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最終話 俺は戻らんぞ?

「お前たちに発表があるッッ‼」


 バカでかいゲンゴクの声に頭がぶん殴られたかと思った。

 だが熱狂の本番はここからだった。


 ドッ……‼‼‼ とうなるような歓声が冒険者ギルドを埋め尽くす。


 ギルドマスターはお立ち台の上から満足そうにフロアを眺め尽くし。

 場の空気をすべて吸い込む勢いで肺へ空気を取り込んで、宣言する。


「――――Dランク冒険者アモネを、Bランクに認定するッッ!」


 バカ騒ぎを越えてお祭り騒ぎだ。もちろん拍手喝采はくしゅかっさいを受けるアモネは照れに照れて体をくねくねもじもじよじらせている。


「登録から一か月以内でBランクまでのぼめた冒険者は史上二人目の快挙だ! みんな、今日は盛大にアモネを祝ってやってくれ!」


 うおーっ! と野郎共は愚直ぐちょくに声を張り上げる。アモネの横ではシャーロットが小さく拍手をしながら『アモネすごい、おめでと』と口にしているっぽい。


「相変わらずマスターの声はうるさいわね。どうにかならないのかしら」


 いつも通り、お祭り騒ぎをフロアの片隅かたすみから眺める俺に、ウィズレットさんがコーヒー片手に話しかけてきた。


「本当、すさまじい声量ですよね。デシベルを利用する魔法があったらゲンゴクはあっというに冒険者ギルドのトップに立てるだろうな」

「ふふ、言えてるわね」


 ずず……とコートをすする音を鼓膜こまくに、デレデレするアモネの横顔を眺める。


 ――やっと戻ってこれたんだな、日常ここに。

 安らぎを胸に感じながら、俺はそんなことを思った。


 アモネの昇格が宣言された今日は、あの戦禍せんかからそれなりの時間が過ぎていた。


 日数にして八日。

 魔物と戦う毎日こそ無かったが、決して穏やかな時間が流れていた訳ではない。破壊されたローヴェニカをいち早く復旧ふっきゅうさせるために魔法が使える者はゲンゴクに駆り出され、有用な《スキル》保持者の中には三日三晩みっかみばん寝てない者もいるんだとか。


「にしても彼らもホント元気よねー。連日れんじつの復旧作業でヘトヘトなはずなのに。しかも報酬も受け取ってないんでしょ? 愛国心あいこくしんとかそういういき超えてると思わない?」

「ま、まぁ報酬は受け取っておけよとは思いますが……本人たちが良いって言ってんならいいんじゃないですか?」

「ギルドとしてはそういう判断をされると困るのよ。冒険者から体力や能力だけを搾取さくしゅするなんて外道げどうか悪魔のやることだわ。そんな悪評あくひょう他支部たしぶにでも流れたら大変なのよー」


 そんなもんなのかなぁ、と俺は適当に相槌あいづちを打った。


 新設されたギルドのフロアでは、いつのにか食事パーティーけん飲みパーティーが始まっていた。大人にしか良さはわからないとウワサの黄色の液体がちゅうを飛び交っている。


れたらサイアクね、《凍空いてぞら》」


 隣でウィズレットさんが小さく呟く。と、氷のうすまくが俺たちの前に張られた。飛び散る飲み物が俺にぶっかかりそうになるが、その膜に着弾ちゃくだんしだらり……と空中くうちゅうを滑っていく。


「なんかしれっとすごいことやってないか? ウィズレットさんって何者――」

「そんなことどうでもいいでしょ。……そんなことよりもデリータくん」


 ウィズレットさんは俺のために淹れてくれた(?)であろうコーヒーカップを俺の前に差し出し、


「あなた、よくもまぁあんな危険な作戦を成し遂げたものね。おそれとかせいへの執着しゅうちゃくとか、そういうものがあなたにはないのかしら?」

「……まぁ、確かに危なかったとは思いますけど」

「普通考える? 『人々が持つモンスターへの偏見へんけん払拭ふっしょくするには、人間を守るモンスターの存在を見せつければいい。そのために自分自身が魔物になってしまおう』……だなんて。ハッキリ言って異常よ異常。頭のお医者さま紹介してあげるからすぐに行ってきなさい」

