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第37-3話 最悪なんだが?

「ボッコボコにされたんだぜ、あん時」


 だいの字になって暗黒の空をあおぐディオスは、微笑ほほえんでそう言った。


「……そん時の俺はまだ《支配剣しはいけん》を使いこなせてなくてな。一対一では最強だったかもしれねぇが、一対多いったいたはかっらきし。オマケにパーティー全滅の責任を問われて当時の支部を追放ついほうされて……今思っても散々だったな」


 ディオスが語る過去。

 確かに凄惨せいさんなものだと俺は思った。

 彼は諦めたような口調で続ける。


「どんな期待にでも応えられるように強さを追い求めてきたつもりだった。そうすれば俺をボコってきた連中を黙らせられるし、実力もちゃんと評価される。俺が冒険者として、人としてそこにいてもいい理由になると思ってた。……でも、本当は。本当は多分、」


 一度言葉を区切り、ディオスは静かに両目を閉じて。


「俺は、ただ純粋に俺を見て欲しかっただけなんだろうな。何も失わない力を手に入れることで、その力が何も失わずに済む力だと証明することで、きっと誰もが俺を認めてくれただろうから。弱くて貧相ひんそうで、力に頼ることでしか存在意義そんざいいぎ見出みいだせない俺でさえも、ここにいて良いと言ってもらえると……本気でそう思ってたんだろうな」


 本心。

 これがディオスの本心なのだ。


 ローヴェニカを破壊しようと暴れ回っていた男を動かしていたみなもとは、いたって純粋なもの。人なら誰しもが持っていても不思議ふしぎでないもの。


 その本心を、欲望を満たすためにコイツは力に頼った。


「……ばっかだな、お前」

「?」


 小首をかしげるディオス。俺はヤツの闇色やみいろに染まった腹を軽くたたいて微笑んだ。


「別に力なんかなくたってお前はお前じゃねぇか。ここにいていい理由なんて考える必要もなくあるだろ。ここにいちゃいけない理由がないから。それだけで十分じゃねぇか」

「……、」

「むしろお前がここまでやってきたことは、ここにいちゃいけない理由を作り出すものだったってことだぞ。ほんとバカだよ、お前」


 地面に寝そべったまま驚きの表情を浮かべていたディオスは、

 次の瞬間その目からだらだらと涙を流し始めていた。


「それにな、あぁこれはさっきも言おうと思ってたことなんだけど、俺はとっくの昔からお前のこと認めてるんだぜ。それこそパーティーを組む前から。組んでからは尚更なおさらだった、なにせ《支配剣》の圧倒的な強さを目の当たりにしたんだからな。こっちだって認めない理由がないだろ」


 そうだったのか、と嗚咽おえつらしながら口にする男の顔は、ぐしゃぐしゃになっている。涙がぼたぼたと流れ、高い鼻からは鼻水が盛大に吹き出している。それでも一向いっこうこうとしないのは疲労で腕を動かせないためだろう。


