第38-5話 特別任務が開始されたんだが?
住民会館のドアを乱雑に開けると、大勢の人間がもみくちゃになっていた。
……なにやってんだ? と思いつつ、息切れで声が出せない。
かといって出入り口に立っていても仕方がないので、とりあえず俺は会館を進む。
アモネ、アモネ……お、いた。シャーロットもちゃんといるな、と視線で彼女たちの無事を確認できたまでは良かったが、
……なんだってアモネは今にも泣き出しそうな顔してんだ?
と思わず首を傾げそうだった。
理由はわからんが、この空気感から察するに何かしらもめているんだろう。
「おお、デリータか。無事だったか」
威厳満載の表情のまま、まっさきに歩いてきたのはゲンゴクだった。数日ぶりに見る顔になんだか懐かしさを覚えてしまう。
「クレブ氏の助手さんから詳細は聞いてる。……あのデカブツの正体ってのは」
「お察しの通りだよ。アイツだ」
やっぱりそうか、とゲンゴクはわかりやすく頭を抱えた。
抱えたくもなる。なにせ相手は三〇メートルの魔物。おそらくこの場にいる誰もに討伐経験はないだろうし、対策を練るといっても何から着手すればいいかも不明なはず。そりゃため息ついでに指先のささくれも伸ばした髭も引っこ抜きたくなるだろう。
「……見てて痛いからささくれもヒゲも毟るのはやめてくれほらまた言ったそばから!」
「あ、ああ悪いな。しかしどうしたものか……」
分かりやすく頭を悩ませているギルドマスターの横顔を見て、俺は意を決し、
「そのことなんだけど」
俺に考えがあるんだ、と言おうとした瞬間だった。
「おいキミ! 外では一体なにが起こっていると言うんだ⁉」
アモネたちを取り囲むようにして立っている群衆の中の一人が、俺に強い口調で話しかけてきた。
彼はわさわさと人混みをかき分けて、わざわざ俺の目の前までやってくる。
「我々はローヴェニカの住民だ。君たちに守られる権利がある。付随して、外で何が起きているかを知る権利だってあるはずだろう? さぁ、この場にいる有権者たちにも聞こえるよう大きな声で――」
男は目の前で意識を失った。当然《消去》で彼の意識を刈り取ったからだ。
ざわっ‼ と群衆がどよめく。
「コイツなんでこんなに偉そうなんだ?」
おっといけない、思わず一般人と思しき人に手を出してしまった。失敬失敬。
するとどこからか、
「ぼ……冒険者というのはこんな連中ばかりなのか⁉」
「住民である我々をなめているのか! 納税者たる我々を!」
どよめきは一気に敵意に。
……なーるほど、もめていた理由はコレだな。うん絶対にそうだ。
よし、決めた。
「あー、ちょっといいか? あんた達ん中に、事情を知ったうえで何か対策を考えようと思っているヤツ、いるか? 発案・提案・運営管理の補佐なんかを手伝ったりしようって考えてるヤツでもいい。いたら手挙げて教えてくれ」
静寂。静寂。……静寂。
…………よし、決めた!