辛辣しんらつすぎでしょそれが数日前まで寝たきりだった青年に言う言葉ですか‼」

「今回はたまたまうまくいったから良かったけど、あなた下手へたしたら死んでたのよ? 残される人のことや守る人がいなくなったローヴェニカのことも考えて動きなさいって言ってるの」


 うぐ……耳の痛い言葉だ。

 確かに、ヘマをすれば死んでいた、のかもしれない。



 ――結果的には、俺の作戦は成功したと言ってもいい。


 モンスターの味方だという嫌疑けんぎるされそうになっていたアモネやシャーロットを助けるために始まったその作戦。

 俺が設定した目的は、魔物の中にも良いヤツはいるということを知らしめること。

 そしてその目的達成のために、俺は自分自身が魔物になることを選んだ。


 だってそうするしかなかったんだよ。まさか野生の魔物に『悪いんだけど人間の味方してくれないか? な? 頼むよあとで何かおごるからさ!』なんて言えるはずがない。


 だから俺は奇天烈きてれつな仮面に取引を持ちかけ、ローヴェニカ全体を巻き込む事件で作戦を実行した。


 ……うん、ちょっと強引ごういんすぎたか?


 まぁなんにせよ、作戦はうまくいったのだ。


 アモネから聞いた話だが、巨大モンスターを倒したあとの俺を見て、あのクレブまでもが『デリータは魔物になっている』と判断したそうなのだ。


 その前に『呪縛権能じゅばくけんのう』によって制御せいぎょがきかなくなった振舞ふるまいも一役ひとやく買ってくれたという訳である。


「……われながらカンペキな作戦だったのではいだっ‼」

「あなた人の話聞いてた⁉ それのどこが完璧なのよ⁉ 欠陥けっかんだらけの設計図じゃない! 良かったわ馬車ばしゃを考え着いた人があなたじゃなくて!」


 丸めた依頼書いらいしょ片手に心から安堵あんどするギルド職員。なんてヒドイ言い草だ。


「……でも、俺はこれで良かったと思ってますよ」


 そう、心から。


「だって見てくださいよ、アイツらの顔」


 俺が視線を送るのは、二人の少女の笑った顔。


 仲間たちに囲まれて、その幸せを存分に噛みしめる女の子たちの顔だ。


「処罰も受けずに済んだ。アモネは歴代二人目の偉業を成し遂げ、シャーロットは魔物という経歴を持ちながらも受け入れてもらえた。そして俺も相変わらずGランクのまま――とはいかないかもしれないけど」


 俺はウィズレットさんへ振り返り、笑う。



「大事にしたい人を大事にできたんで! 俺は大満足です」



 たとえ自分が死んでいても、彼女たちがあんな風に笑ってくれるならそれでいい。

 強がりじゃなくそう思えるからこそ、あの選択に後悔はないんだと俺は確信している。


 なぜか頬を紅潮こうちょうさせている(ほんとうになんでだ?)ウィズレットはソーサーのうえでコーヒーカップをカチカチさせながら、


「ば……ば、バカなのあなたはそんなカッコつけちゃって‼ あなたが死んだら元も子もないでしょうがちょっと良いこと言って誤魔化ごまかそうったってそうはいかないわよ‼」


 別にそんなつもりはないんだけどなぁ、と返そうと思ったが、


「……ちょっとは心配するこっちの身にもなってよ」

「??? え? 何か言いました?」

「な――――なんでもないッ‼ ふん、だ」


 なぜか口をとがらせてしまったウィズレットはコツコツと靴底くつぞこを鳴らしてカウンター奥へ戻ってしまった。


 俺はカウンターに置かれたコーヒーカップを眺めた。

 白い湯気ゆげがゆらゆらと立ち昇る。せっかくウィズレットさんが淹れてくれたのだ、冷めないうちに頂こう。


 ――もちろん、すべてが丸く収まった訳ではない。むしろ解決していないことの方が多い。


 たとえばシャーロットは冒険者ギルドに所属する資格をゆうしてはいないし、人間がモンスターにされた理由も未だ不明。奇天烈きてれつな仮面の魔物はきっといまもどこかで暗躍あんやく目論もくろんでいることだろう。


 俺にしたってそうだ。まだ片付けていない大きな問題は残っている。いつか見た世界の闇――数多あまたの国が破壊され、何千何万なんぜんなんまんの人間が命を落とす戦禍せんか――その真相を突き止める、とかな。


