第31話 直接対決なんだが?
ディオスの顔を見た瞬間、押し殺していた感情が爆発した。
コイツがキャリーを、アモネを、シャーロットを……!
「ディオスッッ‼」
敵へ飛びかかる。爆発するように跳ねた体はあっという間に奴の間合いに潜りこんだ。
《消去》でぶちのめしてもいい。ただそれではこの怒りが伝わらない気がした。
だから殴る。奴を殴らなければ気が済まない。
「テメェは素人冒険者かよ!」
距離を取るように拳を避けたディオスはすぐさま氷魔法を使った。
左右から先の尖った氷柱がはさみこんでくる。――ありがたい。
《消去》する。氷柱がパッと消えた。
「ちゃんと《ダメージ吸収》できるかなァ?」
魔法に気を取られていた俺の頭上へディオスの剣が迫っていた。
にたりと嗤うディオス。まるでお前など相手にならないと言われている気分だ。
それはこっちの台詞なんだよな。
ディオスは剣を最後まで振り切った。もちろん俺に出血はない。刀身を《消去》しておいたからだ。
「お前こそどこに目付けてんだよ? 刃のないギロチンで処刑はできねぇぞ!」
目論見が外れ一瞬の隙ができた敵の懐へ飛びこむ。――まずは殴打一発目。
よろけた所へ、俺は先ほど消した氷柱に《消去》を重ねる。ディオスの頭上から二つの柱が落下する。
「ちっ……!」
ディオスはかろうじてそれを横に回避。転がりながら消えた剣の柄をこちらへ投じてきた。
眼前に襲いくる飛来物。もちろん無言で消し去る。
「テメェはどこまでも俺の邪魔をしてーみてぇだなァ‼」
ゴッ‼ と火炎が吹き荒れる。魔法の展開、恐るべき速さだ。敵ながらこの点のみは奴の素晴らしい所だと思う。まぁだからといって苦戦もしないが。
噴射された火炎へ《消去》を行う。これで二発目を――と思って駆け出そうとするも、ディオスの手元から数多の火炎球が繰り出された。なるほど、さっきの火炎放射とはまた別の魔法らしい。
どうせ消しておしまいだ、と思ったのは俺の油断だったと思う。
なんとディオスは火炎球を打ち続けながら、別の魔法も展開していたらしく――
「デリータ、後ろに気を付けろ!」
「⁉」
なぜかギルドにいるクレブが叫んだが、振り返った直後。
俺は背中に鋭い痛みを覚えた。光の矢が数本突き刺さっている。
あわてて《消去》する。矢は消えたが筋肉が抉られたような痛みが尾を引いていた。
俺が矢を消すまで、時間にしてわずか三秒。
たったそれだけの間でも、奴にぬかりはなかった。
「外野のカスどもが口出ししてんじゃねぇぞ‼」
鬱憤を撒き散らすように放たれたのは風の魔法。吹き荒れる暴風がクレブ率いる冒険者集団を襲撃したのだ。
《消去》するにはあまりにも遅い。……クソ野郎、また無関係な人間たちを攻撃しやがって。
「お前はどれだけの人を傷付けたら気が済むんだ!」
消した刀身に《消去》を重ね、取り出し、それを投げつける。
剣と呼ぶには歪な刃は――ディオスの頬をこすり、壁に追突して落下した。
かしゃんかしゃん、と音高く鳴った刀身。それが激突の合図となった。
ディオスは走り出してすぐ、傍に落ちていた誰かの剣を拾い上げ、華麗に抜刀する。
「相変わらず偉そうな口の利き方だなデリータ!」
閃く剣筋。鋼の軌道。
ディオスの作る剣の舞は、俺が出会ってきた誰のものよりも洗練されていた。
ひたすら回避。回避。回避。
さっきから《消去》を試みているが、あまりの速度に狙いがうまく定められない。《消去》は一見万能なスキルだが、射程範囲も照準もちゃんとある。ゆえに今のディオスのような相手だと中々難儀する。
「お前さえ死ねばすべてが丸く収まるッ‼」
腸を引き裂く大きな一振り。俺が死んだところで何が変わるんだと思いながら後ろへ下がる。
そこへ魔法の合わせ技。ぐるぐると回る円環から光の槍が一挙に放たれた。
射程範囲により《消去》を行うが、すぐに頭上から灼熱の光が降り注いでくる。《消去》。
まだ終わらない。さらに背後ではディオスの剣技が踊り、四方八方には必殺の意思をひしひしと感じる魔法陣が無数に待機している。
なんとか凌げているが……キリがない。それにいつ足を滑らせるかもわからないのが正直な所。ゆえに、
「いい加減にしろ!」
俺は全ての魔法陣を一括で消し去った。すぐに消去を重ね、それらすべてを――一斉にディオスへ差し向けた。
打ち放たれる火炎や氷塊、槍やレーザーに鏃。
俺を殺すために生まれてきた魔法たちが牙を剥き、容赦なくディオスを襲撃する。
「テメェは忘れたのか、俺の《支配剣》を!」
なんと。ディオスは魔法を避けるどころか寧ろ立ち向かうように剣を構え、
