第33-2話 俺が望んでいた現状なんだが?
「仮に……仮にだぞ? モンスターの正体が元人間だったとして、俺たちはこれからも彼らを討伐する道を選ぶべきなのか、って話だ」
さっきとはまったく別の静寂がやってきた。
互いに顔を見合わせる冒険者たち。まるで相手の意見を伺うように、あるいは自分の意見を隠すように口を開かない。
眩い光が降り注ぐ、工事中のギルド。
やはり難しいよな、この問題は――そう思った時、誰かが口にした。
「ぼくは反対です。もしそうなら、ぼくらは他でもない人殺し――ディオスくんと同じ土俵に立つことになってしまいますから」
別の方向から誰かが言う。
「アタシも反対かなー。アタシらと似ているって共通点があるワケだし? 同じ種族かもってゆー考えがあるんだとしたら、ぜんぶ明らかになるまでは冒険者活動もストップでいいかなー」
なんと。
思っていたよりも遥かに良い返事だ。期待を超える結果に弾んでいた胸にいっそうの弾みを覚え、
ない。
……そうだよな。そう簡単に行くはずがないんだよな。
手放しで喜ぶことはできなかった。その騒めきはまたたく間に冒険者たちへ広がって行ったからである。
「ならさ! モンスターたちと共存する道を模索するってのはどうだろう? 討伐するしないできっぱり分けるんじゃなくて」
顔見知りの女冒険者が声高に言う。
俺が一番欲しかった返事だ。――それでも胸の内に燻る不安は消えてはくれない。
目を凝らす。そこにいる生の顔を一つ一つ捉えていく。
笑う者。
作り笑いを浮かべる者。
話にならないと言いたそうに肩をすくめる者。
遠い空を仰ぐ者。
渋い顔で考える者。
怒りだす者。
三者三様の反応を見れば、どれだけ楽観的な人でもその自信に陰りが見えることだろう。
俺はしばらく黙って聞いていたが、やがてその騒めきをかき分ける太い声があった。
資材を持ち帰ってきたゲンゴクだった。
「盛り上がっているな」彼は木材を静かに荷下ろし、「もしお前たちが活動停止――行き過ぎた依頼はこなさないという意味で――を選択するのなら、ギルドはしばらくの間、給与面でお前たちの生活を保障する準備はある」
いっそうの歓喜があがった。一部の冒険者の間だけで。
『廻天計画』を把握しているゲンゴクにしても、コレは願ってもない好機なのだろう。
元人間だと知っていて、それでも黙っていることしかできず、討伐されるのが同種であると理解していながら冒険者管理組織のトップにいなければならない。こう思うと彼も複雑だし同情したくなるところはある。
……だが、やはりとんとん拍子にはいかなかった。
「でも待ってくれ」
ついに我慢しきれない、といった様子の声がどこかから上がる。
「もしモンスターとの共存を目指したとして、奴らが襲ってこないっていう確証はないよな? その時はどうするんだ?」
場の空気に水を差すような指摘に、誰かが投げやりに回答した。
「人間社会と同じだよ。そういう異端分子は懲罰にかければいい」
「それがディオスみたいに強い奴だったら? 誰が猫のクビに鈴をつけるんだ?」
応酬が停止した。
モンスター共存派は言葉に困り、芯を食い過ぎた質問から目を背けることしかできない。
俺は場の空気が瓦解する音を聞いた気がした。
「というか共存って言ってるけど、それってモンスター側の協力も必要だよね? できるの?」
「やっぱり討伐を続けるべきじゃねぇか? 意思疎通が図れない以上は敵みてぇなもんだし」
「あっちがどう動いてくるかなんて私たちにはわからないわ。仲良しこよしなんて危険すぎる」
あちこちで討伐派の反撃が始まる。
「なんでそういう見方しかできないわけ⁉ 彼らは元々わたしたちと同じなのよ⁉」
「人だとわかっていて手にかけるなんて無理だ! やりたいなら勝手にやってろ!」
