第32-4話 vs.ディオスなんだが? ④
ディオスが目を剥いた。
「その程度……? その程度だとデリータァ‼」
乱暴に放たれる魔法。
あれだけハデな使い方をしたというのに、ディオスはまだ止まらない。
襲来する殺戮の異能を俺は《消去》で打ち消す。
「テメェに何がわかる! どんな期待をも簡単に越えられるテメェに! 屈辱も挫折も味わったことのないテメェなんぞに!」
大雨を縫うように弧を描く光の矢。
その先端は一目散へ俺の頭上へ降りかかってくる。
「んなもん知るかよ、知りたくもねーよ」
静かに言い捨てて《消去》する。光は雨雲に連れ去られる。
されどディオスは止まらない。狂ったように魔法を展開しつづける。
「積み重ねても積み重ねても手に入らないモンがある奴の苦しみはわからねぇだろ!」
「わからなかったらなんだ?」
消しながら答える。
ディオスはいっそうの憎しみをその目に浮かべながら叫んだ。
「て、テんメェ……! どこまで俺を侮辱すりゃ気が済――‼」
「こっちのセリフだディオス‼」
俺はその叫び声をさえぎった。
ディオスが大きく目を見開く。
ざぁざぁと降りつける大雨の音だけが耳を叩いていた。
「お前は……お前はどこまで人を傷つけりゃ気が済むんだ?」
喉の奥からするりと出てきた純粋な疑問だった。
「期待以上の成果を出せないなら、欲しいモノが手に入らないなら人を傷つけていいのか? なんの罪もない人々に危害を加えていい理由になんのか? ならねぇだろ!」
言ってしまえば――そう、ディオスの怒りは八つ当たりだ。
周囲からの期待を越えられないもどかしさ。
自分さえ自分を信じられない屈辱。
さぞ自尊心は傷ついただろう。自信もなくしただろう。
そういったものに精神を汚染されたゆえに、ディオスは人々を傷付けたのだと思う。
……許されるはずがない。
完結できない感情の処理を、他者に押しつけていいはずがない。
それが誰かを傷つけていい免罪符になるはずがない。
なっていいはずがない‼
「お前の言ってることを否定するつもりはない。期待に応えられないのは辛いことだし、努力が報われないと不安になる。俺にだってわかる」
「テメェにわかるはずがねぇだろ!」
「誰がパーティーを追放した」
「……っ」
「今となっちゃ些細なことだが、何も思わなかった訳じゃない。アモネやシャーロットを助けられなかった時にも、お前と同じようなことを考えたし悩んだりもした。心底腹が立ったよ……自分にな」
暴漢たちに襲撃されたキャリーたちに遭遇した時。
仮面に拘束されてぐったりとしたシャーロットを目にした時。
傷だらけになったアモネを前にした時。
震えるほど腹が立った。舌を噛みちぎりそうなくらい歯をくいしばった。
「助ける、救う、傷つけさせない……口では偉そうにそう言うが、結果だけを見れば俺はなにもできてねぇ。失望を通り越して笑いそうになった。だから腹が立った。ディオス、お前も同じじゃないのか?」
人ひとりを助けられないもどかしさに、
無力を思い知るたびに、
また守れなかったと拳をにぎるたびに、
「結局のところ、俺たちは――――他でもない自分に絶望してんだよ」
いまだからわかる。
もしかすると、俺だって一歩間違えていれば、ディオスのようになっていたかもしれない。
当て外れな力を求め、強さを勘違いし、誰かを傷つけることでしか憂さ晴らしをできないような、そんな人間になっていたかもしれない。
そういう意味では俺もディオスと同じ穴の狢なのだろう。
「それでも……それでも俺はシャーロットを諦めたくなかった。アモネに笑っていてほしいと本気で思った。アイツらが悲しい顔の作り方を忘れるくらい幸せな日々が来ることを本気で願ってる。だから今、ここに立ってんだ」
今度こそ、守るために。