「ん、じゃちょっと眠っててくれ」
ばっさばっさと横たわっていく一般住民たち。
《範囲消去》で穏便に意識を刈り取らせてもらった。別に情報を教えることくらいなんてこともないが、力になる気もない連中の相手をしているほど暇じゃない。ギルド関係者に影響がないことを目視で確認し、俺はふぅーと呼吸を整えて。
「よし、じゃあ本題に入ろうぜ」
◇
「ほ、本気で言っているのか、デリータ……」
住民会館の外広場へ集まった俺たちは三〇人ほどで円を作っている。
その真ん中で強張らせた顔面を俺に向けるゲンゴクがいる。
「思い当たる方法がこれしかないんだ。……あのデカブツを止めて、かつディオスを殺さないためには」
過去にモンスター化したキャリーを救った際のことを思い出しつつ言う。
要するに、魔物化ディオスを食い止める術は恐らくアイツの体内に流れ込んでいるモンスター因子を《消去》で消し飛ばすしかない――俺がゲンゴクはじめ、その他冒険者連中に伝えたことだ。
「でも大丈夫なのか……? そんなことが本当にできるのか?」
「成功確率はどれくらいあるんだろう……」
「いやそもそもアイツを生かしておかなければならない理由がどこにあるんだ……?」
次々に零れる不安。
不安を抱えているのはゲンゴクだけではないようだ。
でも、いまは。
「みんな不安だよな。ごめん。でも……でもこれしかないと思うんだ。アレ級と戦った経験が誰もない以上、迂闊に人を接近させる訳にもいかない。たとえば『ヤツまでの距離が一〇メートルになった時、過剰な魔力が空気に放出される』なんてこともあるかもしれないしな」
そう言って振り仰ぐ闇色の空。
天面一体に広がる闇を、そして吸収するように蠢く巨体。
その姿かたち。唸り声。尽くされる暴虐の限り。
ちっぽけな俺達が再度つばを飲んでしまう理由はいくらでも挙げられた。
迷っている暇はない。決断に慎重さを求める頃合いはとっくの昔に終わっている。
「もう時間がないんだ。ゲンゴク、許可をくれ。もし許可がもらえないなら、ここから先は俺だけの領域にする」
しばらく考えていたゲンゴクだったが、直後その顔には決意が宿り。
「……わかった。リスクをお前にだけ押しつけて申し訳ないが……他の戦法を吟味している猶予もない。この作戦で行こう、デリータ」
「決まりだな」
ゲンゴクは簡潔に説明する。
モンスター化したディオスは俺が対処すること。他の冒険者は逃げ遅れた国民や、街を徘徊しているであろうモンスターの討伐にあたること。ただし敵の危険度が不明なため、かならず三人一組で救助活動および討伐にあたるのが条件。そして、
「そして最後に……生きて帰ること! 何より大事なのは自分の命だと思え。お前たちがいなきゃ作戦もへったくれもないからな!」
頼もしい笑顔で、激励するゲンゴク。
見渡せば、冒険者たちは緊張に息を呑んでいる。
得体の知れない恐怖に拳を握っている。顔を強張らせている。
それでも。
それでも、開戦の合図は鳴り響く。
ドゴォ‼ と。住民会館の角が突然爆散した。
爆発ではなく、物理的な衝撃によって。
俺は知っている。原因は……もう一度振り返れば、そこには何かを投じたであろう巨大モンスターの姿が目に入る。
冒険者たちが戦慄にくたばる前に、俺とゲンゴクは同時に叫んだ。
「作戦……開始だ‼」
戦場へおもむく冒険者たちを見送って。
俺は静かにきびすを返す。
目の前には、眉を下げて俺を見つめるアモネとシャーロットの姿が。
ふたりの細く小さな手は胸の前で固く結ばれている。
「……ふたりとも無事でよかった」
「デリータさんも……生きててくれてよかったです。わたし、安心……しました……」
「よしよしアモネ。なかないなかない」
「うぅぅ! シャーロットちゃんに頭を撫でられるのはなんだかとても納得がいかないですうわぁぁぁぁん……!」
ボク、なんだかとても失礼なこと言われているような……? とシャーロットは首を傾げながらわんわん泣くアモネの頭を撫でている。
一体どっちが年上なのかもわからなくなりそうな光景に思わず頬が緩んでしまう。
「ごめんな、心配たくさんかけたみたいで」
「ううん、だいじょうぶ。ボクもアモネも、デリータががんばってるって知ってたからがんばれた」
言葉を発する余裕がないアモネも、俺の謝罪に頭をふるふると横に揺らしている。
……頼もしくなったものだ。
アモネもそう。シャーロットもそう。
初めて会った時に比べれば――それほど月日は経っていないが、ふたりとも格段に頼もしくなった。それは冒険者としてもそうだし、人としてもきっと。
感謝を告げよう。胸の内で広がっていく温かい気持ちをくれた二人にありがとうと言おう。
そのためにも、まずは。
今は、すべてを終わらせよう。
街を襲う脅威を排除し。
非を認め改心の兆しを見せた少年を救い出し。
追放から始まった、この人間くさすぎる物語を。
終わらせよう。
「――――ふたりに頼んでおかなきゃいけないことがあるんだ」