 だが、今くらいはいいだろう。


 大切なものを失うことなく日常ここに戻ってこられたのだから。


 あんなに楽しそうにはしゃいでいるアモネとシャーロットがいるのだから。


「さて、と! 今日は帰って心ゆくまで休むとするかー」


 コーヒーを飲み干した俺は大きくうえに伸び、やっつけ仕事を終えたようにくちにする。



 ……口にしたのが間違いだった。



「おい! 主役しゅやく足早あしばやに帰宅をキメようとしているぞ!」

「なんだと⁉ ――総員そういん、奴を許すな! 捕らえろ、捕らえろーっ‼」

「なっ⁉ おいちょっと待てまだ傷が治ってないんだっていてぇぇぇぇえ!」




 そんなこんなで、俺が立たされているのはお立ち台の前に不自然に作られた特別スペース。

 ゲンゴクの大声量おバカデシベル間近まぢかにダイレクトに受け取れる特等席だそうな。なんの嫌がらせですかこれは。


「さて、それじゃあもう一つ重大発表と行こうかァ!」


 不敵ふてきな笑みを浮かべるギルドマスター。喝采かっさいする冒険者連中。

 ゲンゴクはこれでもかというほどに息を吸い、そして言葉と一緒に吐き出した。


「冒険者デリータッ‼‼」

「……へい」

「貴殿をGランク冒険者からAランク冒険者として認定するッ‼」


 びしぃ! とドヤ顔で指をさされる俺。

 まるで世界中のおと一切合切いっさいがっさいをかき集めたような歓声がフロアを埋め尽くす。


 正直すぐにでもお断りを入れたいところだが、さすがにこの空気に水を差す訳にもいかず。


「ガ、ガンバリマース」


 とか適当に答えたら更にフロアがいた。たぶんさわげる要素があればなんでもいいんだな、コイツら。


 するとアモネとシャーロットが両サイドから俺にぎゅっと抱きついてきて、


「やりましたねデリータさんっ! さすがです!」

「……デリータすごい。あたまなでで」

「しれっと無関係な要求してるのバレてるからな。でも、まぁ、なんていうか」


 俺は告げる。


 今日これまでのすべてに対する気持ちをこめて。


「ふたりとも、ありがとうな!」



「デリータ、Aランクになった以上お前たちに頼む依頼の難易度(なんいど)は跳ね上がるぞ。心してギルドにくることだ!」

「あぁわかったよ、ゲンゴク。じゃあまた明日」


 祝賀会パーティーを十分に楽しんだ俺たちは、どんちゃん騒ぎのギルドをあとにしようとする。


 一応主役らしい俺とアモネがいなくなろうとしている今も、活気のある声や雰囲気はそのままだ。わざわざ帰宅することを宣言するまでもない、と意見が一致した俺たちはギルドの扉を静かに押して外に出た。


「ん?」


 そして、すぐに足を止めた。止めざるをなかった。


「……よ、よぉデリータ」


 こちらの出方でかたうかがうようにディオスが立っていたからだ。


 ぎこちなくあげられた右手が小刻こきざみに揺れている。

 もっとも、これまでの関係性を考えれば距離をはかりかねるのも理解できなくはないが。


「おう。ケガの具合はどうだ? もうすっかり動けているみたいだけど」


 あえて深くは踏み込まない。

 あの日のことを掘り返すのは少なくとも俺たちにとってフェアではないし、何よりもう済んだことだ。だから俺は何事もなかったように返答をする。


 そんな俺を心配してか、背後ではアモネもシャーロットもむき出しの警戒心をみせている。

 他方たほうディオスは彼女たちまで注意が回らないのか、俺にだけ言葉を返すように、


「じゅ、順調に回復してる途中だ。まだ依頼を受けられる状態じゃねーけど、治り次第すぐに復帰するつもりだ」

「ん、そうか」


 あの戦いで一番大ケガしたのは間違いなくディオスだったので、問題なく治癒ちゆしているなら安心だ。


 事態が事態だったゆえに、きっとコイツには今後さらなる試練しれんが待っているだろう。

 ……が。なんとか乗り越えてもらうしかないだろう、とどこか落ち着きのない様子のディオスを見て思った。


「……?」

「…………、」

「???」


 俺は思わず首をかしげた。

 なんだコイツは? なんでじっとだまって俺を見てんだ?


