第37-1話 事情を聞きたいんだが?
「……がは……っ!」
地面にくたばったディオスは肺の中の空気を一気に吐き出した。
ごほごほとボロボロの体で咳き込む彼のもとへ、俺はゆっくりと近寄っていく。
今にくたばってもおかしくないほどの荒い息を吐く男を眼前に、俺は考える。
一体、ディオスはどこで間違えてしまったのだろうか、と。
彼は最初から最後まで、異様なほど力に固執していた。
それはかつて即席で組んだパーティーを全滅させたことに起因する。
ディオスはその責任を自分一人で背負い込み、弱い自分が悪かったと唇を噛み続けてきた。
そんな彼が選んだのは文字通り血の滲むような訓練。鍛錬。特訓。そのすべて。
結果ディオスは、並大抵の冒険者では手も足もでない強者に成りあがった。
だからこそ、許せなかったのだろう。
周囲からのどんな期待にでも応えてみせる。いやそれ以上の成果だって残してみせる。
――その決意を嘲笑うかのように登場してしまった俺を、彼は。
ディオスの期待する行動以上の立ち回り。戦局に応じた適切な役職の配置。依頼の達成度は平均三〇〇%オーバー。……どれをとっても、鍛錬を積み上げてきた者にとってはさぞ鼻につく結果だと自分でも思う。
「……、」
足元で仰向けになっている男を眺め、思い返してみる。
ディオスは言っていた。そんな成果ばかりを残す俺に『自分はお前の期待に応えられているのだろうか?』『お前ばかりが俺の期待に応えていて、じゃあ逆はどうなんだ?』と迷いを抱えていた、と。
……その迷いが。その時点ではさほど大きな歪みでもない、言ってしまえば都度話し合ってしまえば解決できたかもしれない小さな歪みは、ここまで広がってしまった。
俺は強化に尽力していたパーティーを追放され、
ローヴェニカ全土を廃土にしようとするような、そんな男を生み出してしまった。
「……げほっげほっ……はぁ。なんだァ、俺はまた負けちまったのか」
闇の空を仰ぐ男は、どこか清々しそうな様子でそう口にする。
「ずいぶんと歯切れのいいセリフだな。そうだよ、また俺の勝ちだ」
「そうかよ」一つ、小さく息を吸ったディオスは脱力して言った。「結局最後までお前に勝てなかったって訳か」
「そりゃそうだろ。俺を誰だと思ってんだっての」
《永久機関的外圧無力化装置》と呼んでいたのはお前たちだったろうが、と俺は付け足して。
しばらく間があった。
闇の空の下を吹き抜ける飄々とする風。
どこか棘のあるような肌触りに肌寒さを感じながらも俺は開口した。
「何があったんだ、ディオス」
突風になびく彼の金髪は、一部が紫色に変色してしまっている。モンスター化の弊害だろうか?
ややあって、
「……難しいことなんて、何一つだってねぇんだ」
そうしてディオスは静かに語り始めた。
◇◆◇◆◇
四本腕・四本脚の巨人モンスターとの戦闘を終えた後のこと。
連れだって目的地のダンジョンへ向かった仲間は、いまや誰一人としてディオスの後ろを歩かない。さくさくと土を踏む音は自分のものだけで、彼の背後にはそよ風だけが躍っている。
ダンジョン最深部の守護モンスターと一対一で戦っても、彼に致命傷はない。多少のかすり傷こそあっても、見て痛々しくなるような重症はどれだけ探しても見つからなかった。
それもあって、だろう。
「……戻った」
ぎぃ、と古ぼけた両開きの扉を開いた時。
「おお! 戻ったかディオス!」
「すげぇな本当にお前ら全員で帰還したん……ぅん?」
彼を迎え入れた冒険者たちは浮かべた笑顔をすぐに引っ込める。
その代わりに確かめるような、不安の滲んだ表情を引っ張り出してきた。
「な、なぁディオス……他の連中はどうしたんだ? マルタやルーブ、ハンナたちも一緒だったろ?」
質問してきた男の横を、ディオスは俯いたまま通り過ぎる。ギルドは異様な静けさを放ち始めていた。まるで男の質問への回答を、ギルドという建物が待ちわびているように。
ディオスは胸にしまっていた依頼書をぞんざいに取り出した。丸まった依頼書はしわしわで、その大部分が血に染まっている。
彼はそれを受付カウンターへ優しく置き、
「依頼は達成した。ダンジョンの崩落も確認済みだ。ダンジョン跡地整備部隊を至急派遣してくれ。あそこは魔力の吹き溜まりみたいな場所だ、放置しておくとまたモンスターどもが湧いてでてくる可能性が高い。それから――」
一息ついて、彼は続ける。
「瓦礫撤去時に、マルタ、ルーブ、ハンナ。以上三名の遺体もしくは遺物の収集を頼む。……俺の方ではそれを対処する余裕がなかった。申し訳ないが」
「かっ……かしこましましたっ……!」
依頼書にハンコを押した受付嬢は、言葉の重みに押し出されたようにギルド奥へと消えていった。部隊出動の手続きには工数がかかりがちなので、なるべく早めに報告するようにと先輩職員から言われているのかもしれない。
依頼完了報告は終えた。今日は他の依頼をこなす余裕もない。報酬の受け取りはまた後日でいいか、とディオスがきびすを返しカウンターに背を向けたその時。
「……、」
じわり、と。ねっとり、と。絡みつくような無数の視線を向けられていることに気がつく。
しかし関係ない。
ここにいる連中は戦場に出向いていない。ただ平和で平穏で死の危険など微塵も感じられない箱の中でのうのうと時間を貪っていただけにすぎない。
だから知りもしないし、知ろうともしないだろう。
パーティーメンバーを殺された痛みを。彼らを救えなかった無力感に絶望するディオスの心を。奥歯を食い潰したいほど悔しがっているディオスの心を。
そんな連中にあれこれ言われる筋合いはないと心の中で吐き捨てたディオスは、視線の槍を全身で受け止めながら、しかし気にする素振りも見せず出口へ足を進める。
が、思うようにはいかなかった。




