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第37-2話 認められるためには ☆

「待てよ」


 背後からかけられた感情を押し殺した抑揚よくようのない声に振り返ると、

 ゴンッ‼ と頭の横で鈍い音が走った。


 頭蓋ずがいを駆け抜ける痛み。ディオスの視界がぐらりと揺れる。鈍重どんじゅうな一撃が彼の体をギルドの床へと押し倒した。


「以上三名の遺体もしくは遺物の収集、だと……? どういことだディオス‼ お前が同行していながらなんでこんなことになっている! 説明しろ‼」


 首を動かして見上げると、今にも泣き出しそうな五〇代くらいの男が一人、歯を食いしばって自分を見下みおろしている。


(痛ぇ……しゃべらせてぇのに殴ってんじゃねぇぞバカかよ……)


 焼けるような痛みに言葉を発せないディオス。しかしその態度がかんさわってしまったのか、男はその太い足を大きく振り上げ、彼の脇腹へつま先を勢いよく食い込ませた。


「なに黙ってんだよディオス‼ ちゃんとお前の口から聞かせろ‼ マルタやルーブ、ハンナに聞きたくても……もう聞けないんだからな‼」


 どすがす、とその男は暴力を振るう手足を一向に止めない。

 全身に衝撃を受け続けるディオスは耐えながら、ふと男の顔から涙がこぼれていることに気がついた。


(なんでコイツがそんなに泣いてんだよ……同じ冒険者ってだけだろうが)


 全く無関係な人間に暴力を振るわれていること。

 ディオスは急に、現状がとても理不尽りふじんであると腹が立ってきた。


 ゆえに、彼がとる行動は。


「――ッ‼」


 攻撃の合間をい、その体を強制的にね上げて。

 蹴りをはずした男の腹部へ《支配剣しはいけん》を応用したこぶしを一瞬で叩き込んだ。


「ぐはぁ……ッ‼」


 男は大きくり、冒険者たちのクッションに支えられる。

 視線が衝突する。ディオスは痛みに耐えながらも、ついに不満を口にした。


「お前ナニ様のつもりだよ……? ダンジョン攻略にも参加してねぇ古いだけの無能むのうボンクラが急に仲間意識なかまいしき芽生めばえさせてんじゃねぇぞ気持ち悪ぃ……!」


 その言葉にムッとした男は、何かを言おうとした。


 が、それよりも先に別の男がとがめるような口調で言った。


「それは違うぞディオス」

「あん?」

「彼は同じ冒険者の命が失われたことになみだしているのではない。たった一人の……たった一人の大事な息子と、その婚約者を失ったことに絶望しているんだ。知らなかったとは言わせないぞ。支部全体で祝ったんだからな」


 メチャクチャだと思った。

 実際ディオスは知らなかった。泣いている男の息子がマルタであることも、ルーブかハンナのどちらかが彼の婚約者であったことも。


 ならば悪いことを言った、と思った。すぐに弁解べんかいしようと彼は口を開く――


「それなのに……!」


 ――その機会は奪われた。


 咎めるような口調の男の、いやその場にいた連中全員の目が鋭い敵意てきいに満ちたのがわかった。


「それなのにディオス! お前はよくも気持ち悪いと言えたな! 最低だお前は!」

「ディオス……お前だから……お前がいたからマルタたちをダンジョンへ行かせたんだ……! お前の強さに期待していたから……お前なら何があってもマルタたちを助けてくれると信じていたから……! うぅぅ……」と号哭ごうこくするマルタの父親。


 周りも加勢する。


「ちょっと人より強いからって偉そうに。冒険者としては百点でも人としては落第らくだいだな」

「パーティーメンバー全滅ぜんめつしてんだぜ? 冒険者としても落第だろ」

「大体なんでアイツだけ傷ついてないんだ? もしかしてマルタたちをおとりに使ったのか?」


 喧騒けんそうが、水面に石ころが落ちたように広がっていく。

 ギルド全体に広がっていく。


 謝るタイミングはとうに過ぎてしまった。いまさら弁解をしたって意味はないだろう。


 それより何より、彼はあぜんとする他なかった。


 ダンジョンに行く前には、あれだけ優しく温かい言葉をかけてくれていた人々が。

 気さくに喋りかけてくれていた人間たちが。

 一度の失敗とその場の空気だけで人格を変貌へんぼうさせていく。


 期待していると言ってくれたベテラン冒険者は、みんなと一緒になって彼をののしっていた。


 今夜一緒に過ごしたいと誘ってきた女冒険者は、まるで汚物を見るような目を向けている。


 以前臨時加入したパーティーにいた連中は、ヒソヒソ話をしながらチラチラと彼を軽蔑けいべつした。


 充満した悪意。息子を失った男の嗚咽おえつが響く。ディオスをののしる声が鼓膜をつんざく。


 人は簡単に変わってしまうのだ、とディオスは痛感した。

 悲しいことに、彼らは他人の失敗を許さない。失態を見逃さない。

 そういう生き物なのだ。


 今朝までは仲間でも、昼下がりには敵になっている。

 期待外れであれば、期待通りの結果を残せなければ。

 そういうことが起こり得てしまう、弱くて脆い、自分勝手な生き物なのだ。


「もう我慢ならねぇ! ディオスを許すな!」


 どこからか張り上がる大きな声。

 それが合図あいずとなり、武装ぶぞうした人の波が一斉にディオスを飲み込もうと動き出す。


 敵の群れ。

 ディオスは直感する。


 これが人間なのだと。

 期待にこたえる強さがなければ……いや、


(――――期待する余地も与えない絶対的な強さがなければ俺は認められないんだ)


 その直感を飲み込むように冒険者たちがディオスを襲撃する。

 ディオスは腰にぶら下がるけんつかへ手を添えた。

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