第8-2話 最深部なんだが? ②
あまりの巨躯に、俺たちは思わず息をのんだ。
ドラゴンの頭からクモの脚が六本生えたその魔物。脚が地面に触れる度にぎゃりぎゃりと地表の削られる音が響く。
「あ、あ、デリータさん……アレ!」
「どうやら守護者はアイツみたいだな。二人はいつでも脱出できる準備をしておいてくれ!」
アモネたちの前に踏み出した俺は、直後地面を蹴り上げた。
モンスターの狂暴化の原因がコイツ――かどうかはわからない。だがダンジョンの守護モンスターである以上、何かしら関係していると考えるのが普通だ。
ならコイツを片付ければいい。俺はドラゴン頭のクモ野郎の下に潜りこむ。
頭上から降ってくる六本の脚。地面に突き刺さるたびにドッ‼ と足場が揺れる。
「そんな速度じゃ追いつけねーぞ!」
俺は降り注ぐ脚をかわしながら、自らを鼓舞するべく声を張る。
瞬間、ドラゴン頭は後ろへ飛び跳ねた。続けざま口から炎が噴射される。薙ぎ払われるように迫る炎の光線を、俺は手に触れて爆散させる。
焦げた臭いが充満し、オレンジの残光が尾を引く。それらが消える前にドラゴンは氷を吐き出した。凍える冷気が最深部を包むべく広がっていく。
ので、俺はそれを阻むべく消去を敢行。
「ぐぎゃああああああおおおおおおおおお!」
思い通りにならない苛立ちからか、ドラゴン頭はどたどたと足踏みをする。
巨体のせいで揺れる床は、しだいに崩壊の兆しを見せ始めた。やがてあちらこちらに穴が穿たれ、不安定な足場が確実な速度でその度合いを増やしていく。
するとドラゴン頭は足元の穴場へ炎を噴射した。ストレスの発散方法が独特すぎんだろー……とか思っていると、
「おわっ⁉」
すぐ近くの穴より火炎が噴き上がる。俺は穴から距離を取った。すべての穴で同じ現象が起きていく。
赤い光が最深部を明るく照らす。続けて冷気をも噴射するドラゴン頭。
地面から伸びる炎柱に氷柱。無数にひび割れた穴にも注意しなければ――と思う一方で、
……まぁ、その間、俺が一番厄介だと思っていた六本脚は静止してしまっているのだが。
俺は炎や氷を躱しながら、ドラゴン頭が穴へ口を突っ込むタイミングを待って――突っ込んだ!――瞬間、爆発するように地面を駆け抜けた。
巨大な図体が俺の接近に気が付いたようだ。
だがもう遅い。俺は敵の頭部へ手を置き、一言。
「じゃあな、デカいの」
直後だった。
ドラゴン頭の全身から血が吹きこぼれた。まるで噴水のように飛び出した緑色の鮮血が、通り雨のごとく最深部へ降り注ぐ。汚れないように頭上で消去使っておこう。
やがて、ドラゴン頭のモンスターはずしゃり! とくたばった。
「デリータさんーっ!」
背後からの健気な声に振り返ると、アモネが飛びつくように抱き着いてきた。
背中から腰にかけて柔らかいものを感じる。やっぱりいいな、これ。
「すごいです、あんな大きなモンスターを一撃で倒しちゃうなんて! さすがわたしのデリータさんですっ!」
「さすがです、ご主人。ジブンも思わず見とれてしまいました。さて、ジブンは守護モンスターの部位を回収してきますね!」
さすが荷物持ち。プロ意識が高すぎる。
アモネを背中から降ろすと、彼女は喰いつくように顔を近づけてきた。
「それでデリータさん、さっきのはどうやったんですか何が起きたんですかっ⁉」
「そ、そんな焦らなくても教えるから! まぁ簡単に言えば、奴の太い血管をいくらか消したんだよ。これもスキルの成長で身についたモノなんだが――」
「さすがですね、デリータさん……!」
まだ説明終わってないんだが⁉ でもまぁ悪い気分じゃないし、いっか。
やがてキャリーもこちらへ戻ってくる。
「ご主人、回収終わりましたー!」
「ご苦労様。よし、じゃあギルドに戻ろうか」
「あ、それなんですけど――」
突然、キャリーがよそよそしく目を逸らす。? と首を傾げていると、彼女は笑顔になって提案してきた。
「良かったらご主人たちはゆっくり帰ってきてください! 戦いでお疲れでしょうし、ジブンが先に戻って、買取カウンターで換金を済ませておきますから!」
「あっ、おい! ……まぁいいか」
返事する前にキャリーは行ってしまった。まぁ善意でやってくれているのだろう、今は彼女の言葉に甘えるとしよう――と、その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴ……! とダンジョン全体が不吉な音を立てる。
「……アモネ、もしかしてこれって」
「そ、そう言えばキャリーちゃん、『守護モンスター倒したらダンジョン崩れる』って……あわわわ、いいい急ぎましょうデリータさん!」
結局、俺とアモネは全速力でダンジョンから脱出するハメになった。
当然ゆっくりなんて出来るはずもなかった。