第32-2話 vs.ディオスなんだが? ②
ディオスはためらいもせずに剣を振るった。
もっとも、ためらう理由もアイツにはなかった。
《支配剣》はまだまだ進化を続けているらしく、初めは一本しか現れなかった斬撃も、いまや一振りで三本の衝撃波が空気を引き裂くほど。
幸運にも、俺はまだ奴のスキルの餌食にはなっていない。
ランダムに襲ってくる剣技を、なんとか対応しながら難を逃れている。
「お前さえいなければ……お前さえいなければ……!」
俺に接近しながらディオスはこんなことを口にしていた。
剣を躱し、時に斬撃を《消去》しながら俺は考える。
――はて。
俺さえいなければなんなのか。こんなふうに刃を交えることはなかった、などとは言うまい。
さっきからずっと気になっていたことがあった。
全体ディオスはどうしてここまで怒っているのか、ということだ。
たとえば、ディオスが無能な俺を死ぬほど嫌っているから、俺さえいなければこんな不快な気持ちにならなくて済んだ! とかなら……まぁわかる。暴論だが理解はできる。
他にもモンスターの味方をした裏切り者だから許せない、つまりコイツ自身の正義に基づく怒りでも理解はたやすい。
だが、ディオスが俺やアモネやシャーロットに向ける感情はそのどれでもないような気がする。
単に俺を嫌っているだけで、ここまでの殺意を抱くだろうか? パーティーで役に立たなかったことが、コイツにそこまで強い気持ちを生み出させたのだろうか?
己が正義にしたがって判断した結果、俺たちに地獄を見せるつもりだったのなら、俺をパーティーに勧誘したアレはなんだったんだ?
こう、すべてが、ちぐはぐだ。
パズルのピースをぶちまけた直後のような不規則さが俺の中にずっと違和感を残している。
「ッ! ……クソがッ!」
《消去》がディオスの剣に命中した。
既に刃こぼれしかけていたそれは虚空に消える――
も、ディオスはすぐに別の剣を拾い上げ、間合いに飛び込んできた。……冒険者連中、突風に耐えるために剣使ったのはいいけど置いていきすぎだろ!
振りかぶった剣は斜めの軌道を描く。
一歩退く。今度は刺突が飛んでくる。
すでに不安定になっている足場を俺は《消去》し、ディオスの脚をとろうとした。
が、ジャンプして躱される。「同じ手が通用すると思うなよデリータ‼」
そのまま魔法を展開。色彩豊かな円からは多くの魔法が打ち出された。
三六〇度から飛来する魔法に対処しながら、俺は魔法陣を一つ一つ消していく。
そんな俺の意識の間を縫うように、ディオスの剣は、衝撃波は迫る。
消した。
だが衝撃波だけ。振り下ろされようとする剣には手が回らなかった。
仕方ないだろう、目は二つあってもバラバラに動かすなんてのは難しいからな。
ディオスは口を三日月にして嗤う。
「終わりだ、死ね‼」
終わってたまるか。
ふっ、と視界が動く。ディオスの背後よりもさらに奥へ移動した俺は奴と同じように剣を拾い上げた。
険しく歪むディオスの表情。すぐに斬撃が打ち放たれるがそちらは《消去》し、二発目が放たれるよりも先に俺は、
「あいにく、死ねない理由しか残ってねーんだよ俺には!」
一気に距離をつめて、ディオスに斬りかかった。
金属の打ち合う音がひびきわたる。鍔迫りあう剣の奥でディオスが奥歯を噛みしめている。
火花が散った。
「――!」
「――ッ!」
言葉もなく。
俺たちの剣は何度も何度も衝突しあう。
これまで蓄積された黒いものを削りあっていくように。
動きでは見えないなにかを相手に思い知らせるように。
激突が生みだす衝撃は俺が思っているよりも強かったらしい。
初めはパラパラと砂ぼこりが舞っているくらいだったが、とうとう、
ゴシャ‼ とギルドそのものが崩れてきたのだ。
俺もディオスも当然、生き埋めになる。
しかし問題はない。
わずかな間を置いた直後、二人とも再び剣を握ってぶつかっていた。俺は《消去》、ディオスは《支配剣》で瓦礫の山などどうにでもできたからだ。
全身を濡らす強い雨。柄を握る手に水気を感じる。それでもぶつかる。ひたすらディオスと削りあう。
ギルド近辺には群衆が集まり始めていた。どうでもよかった。野次馬など眼中になく、俺たちは俺たちの間でしか交わせない言葉をぶつけあっている。
弾きあう金属の音が耳を叩く。
その音は全身を駆け回る。
指先まで、足先まで、まるで血液が循環するように届いていく。
雨に降られ、ギルドの残骸に囲われた剣戟が続き、
――ふと。
俺は胸の奥に強い悲しみの音を聞いたような気がした。
狂猛な剣に込められたなにか。
深くて暗い、まるで海の底に沈んだままのようななにか。
……なるほど、そうか。
これはディオスの感情、なのかもしれない。
俺はそう感じた。




