表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

78/96

第36-6話 vs.魔物化ディオスなんだが?⑤

 俺は寝転ねころがっていた。なんならむらさき色の不気味な空を眺めていた。


 は? と思って顔を上げた次の一瞬。


 ひゅん‼ と、眼下がんかから現るは魔物化モンスターディオスで。


虚勢きょせいを張ってンのはお前のほうみてぇだなデリータッ‼」


 二メートル近くもある大剣を振り被って飛び跳ねる彼を見たところで、ようやく俺は自分の差し置かれた状況に理解が追いついた。


 あのわずかなで。

 ほんの一秒も経たない光のような一瞬で。

 俺はディオスに身体からだのバランスを崩され、こうして背中を地面に叩きつけられている。


 思い返してみれば視線が激突した直後。なぜかディオスが目の前まで移動してきていて、豪快ごうかい足払あしばらいをかけられたような気がする。

 ああ、どうりでこの具合か、と今度こそちゃんと理解する。


 寝転がる俺の上空。魔力でできた大剣をまさに振り下ろそうとしている男を見ながら。


「(……って言ってられっかよ‼)」


 言葉にする時間すらも惜しい俺は勢いよく左へ体を転がした。


 ゴン‼ と金属でコンクリートを殴ったような音が頭のうしろから響いてくる。俺は転がり続け音のなったほうへ目をやると、真上から空気を引き裂いた大剣がグレーのタイルに突き刺さって、


 いない。


「⁉」


 慌てて立ち上がろうとすると、大剣の居場所が現実に表れた。


 目を見開くよりも早く。なんと、そこにあったはずの大剣は跳ね上げられて大きく軌道を変化させていた。ディオスは口元をむすんだまま力任せに剣を操作そうさする。動きとしては『剣を抜く→振り被る→剣を振り下ろす』というムダの多い所作しょさであるはずなのに、そのロスを一切感じさせないほど素早い身のこなしだった。


 再び直下してくる魔力の大剣。

 俺は今一度いまいちど横に転がってよけようと思ったが、慌てたことがあだになった。


「あ、」


 雑な体勢たいせいで立ち上がっていたためか、横合いへ退すさろうとした足がもつれその場に転んでしまった。

 まるで馬車から降ろされて道端に置いてきぼりにされたお姫様のような格好で振り返る。


「終わりだ。死ね、俺の悪夢あくむ


 眼前に、迫る大剣。

 皮肉にも死をいろどるには美しすぎる魔力の残滓ざんしが空気にこびりつき。

 あたかもそれがすくいであるように俺の頭上で煌めいている。


 ――しかし、案ずる事はなにもない。


 ほこった顔をしようともしない、声一つもあげようとしないディオスへ。

 正しくは、ディオスの魔力へ。

 この体に宿る熟練じゅくれんの《スキル》を行使する。


 ――ばぎん、というガラスに鉛弾なまりだまが着弾したような破壊音が響きわたった。


 その音は他でもなく俺が《消去》を行使した音。安定した能力がとどこおりなく発動したことに加え、俺を真っ二つに分けようとしていた大剣がひかりつぶに姿を変えたのを見て思わず、


 あっぶねぇ! 今度こそ終わったかと思っちまったじゃねぇか!

 と俺は心の中で絶叫する、


 が、その安堵あんどは長くは続かない。


 次の瞬間、撫でおろしたはずの胸に渦巻うずまくは再び背筋が凍りつくほどの恐怖。

 敗北はすぐそこまで差し迫っていた。


「そうくるよな、テメェは」


 頭上後方ずじょうこうほうから聞こえてくる落ち着いた声に、今度こそ俺ののどからびた。


 目の前にいるはずの男の姿は、

 そこにない。


 真っ先に音で理解し、視界が現実に追いつき。


「まず……ッ⁉」


 地面をのたうち回るように大慌おおあわてで体ごと振り向いた俺は、目の当たりにするほかなかった。


 見下すようにたたずみ、凶悪に、獰猛どうもうむ魔物化ディオスを。

 しかも、《消去》したばかりの魔力が異形いぎょうとなって顕現けんげんしている光景を。


 なんと。どういう理屈りくつかは到底想像もつかないが、ディオスの背には一本の左腕ひだりうでが生えていた。ディオスの身長を優に超える筋肉質の腕は血色けっしょくの悪い紫色で、しかし同時に魔力そのものがほこ水滴すいてきのようなきらびやかさも兼ね備えている。


