表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

90/96

第38-7話 クレブの心配、そして後悔 ☆

 破壊の限りを尽くされるローヴェニカに轟雷ごうらいまたたいた。


 断末魔だんまつまさえも許さない必殺のいかづち。遥か上空を覆う闇を突き破って落ちてきた雷は、バチバチと青い火花をらしながら空気中へ溶けていく。


 虚空こくうへ帰っていく火花を、確かな目で見据みすえるのは一人の女。

 普段は白衣に下着姿というファンキーでジャンキーな服装しかしないくせに、今日だけは大人びたパーティー用の黒いドレスを身にまとう彼女こそ落雷らくらいあるじだ。


 その名をイロートデス・クレブ。

 ローヴェニカ指折りの魔物専門家である。


 クレブは生暖かい風に揺らめく髪を耳にかけながら、


「これでワタシの担当分は終わりだが、そっちはどうだ」


 が助手よ? と調子づいた口調で振り返ると。

 灼熱しゃくねつの炎がゴウゴウと燃える一帯いったいを踏み潰すように、空から舞い降りてきた巨体は。


「ええ先生。先生の偉大いだい尊大そんだいで出来が良すぎる優秀な助手であるエレルーナの担当分もちょうど片付いた所です」


 見紛みまがうはずもなくドラゴン。

 伝説上のモンスターと呼び声高い竜は流暢りゅうちょうに口にすると、直後その身に白光はくこうたたえ、やがて人の形へと変わっていく。


 クレブは呆れたように目を細めながらエレルーナに近寄って行き、


「『偉大で尊大で出来が良すぎる優秀な』が装飾そうしょくするのは助手ではなくワタシだろうが」

「調子に乗った助手の言動をスルーしてくれたら訂正するのもやぶさかではありませんでしたが」

「ウソをつけ。どうせワタシがお前の言うとおりにした所で――」


 場にそぐわない話をする二人のもとへ、どこから現れたのか、モンスターが突進を試みる。


 が。


 クレブからは雷、エレルーナの指先からは火炎弾かえんだんが同時に射出され。

 それらはモンスターの体表たいひょうで混ざり合い、直後そのいびつな体を爆散させた。


 予期せぬ、しかし取り立てて話題にあげるでもない襲撃にクレブはため息をつく。


 ――あの少年を、本当に一人で戦わせて良いのだろうか、と。


「……随分と不安そうな顔をされるんですね、先生」


 彼女の迷いを察したのか、あるいは彼女が顔に出やすいだけなのか。

 助手であるエレルーナは普段通りの口調でそう言った。


「デリータさんのことですか」

「……まぁ、そんなとこだ」

「心配ですか」

「……、」


 言葉を発しなかったのは照れ隠しでも何でもない。

 ただ単純に、本当に心配しているからで。


 しかしそんな彼女とは対照的に、平静へいせいを保つ部下は平淡へいたんに続けて、


「きっと大丈夫ですよ。だって彼、強いじゃないですか。《消去》もあることですし、きっと先生がご心配なさるほどの事態にはならないかと思いますよ。……まぁ、彼も人ですからもしもの可能性は十分にあるでしょうけど」


 クレブは助手の発言にまゆをあげた。


「……意外だな。お前はデリータのことを最大限に買っていると思っていたよ」

「ええ、もちろん信用はしています。ですが人は人。悪く言えばどこまでいっても、この環境に耐えられる体は持たないんですよ」


 その言葉にクレブは再び口をつぐんだ。


 あの少年が強いことくらい、彼女にもわかっている。

 その活躍ぶりを、スキルが持つ有用性ゆうようせい・可能性を間近まぢかで見ていたのだ。

 心配の必要がないことくらい十分に理解しているつもりである。


 だがそれでも、クレブの胸の内から不安が払拭ふっしょくされることはなかった。


 彼女はローヴェニカの中でも指折りの魔物専門家。モンスターにされた人間を元に戻すための《廻天リナーシタ計画》では、計画の中枢ちゅうすうである復元薬ふくげんやくの創薬をも担う研究者でもある。


