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第35話 ディオスがいたんだが?

「くらえ――粘液噴射スライムキャノン!」

「あっコイツめ! やりやがったな⁉」

「うわーっ‼ マイコラスが怒ったゾーッ‼ 逃げろーッ‼」


 ……その光景に思わずくちびるんでしまう俺。

 仲間に入れてもらえないことが悔しいのではない。気を抜いたら出てきそうになる涙をぐっとこらえているのだ。ぐっ、とな。


 わいわいきゃっきゃしているのは……なんとスライム(人間体)たちと気のいい冒険者連中。


 しかもそのなかには……数日前にスライムにけんを見せた者もいるほどで。


 なんだかんだで仲良くやっているのだ。


「おーい、一番でっかい長方形の木材、こっちに三つ回してくれー」

「ネジがうまく入らないんだけど、誰かネジ回すのを生きがいにしてるって人いないー?」


 遠くから活気のいい声が聞こえてくる。


「たった数日でよくここまで仲良くなったものだな」


 はしゃぐスライムたちを眺めていると、隣に腰を下ろしたクレブがそう言ってくる。


「あぁ、本当に。びっくりするくらい丸く収まってるよな。最初スライムたちを見せた時はどうなることやらと思ってたけど」

「あれはワタシもヒヤヒヤしたぞ。ワタシのかわいいかわいい助手たちが奪われるなどあってはならん、絶対にな」

「まだあきらめてなかったのか、それ。……で、なんで今日は服着てるんだ」


 俺はクレブのすがたかっこうを確認するように見た。


 こぎれいなワンピースは黒を基調にした上品さがあった。いつもはおさげにしている紫色の髪も今日はハーフアップにしているし、一体どういう心変わりが――


学会がっかいにお呼ばれしたのだよ。廻天リナーシタ計画の進捗しんちょくについて権威けんいどもが聞きたがっているらしい。……それよりもデリータ、まるでワタシが普段から下着でほっつき歩いている露出狂ろしゅつきょうかのように言うのはやめてもらおうか。ワタシの崇高すうこうなる名誉めいよ毀損きそんされうる」

「まるでじゃなくてまさになんだよ‼ いまさら清楚系せいそけい目指そうったってムリな話だぞ」

「……ワタシは美人系だと思うのだが?」


 そういう話じゃねぇんだよ! というのも燃料たいりょく使いそうなので俺は口を閉じた。


 大真面目にまゆを寄せているクレブは「ふぅ」と仕切り直すようにため息をつくと、


「おおかた、キミの目指していた世界は実現できそうじゃないか」

「……どうだか」


 話を振られて改めて考えてみる。


 いまの状況はいわば長い歴史の(このままモンスターとの共存きょうぞんがうまくいけばそう呼べる)転換点てんかんてんにおける初期の初期。

 恋に落ちた男女のように、大抵のことはうまく行っているように見えるもの。

 ここを見てうまくいきそうだ、とはとてもじゃないが言えはしない。


「けど」

「?」


 俺は静かに遠くを見た。


 少しずつ回復しているアモネやシャーロットたちが談笑している姿があった。


 思わずほおゆるむ。


「そうなったら良いよな!」


 元モンスターであるシャーロットがみんなに受け入れられて。


 そんな彼女と仲良くする人間たちも同様に愛される。


 俺が大事にしたい人たちみんなが、傷つけられることなく毎日を平穏に暮らせる。そんな世界がくれば――いいのにな、と心から俺は思った。


 いつか訪れうる……というよりも訪れることを願っている未来に想いをせていると、


感傷かんしょうひたっている場合ではないぞ」

「え?」


 すっ、とクレブは立ち上がった。そよ風が彼女の黒いワンピースをふわりと揺らし。


「世界は刻一刻こくいっこくと変わる。時は止まることなく進み続ける。我々では到底想像もつかないくらいの速度でな。中にはキミの望まない変化もある。頭を抱えたくなる夜だっていくつもあるだろう。――たとえばアレ」


 ささやくように渡された言葉を噛みしめながら、俺はクレブが指差したほうへ顔をやった。


「アモネとシャーロット、口説くどかれているぞ」

「……は?」

「いやだから。お前の恋人たちがオスどもに口説かれているぞ。放っておいていいのか?」


 な、なに言ってんだか。


 うちのアモネとシャーロットが口説かれているはずもなかろうに。


 だってさっきまで楽しそうに談笑してたじゃ「まじで囲まれてんじゃねぇか‼」


 考えるよりも先に腰は浮いていた。


 ――走り出しておいてなんだが。


 いまさらだが。


 別に彼女たちが口説かれてたっていいんじゃないのか?


