の理事長室で、黒羽は窓の外を見つめていた。
「嫌な仕事……先輩、本当にこれでいいんですよね……」
黒羽の悲痛な呟きは、部屋の中に消えていった。窓の外では、壊された施設の修理工事が始まっていた。夏の静かな午後のことだった。