 だからこそ。

 それほどまでに魔物に詳しい彼女だからこそ。


「……この魔力量、並みの人間が耐えられるレベルではないぞ。あのデカブツに近づくにつれて周囲のモンスターも格段に強くなっている。本当に大丈夫なのか、デリータは」


 ついにその心境を吐露したクレブは、困ったように眉を下げて、エレルーナの目を見据える。


 彼女だからこそわかること。

 それは心臓を模した巨大モンスター周辺における魔力濃度まりょくのうどが、通常と比にならないほど跳ね上がっていることである。


 闇が空を覆うのは、高濃度で大気中に放出される魔力の影響を受けているからであり、デカブツに接近するにつれモンスターが強くなるのは敵の動力源ガソリンたる魔力が半永久的・自動的に補給されるためで。


 エレルーナはクレブから目を逸らし、巨大モンスターの輪郭をなぞるように眺める。


「モンスターにとって現在のローヴェニカはまさに楽園らくえん。魚にとっての水ですし、人にとっての酸素でしょう」


 すなわち、それは言い換えれば。


「――言い換えれば、人間にとっては地獄じごくそのもの。生物の構造上、こんな高濃度の魔力に耐えられる身体機能しんたいきのうを有していないですからね、人間は」


 ぞわり、と悪寒がクレブの背筋を舐める。


 彼女は知っている。

 魔力におかされ続けた人間がどうなるのかを。


 身に余る、過剰かじょうな魔力を扱おうとした人間たちがこれまでどう死んでいったのかを。


 苦しみもがき、もはや魔力を扱うこと処理することに何の価値も見出せなくなり、最後には魔法を使えるという事実をにくうら息絶いきたえていった者たちを。


 過剰な魔力の処理に追いつかなくなれば、人は処理機能を生来せいらいの臓器に強引に任せてしまう。たとえば初めは膵臓すいぞうに。それがダメなら腎臓じんぞうへ、それもダメなら肝臓かんぞうへ、ちょうへ、はいへ、心臓しんぞうへ……と。


 臓器にとって魔力は異物いぶつだ。だから本来であればその処理を拒否するように自衛機能じえいきのうが働く。

 だが、魔力はそれすらも許さない。まるで『欲しがったのだから余すところなく受け取れ』と主張するように魔力の吸収を強制するのだ。


 その結果、異物におかされた体内は腐り始め、生命維持機能をだんだんと失い、やがては――。



 クレブのくちびるかわいていく。


 唾液だえきはでない。


 喉は干上ひあがる。気道きどうで呼吸がつかえている。


 もう、居ても立っても居られなかった。


「行くぞエレルーナ‼」


 《雷電之王エレクルーラー》を顕現けんげんさせ、爆発するように飛んだクレブは、空中を走るように水平にデカブツへ接近していく。


(くそ……ワタシのバカ‼ 愚か者‼ なんであの時気絶なんかしていたんだ――‼)


 悔やんでも悔やみきれない後悔が彼女の胸を押し潰すように浮かび上がる。


 デリータの単独戦が決定した頃、彼女はエネルギーの使い過ぎにより深い眠りの最中さなかにいたのだ。その場にいれば必ず反対し、いやおうでも彼についって行ったのにとクレブは奥歯を噛む。


 宙を駆けるクレブの横を悠々と走って追いついてくるエレルーナは、


「でも先生、持ち場はいいんですか。基本三人一組で行動するのが鉄則のようですが」

「そんなもの知るか‼ ワタシたちは冒険者ではないのだ、そんなくくりに縛り付けられる筋合いなどどこにもない! それに()()()()()()()()()()()だろうが。そう言えばアイツはどこへ行っておるのだ⁉」


 エレルーナ、ちょっと探して来てくれ。そう言おうとしたクレブの口をふうじたのは、



「すまなかったね、僕はこう見えても正義感が強いんだ」



 他でもないその男だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