「あぁ勝手にやってるさ! もしものことがあった時、お前らが助けを求めても俺たちゃ知らねーからな!」
それぞれの派閥が、それぞれの考えをぶつけ合う。
……物理的なケンカが始まらないだけマシだが、言い合いは熱を帯びていった。
「どうするデリータ? 意見の割れ方がかなり極端だが」
舌戦を前にクレブが耳打ちしてきた。
「予想できなかったわけじゃない。一瞬喜びかけたけどな……」
まとまりかけた議論。
だが最終的には決裂し、今こうして罵詈雑言の応酬が始まろうとしている。
俺は思う。
これが自然な姿なのだと。
人間が人間以外の存在に対する姿勢として、ありのままのものなのだと。
もっと言えば、ディオスの存在など微々たる影響、事情の中の一要素でしかない。
つまりアイツがいてもいなくても、根源的な恐怖はそこにあり続けるだけ。
人という生物の奥底に眠り続けているだけ。それが然るべき時に起きてくるかこないかの違いなんだ。
そういう意味で――雑念も第三者の介入もない現状は、俺がもっとも望んでいた環境と言えなくもない。
混じりけのない純粋な感情は、出来事の影響を色濃く受けるからな。
……やりようはある。
ローヴェニカからモンスターへの偏見をなくすことは……きっとできる。
そう思った。
拡大していく議論に終止符を打ったのはゲンゴクの一言。
ぱんぱんと二回拍手をすると、彼はよく通る声で言った。
「いずれにしても――今すぐに結論を出せる話じゃあない。どうだろう、ギルドの復旧作業もあることだし、各々が一度持ち帰って考えてみるというのは」
さすがギルドマスターだ。
あれだけ熱を帯びていた議論は一瞬で収束し、それぞれがギルド修復作業へ戻っていく。
クレブが言った。
「難儀な話題だな」
「こんなもんだろ。長い時間の中で積み重なってきた偏見や先入観ってのはそう簡単に払拭できたりはしない。実地で活動している冒険者でさえこれだ、ローヴェニカに暮らす一般住民なら『モンスターと共存』って聞いただけでひっくり返るだろうな」
冗談でも言うように口にするが、内心は複雑だった。
できるとは思いつつも――偏見を払拭するという目標が、果てしなく高い壁に思えたからだ。
だがやるしかない。それしか道は残されていないのだから。
「ちなみにクレブは共存派か?」
「当たり前だろう。なんなら既に共存しているからな、エレルーナと。……ワタシ個人としては何もそんなに恐れることはないと思うのだがな。いきなり同じベッドで寝るわけでもあるまい」
まったくもって同感だ。
共存といっても今すぐ一緒に暮らすようになる、寝食をともにするという話じゃない。
少しずつでいい。
少しずつ、彼ら彼女らのいる世界に慣れていけば。
……いいのにな、と思うのは俺やクレブの立場だからだろう。
この手でモンスターを人間に戻し、この眼で人になったモンスターを見た俺だから――
あ。そうか。
「なぁ、エレルーナさんはいまどこにいるんだ?」
「藪から棒になんだ。彼女なら研究所で薬を作っているぞ」
俺はクレブの手をばっと握って――クレブは意外そうに目を見開いていたが、気にせずぐいっと顔を寄せた。
「今日これからこっちに来るよう言ってくれないか?」
紫雲のようなおさげを残念そうに揺らした彼女。
一瞬迷いが見えたような顔からは、次の瞬間ジト目が向けられていた。
「ワタシを使い走りにするつもりだな。……はぁ、まぁいいだろう。キミの考えは汲み取った」
彼女は手を振りほどき、バチバチと《雷電之王》を唸らせる。
「あぁ、それからデリータよ」
「うん?」
磁場を利用し、空中に浮かび上がったクレブは背中越しに、
「さっきキミが見たアレは見せパンじゃないぞ。正真正銘ワタシの下着だ。良かったな」
そう言い残したクレブは文字通り電光石火のごとく空へと駆けて行った。
……なんの報告だったんだ? ていうか良かったってなんだよ。