大事な人たちを傷つけさせないように。
……そう思える仲間がいてくれたことが、俺が一歩を間違わなかった理由なんだと思う。
「ディオス、お前が求めてんのは強さじゃない。絶望からの逃げ道だ。お前はそのために人を傷つけることを選んだ。俺たちに地獄を見せることを選択した。……だから言ったんだよ。絶望から逃れたい程度のことでアイツらを傷付けたのか、ってな」
改めて言葉にすると血管がぶち切れるくらい腹が立った。
コイツが辛い現実から逃れるための手段としてアモネたちが利用されたと思うと、もう俺も黙っていられそうになかった。
そして……我慢の限界を迎えていたのは、ディオスも同じだったらしい。
「う……」と声を漏らし、頭を抱えたかと思うと次の瞬間、
「うがぁぁぁぁああああッ‼」
ディオスは発狂にも劣らない絶叫をまき散らす。
誘発されるように顕現する魔法陣。
雨粒すらも吹き飛ばし、ややもすると曇天すらも穿たんとする彩りたち。
ディオスは全魔力をこめたような魔法へ号令をかけると共に、
爆発するように地面を蹴り上げた。
迫る。
ディオスと数多の魔法たちがいっせいに俺に迫る。
「お前の気持ちはわかったぜ、ディオス。だが――」
期待に応えられない自分に失望した。
強くなってもその頂には登れない自分に絶望した。
だから人を傷つけた。
「お前のやってきたことを許すつもりはねぇ」
「うるせぇうるせぇうるせぇ! 俺は強ェ! 強くならなきゃいけねェんだ! こんなとこでテメェに負ける訳にはいかねェんだよデリータァ‼」
さらに打ち放たれる魔法の数々。《支配剣》を応用したのか、ディオスが地面を蹴りつけると爆発する泥や瓦礫。
もう、終わらせよう。
「――ッ⁉」
死に物狂いで放たれた魔法たちは、俺の《消去》が一瞬で虚空に溶かしてしまう。
圧倒。
ディオスは衝撃に足を止めていた。《ダメージ吸収》がここまでとは思っていなかったのだろう。
ディオスはほろほろと崩れゆく魔法の残光を睨むと、
「クソッ……! テメェ何しやがったデリータッ‼ ……なっ……!」
叫び、再び言葉を失った。
なぜならその瞬間で、あたり一帯に横たわっていたギルドの残骸が姿を消したからだ。
そして《消えた》ばかりの残骸は、ディオスの上空に現れる。
空を仰ぐディオス。
その顔に浮かぶはまさに絶望。
間もなく、瓦礫の山が奴に落下し始めた。
驚愕に動けないディオスへ俺は走り出す。
《消し》続けた魔法へ《消去》を重ねる。
打ち放たれる幾多の魔法。それらが狙うは落ちる残骸。
瓦礫はディオスの頭上で爆散する。
大量の砂煙が巻き起こった。野次馬たちの影も姿も煙に消える。
「クソ野郎、デリータテメェ、卑怯だぞ!」
耳を叩く怒号を無視して俺は煙の中へ飛び込んで、
視界をジャマする煙を《消去》し一気にディオスの懐にすべりこむ。
「強さってのは力だけを言うんじゃない」
アモネ、シャーロット、こいつに傷つけられたすべての人間の想いを込めて。
一歩違えば同じ運命を辿っていたかもしれない相手への願いを込めて。
俺は拳をにぎる。
「転んでも躓いても起き上がる。忘れても忘れても思い出す」
もしそういうものが、消されても胸にくすぶり続けるような望みがコイツにあるとするなら……それは希望だと思う。
「――そういう強さだってあんじゃねぇのか?」
全体重を乗せた渾身の拳をディオスの顔面に叩きつける。
同時に《存在消去》も行使した。
コイツの中から絶望の炎は消える。もう生まれることもないだろう。
それでもなお、強さを求めるのなら――
俺は叩きつけた拳を振りきった。
ディオスは二度三度と転がると、そのまま気絶した。
降りしきる雨が俺たちを打ちつける。
動かなくなったディオスを見て、俺の意識もついに暗転した。




