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鋼の月と白兎  作者: さかはる
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レッドカード 1

他の作品には多かれ少なかれ下心的なものがあるのですが、この作品は好き勝手書きたいと思っています。少数でもいいので誰かに刺されば嬉しいです。

挿絵(By みてみん)


 入道雲。PCの冷却ファンとボロの扇風機の不協和音が鬱陶しい夏の午前10時。暗い部屋の片隅でモニターにかじりつく青年が額の汗を拭う。


 不協和音に、歯ぎしりとタイピングの音が混じる。


「させるか……よ……!」


 3枚のモニターに次々と表示される文字列。それに混じって映し出されるドキュメントファイルを、青年は片っ端からダウンロード・削除していく。


 その時突然、ノックの音とともに部屋の扉が開かれた。


 血相を変えて扉の方へ振り向く青年。そこに立っていたのは一人の少女であった。


 気だるげな赤い瞳。白い癖毛の眠そうなツインテール。細く精緻で、しなやかな肢体を覆うTシャツとスカジャン。ホットパンツのボタンが外れて、セキュリティが曖昧になっているのは故意なのか。


 カラカラと扇風機が無り、二人はじっと見つめ合う。少女が風船ガムを膨らませた。


「おい! ここは男子寮だぞ!」


「君、何してるの?」


 青年の忠告を無視した闖入少女は、青年の傍らに歩み寄り、モニターへ視線を落とす。無視してキーボード叩きを再開する青年。


「ハッキング?」


「そうだけど違う! 俺はホワイトハッカーだ。忙しいから邪魔しないでくれ」


「ホワイトハッカー?」


 ホワイトハッカーとは、要はパソコン専門の警備員である。機密データに不正アクセスしようとする連中と戦う、正義のハッカーと言えるだろう。これに対し、不正アクセスを仕掛ける側のハッカーはブラックハットハッカー、クラッカーなどと呼ばれる。


「そうだ。無許可、非正規、通りすがりのホワイトハッカーさ」


「ねぇ、それ、いつ終わるの? 君に話があるんだけど」


「奴らの攻撃が終わるまでだ! ちょっと静かにしててくれ!」


 闖入少女は文句を垂れながら、部屋の簡素なベッドに倒れ込む。青年がその様子を確認して、視線をモニターに戻すと『警告:レーダー監視網停止』の表示が赤く点滅していた。


「狙いはそっちか!」


 乱暴にLANケーブルを抜きながら立ち上がり、部屋を飛び出す青年。


「すぴー、すぴー」


 惰性で回る回転イス。闖入少女は暗い部屋で静かに寝息を立てていた。



◆◇◆



 ここ、国立機動士技術高等専門学校は、搭乗式汎用人型機動兵器『ヴァンガード』に関連した技術者を育成する専門学校だ。整備科、戦略科、そして操縦科の3つの学科からなる5年制の学校で、日本にある同様の教育機関の中ではトップエリートの部類に入る。


 ヴァンガードは兵器として開発されたが、その主な活躍の場は戦場ではなく生中継先の闘技場だ。巨大ロボであるヴァンガード同士の戦いは、迫力と非日常感が充実しており視聴者を飽きさせない。今や、”ヴァンガード”はエンターテインメントの一大ジャンルとなりつつあるのだ。


 そして青年───大神ヒビキもヴァンガードの操縦士を志す者の1人だ。が、この学校の操縦科に入学できたのはいいものの、夏休みだと言うのに一人学校の寮に居残って補習を受けているくらいには低迷した成績を残していた。入学から半年も経っていなかったが、既にして彼には『落ちこぼれ』のレッテルが貼られていたのだ。


 汗を飛ばしながら自転車を漕ぎ、ヒビキは『ヴァンガード格納棟C1』と書かれた巨大な建物の前に辿り着いた。乱暴に自転車を乗り捨て、格納棟のドアの電子ロックに白い学生証をかざす。


 警告音と共に、ドアのランプが赤に変わる。ならばとヒビキはスマホを取り出し電子ロックにかざす。首にかけていた"ヘッドホン"で耳を塞ぎ、目を瞑る。


「プロセス開始……プロトコル捏造、データログ遡行、電子鍵投影、電子錠……解錠!」


 ヒビキの額を汗が伝い、快音と共にドアのロックが解除される。


 ドアを開けたヒビキの目に飛び込んできたのは、白い巨人の姿であった────ヴァンガードだ。5mはある巨体は白い装甲板に覆われ、単発式のカメラアイが蛍光灯の光を受けて輝いている。主張が控え目なそのフォルムは、この機体が訓練用機であることを静かに物語っていた。


 ヒビキは訓練用ヴァンガードに駆け寄りながらスマホを確認する。


「レーダー監視網の再起動には……まだ時間がかかるか! 」


 ヴァンガードの搭乗ハッチに続く螺旋階段を駆け上がりながら、再び"ヘッドホン"で耳を塞ぐ。データの濁流の中を泳ぎ、目の前の巨人の機密性を侵す。


「────搭乗ハッチ解放!」


 ヴァンガードの胸部のハッチが音を立てて開いていく。螺旋階段を登りきり、ハッチに続くブリッジの上を走り、ヒビキは操縦室に滑り込む。


 操縦席についたヒビキが慣れた手つきで計器を操作するとハッチが閉じていき、モニターに周囲の映像が次々と映し出されていく。


「"パイロットID、認証。データロガー、停止。ヴァンガードTC-1、神経共鳴(レゾナンス)を開始します"」


「ぐっ……!」


 操縦室に響く電子音声。神経共鳴(レゾナンス)によってイメージするだけで機体を動かせるのがヴァンガードの最大の特徴だが、共鳴率が低い場合には操縦が不安定になるばかりではなく、痛みや倦怠感としてノイズがパイロットの脳に逆流する。


 顔をひきつらせながらヴァンガードの眼前、発進ゲートに手をかざすヒビキ。"ヘッドホン"を耳に強く押し当て、口を開く。


「プロセス開始……"呪文"は省略だ……ゲート解放! ヴァンガード、発進!」


「"ヴァンガードTC-1、発進します"」


 電子音声とともに、白い巨人は唸りを上げて歩き始めた。

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