 恋人でもないのに、俺はなんで焦って動き出してんだろうな?


 ま、いいか。考えてもわかりそうにない。


 ……思いながら、発した声はちゃんとうわずっていた。


「ソイツらを困らせんじゃねーっての……!」


 なぁ、ちょっと待てよ――と俺は男達に声をかけ、



 ようとした。



 ふうじられた。



 目が潰れそうな閃光が遠くの空でまばたいいて。誰もかれもの意識がそちらへ吸い取られ。


 動いていた足は自然にとまり。怪訝けげんな視線だけが遥か快晴へと集まった。


 そらが爆発した。

 そう言ってしまえばカンタンだった。


 まるで飛行船が魔法で追撃されているかのように、あちこちで赤光しゃっこう明滅めいめつしている。


 あわただしい足音が隣にきて。


「……なにが起きている!」


 クレブの横顔はきょを突かれたそれに見えた。


 轟音ごうおん炸裂さくれつ連鎖れんさする。


 まるで神の怒りに触れたような破壊の咆哮ほうこうが、ローヴェニカの天空を支配した。


 地が鳴る。遠くで誰かの叫ぶ声が聞こえる。


「デリータさん!」「デリータ……!」


 アモネとシャーロットが不安に背を押されたようにこっちへ来る。


 俺たち三人は――肩を並べて空をあおいだ。


 ひょっとすると水よりも透き通っていそうなそらは。いまや国全体をいぶすかのような煙の大群たいぐん見舞みまわれてしまった。

 それどころか。けむりの奥にもはやあおはなく。


 ローヴェニカを丸ごと飲み込んでしまいそうな……『やみ』で満ちていた。


 その時。日中にっちゅうおとずれたよるを指差したのはシャーロット。


「……デリータ、あそこ。なにかいる」

「ほんとですね……人型ひとがたのモンスターでしょうか?」

「?」


 確かに、いる。


 だから俺は目を凝らした。よく凝らした。それと俺とのあいだにある距離を《消》し、それを肉眼で見えるほどの距離まで近づけた。


 ――それは人型で。背中に左右三対さゆうさんついの闇にれたつばさいだいており。絶望を具現化したような漆黒しっこくのオーラを全身にまとっていて――。


「!」


 言葉にならない感情が喉をつまらせる。


 見えた。見えてしまった。


「なにかわかったのか、デリータ」


 クレブの声音こわねにつられ、アモネもシャーロットも俺を見る。

 俺は一呼吸置いたあと言った。


「あれは――」


 邪悪じゃあくころもをまとった、人型のあれは、


「――ディオスだ。それもモンスター化した、な」


 あるいは『させられた』が正しいかもしれないが、みんなが息を詰まらせた。


 このさい、もうこうなった経緯などどうでもよかった。


 この状況は。この状況こそは。


 ――まさしく俺が一番望んでいた瞬間じゃないのか?


 だから、決めるのにそう時間はかからない。


「アモネ、シャーロッ……ト?」


 左をアモネ、右をシャーロット。なぜか手をぎゅっと握られていた。


「なにを聞くつもりだったんですか、デリータさん」

「……いくに決まってる。いっしょにたたかう」


 ちょうど聞こうと思っていたところだ――と俺は微笑ほほえみを返して。


「クレブ、俺たちは行ってくる」

後方・遠距離支援(うしろのこと)はワタシとエレルーナに任せてもらってかまわない」


 俺たち三人は走り出した。


 奴が――ディオスがなにをたくらんでいるかはわからないが。


 それでも、この好機こうきを逃す訳にはいかないんだ。


 望む世界を……あれほどまでに夢に見た世界を実現させるためには!


「アモネ、シャーロット、行くぞ!」


 ディオスを――止めるんだ。

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