 そして、その腕は。


 ディオスの第三の腕は、やはり大剣を握りしめていた。

 それもディオスが手にしていたようなものとは比較にならないほど鋭利えいりで、まされた魔力の大剣だった。


 質も量も圧倒的に人ではない腕と剣。そのどちらもが、今まさに振り下ろされようとしている。


 走馬灯そうまとうが流れるように、ゆっくりと時間が進む。大剣は自由落下じゆうらっかに身を委ねた鉄球てっきゅうのように空気をしっとりとつらぬいていく。

 その無限むげんにも感じられる時空の中で、俺の頭だけはちゃんと回転しているような気がした。


 ……ああ、ついさっきディオスが勝ち誇った顔をしなかったのはそういうワケだったのか。

 ディオスはプライドと信念だけで生きているような男だ。言ってしまえば一度負けた相手に再び負けることをみすみす受け入れるたぐいの人間ではない。


 だから《消去》を行使した先の一撃において、奴は歯を見せなかったのだろう。

 準備をしてきていたから。対策をしてきていたから。

 もし俺が《消去》を使用して死線しせんくぐり抜けようとした時、自分はどう動くべきか何をするべきかを事前に考えてきていたから。


 不思議なものだ。


 目の前に大剣が落ちてくる。おびただしい魔力の残滓ざんしを撒き散らしながら、その必殺の切先きっさきは着実に俺の脳天を叩き割る軌道を描こうとしている。


 にもかかわらず。

 敗北が、死が、破滅はめつがすぐそこに来ているにもかかわらず、だ。


 ――俺はちょっと嬉しかった。

 不思議なものだ、と思いながらも口角こうかくが緩やかにあがるのを感じる。


 だって、ディオスはやっぱりディオスだと思ったから。

 見てくれの『強さ』を欲するあまり魔物の力に手を染めたと思っていたアイツが、実は俺との戦闘における準備をしてきたのだとわかったから。


 つまりそれは、準備をしていかなくてはやり合えない相手だと、力押ちからおしだけではどうにもならない相手だと理解したうえで、自分が優位に立てる方法を考えてきた証だからだ。


 ――お前はやっぱりお前だよ、どこまでも。


 過去にしばられた強さだけを求めていると思っていたが、そんなことはなかった。

 方向はどうあれ、ちゃんと前見まえみて戦ってるんならそれでいい。


 ゆるやかに過ぎていく時間は、もうもなく終わりを迎えようとしている。

 地面に両手をついて座り込んでいる俺の目の前には、狂猛きょうもう犬歯けんしをこれでもかというほど見せつけてくるディオスが大剣を握っている。


 その剣を形成するは、ヒトの力を越えた魔物の魔力。

 ざっくばらんな計算をすれば威力は最低でも数十倍に及ぶだろう。

 そんな最終兵器級の武器の先っぽは、もう間もなく俺の脳みそをすっぱりと斬ってしまうに違いない。


 だから俺は――


「くたばれデリータァァァァァアアアアッッ‼‼‼」


 のどが張り裂けそうな咆哮ほうこうとともに。

 逃れようのない魔力の大剣が俺の全身へ狙いを定めたようなので。


 ――俺は安らかにまぶたを閉じた。


 直後。


 やいばなき必殺ひっさつ一太刀ひとたちは、空気ごと俺を一刀両断してしまう。

 すぱん、といだばかりの肉斬にくぎ包丁ぼうちょうが肉を裁断さいだんするような歯切れのよい音が、ローヴェニカの商店街大通りへ反響した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