第8-1話 最深部なんだが? ①
ダンジョン最深部の二枚扉を開けた向こう。
「……?」
気のせいか? 何か消えていく人影を見たような……。
「デリータさん、あれはなんでしょうか? なにか大きな箱が置いてありますよ……」
アモネに言われて、俺もそちらへ意識を向けた。
灰色の円形床の中央に、いくらかの箱が散乱している。イメージとしては一〇個程度の大きなサイコロを適当に転がしたような感じだ。
近づいてみる。どうやらただの箱ではなさそうだ。それぞれの箱の天面には金属板が張り付いており、細かなボタンやレバーなどがびっしりと敷き詰められている。
もちろん見たことはない。アモネも同じようだった。
「キャリー、お前はこれ知ってたりする?」
「いえご主人。ジブンもこんなものを見たのは初めてです……なんでしょうね、コレ。せっかくですし分解して持って帰りましょうか?」
目を輝かせるキャリー。荷物持ちというのは何でもかんでも持ち帰りたがる性分なのかもしれない。
だがここはダンジョンだ。なにか取り返しのつかないことになっても嫌なので、
「いや、最深部に設置してあったものなら下手に触らない方がいいかも――っておい!」
遅かった。言ってる途中、キャリーはもう箱を分解し始めていた。
「ごごご主人、これは荷物持ち特有の収集癖でしてっ! ギルドに買い取ってもらえばかなりの値がつくかもしれませんよっ」
「いやいやいやそういう問題じゃないしアモネまで分解に加担してんじゃねーよっ‼」
なぜお前までしれっと参戦してるんだ⁉ と頭をかかえる俺だったが、次の瞬間。
びーっ‼ びーっ‼ びーっ‼
と、けたたましいサイレンが産声をあげたのだ。
「……なんの音だ、コレ」
「ご、ご主人……」「デ、デリータさん」
真っ青な顔のふたりがいた。彼女たちは強張った表情で箱を指さしてこう言う。
「「この箱が鳴ってます……」」
……はぁ、言わんこっちゃない。
するとその時。サイレンがぴたりと止まった。
奇跡的に制御機能的なものが働いたか? と思っていた俺だが、直後それが楽観視にすぎなかったことを知る。
束の間の静寂――それを打ち破ったのはドドドドドド‼ という地鳴りのような足音。
連続する轟音に共鳴するべく足場が揺れる。
やがてそれも収まる頃。
平面三六〇度――俺たちは無数のドクロオオカミに包囲されていた。
「どどどどうしましょうデリータさん⁉」
「戦うしかないだろ。キャリー、お前は俺たちの背中にいてくれ」
して、絶望的なまでの数の敵を相手にする戦いが始まった。
アモネの方は順調そうだった。右手の剣を振り、呼吸するようにスキルを駆使し、次々と敵を排除していく。
かくいう俺も別に困りはしない――ただ。
《消去》の欠点はこういう場面にある。障害物の破壊が条件的に不可能だったり、敵の数が圧倒的に多かったりすると、俺に出来ることは限られてしまうのだ。
平たく言えば、敵からの攻撃を消去するのみ。それでも十分仕事にはなるのだが、いかんせん敵にダメージを与える方法が皆無に等しい。
攻撃はアモネ、防御は俺。俺たちは自然と分業体制をとっていた。
「この数が相手だとキリがありません……!」
背中でアモネが口にする。確かにその通りだ。
「てやぁぁ――あっ……‼」
バキィン! と鉄が砕ける音がした。
見やると、アモネの右手に伸びる剣は中半分あたりから折れてしまっていた。折れたもう半分はいびつな回転をして飛んでいってしまう。
つまり俺たちは戦闘における矛を失った訳だ。
だがモンスターには絶好のチャンス。ドクロのケモノたちは一歩、また一歩と俺たちへ迫ってくる。無数の呼吸がこだまし、嘲笑われているような錯覚まで感じた。
「デリータさん……!」
「ご主人……」
背中越しに、弱々しい声が聞こえてきた。
……仕方ないな。コレは見せたくなかったんだが、こんな状況だ。俺の気持ちを優先させている場合ではないだろう。
「――ダンジョンに入ってから消去した事実を消去」
俺は呟いたすぐ直後、アモネとキャリーの肩に触れた。
体を透明化させる。アモネたちの体も透き通ったのを確認した。
それとほぼ同時、最深部にさまざまな攻撃がしかけられる。槍が飛び交い、火炎放射が撒き散らされ、巨大な球がすべてを蹂躙するべく転がっていく。
モンスターが吹いた黒い炎。ダンジョン内で消した針のトラップ。
それらすべてがドクロオオカミの大群へ襲い掛かるのだ。
「ご……ご主人、こんなスキルは反則級ですよ……」
「すごい……こ、これ何が起こってるんですか?」
「簡単なことだ。このダンジョンに入ってから俺が消したものに対し、消したという事実をなくしたんだよ」
消した事実の消去。
俺が《ダメージ吸収》を極めた先に見つけた答えの一つだ。
間もなくドクロオオカミたちは見る影もなくなった。
「これで全滅だな。これだけ同時に来られるとちょっと大変だったな」
「ちょっとどころじゃないですよっ!」
ぷりぷり怒るアモネ。Gランクにはきついと思う、すまんな。
「さ、この辺りを調べてさっさとギルドに帰ろうぜ」
だがしかし、動き出した俺たちをまたもやキャリーが引き留めた。
「待ってくださいご主人! ……何かおかしいです」
「おかしい?」
「はい。ダンジョンには基本的に守護モンスターがいるはずです。さっきの大群が守護モンスターなら……間もなくダンジョンは崩れ始めます。なのに――崩れる様子がまるでありません」
真剣なトーンで伝えられた内容。空気が一気に冷たくなった気がしたその刹那、
「ぐぎゃあああああおおおッッ‼」
背筋を舐めまわす悪寒に誘われ、空間にできた亀裂の闇から出でたのは、
全長三メートルにも及びそうな巨大モンスターだった。