「? おいディオス」

「な、なんだよ?」

「声かけてきたのはお前の方だろ? なんか俺に用事あったんじゃねーの?」


 適当に言葉を返しながら、俺は小指こゆび耳掃除みみそうじをする。

 そうしているうちにもディオスから返事をもらえると思っていたのだが……一向いっこうにこない。


 な……なんだか段々と気持ちが悪くなってきたぞ!


 なんだ⁉ なんなんだこの違和感いわかんは⁉ なんでディオスはさっきからきょろきょろしたり明後日あさって方角ほうがく見上げたり足を前後左右ぜんごさゆうに動かしてはまた戻してってやってんだ⁉ 用事があったから話しかけてきたんじゃないのか⁉


 ……と内心ないしん絶叫するが、声に出せるはずはなく。


「……な、なんも用件ないなら俺たち、もう行くけど」

「あ、え、ちょっ……」


 なにやらゴニョニョ言っているディオスの横を俺たちは素通すどおりする。


 通り過ぎるさいにアモネは『デリータさんの背中はお渡ししませんから!』とか何とか言っていたがどういう意味だろう? シャーロットに関してはアカンベェしていた。なんなんだみんな


 まぁいいか。本人に言う気がないなら強要きょうようするのも違うし、単純に何言うか忘れちまったって可能性もあるだろうしな。


 よし、じゃあ頭を切り替えて宿やど探しに本腰ほんごしを入れますか――と肩を回そうとした瞬間。



「待ってくれデリータ‼」



 背後からディオスの大声が飛んでくる。

 振り返ると、そこにはどこか吹っ切れたように荒い息を吐くディオスが立っていて。


「用事、思い出したのか?」


 するとディオスは若干じゃっかんうつむきながら、その頬をわずかに赤く染めて、


「お、俺はどうしようもないちっぽけな人間だ……自分の居場所を見つけるために間違った手段に手を染めて、無関係な人たちまで容赦ようしゃなく傷つけた。……反省してる。あんなことをしたのは間違いだったと心から思ってる……!」


 小刻みに震える手足を、しかし彼は振り切るようにがばり! と顔をあげて。


「それをっ……俺にそのことを。力なんかよりも大事なことがあるってことを……! 俺に、こんなどうしようもない俺に! 丁寧ていねいに教えてくれたのはお前だよデリータ……ッ‼」

「そうかよ、そいつはよかったな」

「勝手なことを言ってんのはわかってる。でも俺は改心したんだ……! これからはこの力を――俺にしか使えない《支配剣しはいけん》をみがいて行って……! 迷惑かけた全員につぐなっていこうと思ってる。……そのためには」


 ディオスはそこで言葉を区切り、一度深呼吸。


 何を聞かされるんだ俺は、と思いつつも問いかける空気ではないので黙る。


 ――やがて彼は意を決したように、俺の目をまっすぐ見つめて叫んだ。


「そのためにはデリータッ! お前が、お前の力が必要なんだ! お前の知識と経験と、お前にしかできない色んな力で、ローヴェニカを……俺たちが暮らすこの世界を一緒に――」

「あ、待てディオス。先に言っておくぞ」


 歯切はぎれのよい言葉でディオスをさえぎる。

 続く言葉が予想できたからだ。


 だがあいにく。


「?」


 俺はアモネとシャーロットの居場所いばしょを確認するように首をり。


「先に言っておくって、なんだよ」


 ――あいにく、もうっているんだよ俺には。

 そう告げるようにディオスへ言った。


「ディオス、俺はお前のパーティーには戻らんぞ?」

                                   ■完


【作者から大切なお願いです】

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました……!

ぜひブックマークと評価(よろしければ感想なども)をいただけると幸いです。

評価は下の☆☆☆☆☆でお選びいただけますので、何卒よろしくお願いいたします……!



(あとがきは活動報告にて少しだけ書かせていただきました。

最後までお付き合いいただきまして、本当にありがとうございました……!)

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― 新着の感想 ―
こんにちは。 とても楽しく読ませて頂きました。 人の良い部分や悪い部分,キャラクター達がとても人間味があって楽しかったです。 敵方のバックストーリーもきちんと描いてあって物語がより面白くなってました。…
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