 せきを切ったように流れ出る涙を見ると思う。

 きっとコイツもかかえながら生きてきたんだろう。


 どうしようもない後悔と、それをもう二度と味わわないために生きていくすべを考えながら。

 その旅は決して楽なものではなかったはずだ。


 日頃の鍛錬たんれんでさえダルいと思う俺から見れば、普通ではない努力を重ねられるコイツのほうがよっぽどかすぐれた、認められるべき人間だとさえ本気で思う。

 そして純粋に自分を見て欲しいという欲を持った、きわめて人間的な人間だとも。


 誰でも抱える可能性がある欲望。

 ディオスはその迷宮めいきゅうに迷い込み、出口を探し出せなかっただけ。


 もちろんコイツの行いが簡単に許されるものではないが……過剰かじょうに責め立てることもできないのもまたある側面だとも俺は思う。


 だって、明日自分がその気持ちを持ったって、なんら不思議ではないだろうから。


「デリータ、すまなかった。本当に……悪かった……!」


 突然とつぜん飛んできた言葉に驚愕きょうがくし、目をきそうになる。コイツから謝罪の言葉を聞く日が来るとは思ってもみなかった。

 ディオスの顔を見れば、異端審問官いたんしんもんかんでさえも許してしまいそうなほど反省に満ちた顔。


 ……もう、心配することはないだろう。コイツを怒鳴どなりつけ顔面を殴り飛ばすこともきっとなくなるだろう。

 ならばあえて厳しくとがめる必要もない。


「お前のやってきたことは許されない。俺だって許すつもりはない。けど……」


 俺はディオスのそばで膝を折り、声音こわねを明るくしてあっけらかんに告げる。


「お前は十分強いよ、ディオス。今回は力の使い方を間違えただけだ。進む方向をあやまっただけだ。これからは修正してまた歩き出せばいい。だから……ぜんぶが片付いて落ち着いたら皆の前でちゃんと頭下げろ。許してもらえなくても下げ続けろ。手にかけた命をしのべ。チャラにはなんないと思うけど……それが償いってもんだからな」


 それだけ言って立ち上がった俺はディオスに背を向ける。


 湯水ゆみずのように湧き上がる涙は、もうしばらくは彼のほおを伝っていくだろう。


 育ててきた悪意が優しさにほどかれていくように。


 心のうみを吐き出していくように。




 これにて一件落着か、と俺は頭をかいた。

 なんていうか……ちょっとカッコつけすぎたかもしれん。思い出すだけで普通に恥ずかしい。


 うん、なんかもういいや。ディオスは一々いじってくるような性格でもないし、俺さえ忘れてしまえばなかったも同然だろうと俺は目線だけでディオスのいるほうへ振り返えろ



 ドッ‼‼‼ と。

 猛獣もうじゅうが激痛にうなるような衝撃音が空気を引き裂いた。



 背中に感じる強い風圧。風はいわずもがなディオスの寝そべっていた方角から吹く。


 何事かと俺は体ごと振り返った。

 そこには。


「な……なにが起きてんだ……」


 思わず息を飲んでしまう。


 俺の視界に飛び込んできた光景。


 それは、闇色の空を貫通かんつうするように上空へ伸びる巨大なはしらだった。

 直径二〇メートルにもおよぶ巨大な柱。赤光しゃっこうの中に暗黒あんこくが混じったような光がゴウゴウと燃え盛っている。


 柱を中心として広がる光は、ローヴェニカを貪欲どんよくに照らし出す。


 何が起きるのだろう――そんな疑問など浮かびすらしなかった。

 柱が立つ場所は、さっきまでディオスが寝そべっていた場所。


 つまるところ、結論は。


「な、な……っ‼」


 俺は見上げる。

 柱が消えた代わりに、そこにそびえ立つものを。



 全長三〇メートルほどもある、心臓しんぞうかたどったような巨大モンスターを。



 赤黒あかぐろ皮膚ひふで全身をつつむ魔物は、体の至る所から手や足を生やしている。

 その異形いぎょうが、える。


 空気がよどむ。ローヴェニカ中の空気に文字通りヒビが入る。


 直後、歪んだ空気には亀裂きれつがミシミシと刻まれ。


 それを突き破るように大量のモンスターが出現する。


 俺の前にも数十のモンスターが現れ、したなめずりをして待っている。


 どうやら。


「……最悪の形で出てきちまったって訳か、モンスター化の影響が……!」


 口にすると同時、モンスターになったディオスが一つの腕を大きく振り上げ、俺目掛けて振りろそうとしているのが見えた。


「やっ……ばいなこれは‼」


 肉体をそのまま消し飛ばす事は《消去しょうきょ》にはできない。


 したがって。


「い、一時いちじ……退散たいさんだ‼」


 俺は再びディオスに背を向け、全力で走り出す。

 ひとまずアモネたちと合流しよう。アレの対策たいさくを考えるのはそのあとだ!

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