それらを斬り刻み始めたのだ。魔法を斬る、なんてアリなのか。
だが絶好の機会。
破壊されていく魔法の残骸を身代わりにし、俺はディオスとの距離を少し長めに《消去》して。
ふっ、と視界が移動した。背後には――夢中で魔法を斬るディオスがいた。
「⁉」
俺に気が付いたディオスは振り向きざまに剣を薙ぐ。
しゃがんで躱し、アッパー気味に拳を突き刺した。――これで殴打二発目。
よろけたディオスの背中には――そう、放ったばかりの魔法が待っている。集中砲火だ。
「……ッ‼」
数多の魔法をよろけた一身に受ける奴の顔が痛みに歪んでいる。
俺は容赦しない。キャリーのぶん、シャーロットのぶん、最後に、
「うおおおおおらぁ‼」
――アモネのぶんだ。ディオスは盛大に吹き飛び、激しく転倒した。
「クソ……クソ野郎が……ッ!」
ふらふらとよろけながら、口元からの流血に手を添えてディオスは立ち上がる。
「クソ野郎はお前だディオス! 関係ないやつらを巻き込んで何がしたいんだよ⁉」
「うるせぇ偉そうに説教しようとしてんじゃねーぞ裏切りモンがァ‼ ――おいそこの虫けらども‼」
どういう意図か、ディオスは突然クレブ達の方へ大声を張り上げた。
そしてゆっくりと俺を指差し、
「ここだ……ここに裏切り者がいんぞ……! 人を裏切ってモンスター側に寝返ったゴミが……! お前ら忘れてないだろうなァ⁉ 俺たちは人間だ! モンスターを殲滅して、世界に平和をもたらすために冒険者をやってんだろ⁉ ならわかるよな、コイツをどうすんのか!」
意図は不明だが魂の叫び、なのだろう。
正義を宿したディオスの咆哮に――――しかし、反応する者は誰一人としていなかった。
……あれ、なんでだろ? つい二日前まで完全に孤立してたのは俺の方だった気がするんだが……まぁいいか。
「これが答えだろ。お前がやってきたことはここにいる全員に見放されても仕方ないくらい理不尽で許されないことなんだよ」
「ふ……ふざけやがって! ……いいぜ、テメェらがそう来るんならここにいる連中全員皆殺しだァ……! 俺の本気の《支配剣》で、テメェらの頭から爪までバラバラに刻んで――」
まさに狂気。
あまりに満ち足りた悪意とそれを平然と飼い慣らす男に、俺は嫌な汗が吹き出しそうになる。肩に力が入り、自然に息が詰まる……それほどにおぞましい狂気がディオスから溢れ出していた――のだが。
「あの」
……その狂気をものともしないのか、一人の冒険者が突然に挙手をした。スライムを庇った俺たちのことをギルドに告げ口した男の片割れだった。
「俺この前見たんだけどさ、ディオスたちのパーティー、スライム相手にかなり手こずってなかったか? スライムに手こずる奴が皆殺しって……なんていうか、非現実的じゃないか?(笑)」
剣を構えるディオスの手が、止まった。言葉も失ったらしかった。
その沈黙が妙な真実味を醸し出しているようで、直後。
誰かが「ぷっ」と吹きだしたのを皮切りに、臨時ギルドにどっと唸るような爆笑がまき起こった。
震えている。鬼の形相をしたディオスがぷるぷると震えている。……アイツなんてこと言ってくれてんだ。絶対この後面倒くさくなるやつじゃねぇか。
クレブは笑いこそしていなかったが、
「スライムに負けるのは赤ん坊くらいだと思っていたが」
「弱い犬ほどよく吼えるを体現されたのでしょう。反面教師としては満点ですね」
エレルーナも平気でそういうことを言う。誰が後処理をすると思っているのだろうと俺は閉口した。
あれだけ威張り散らしていたディオスがスライム一匹にも勝てなかった。それだけでも屈辱的な暴露なのに、神経を逆撫でするようなことを言えば当然、
「うるせぇ!」
瞬間、ディオスが剣を床にたたきつける。タイルが爆発したように飛散した。
《消去》で被害を無に帰す。
「決めた、テメェら絶対ェ殺す。おいテュア、アリアン! 俺に強化魔法をかけろ!」
注目される二人の少女。
彼女たちはリーダーの命令に従う……ことはなく、代わりに俺に目配せをするだけだった。
ディオスが驚愕に目を剥く。口をぱくぱくさせていた。
俺は言った。
「テュアとアリアンはもうお前のことを見限ってるよ」
「なん……だと⁉ おいどういうことだテメーら! 俺に許して欲しいって謝罪してきたろ!」
「俺がやらせたんだ。『ローヴェニカに俺たちの悪評を広めるためにも、ディオスに協力してくれ』ってな」
「……!」
ディオスは今にも発狂しそうだった。歯軋りで何とか耐えている様子にも見える。
審判を下すように、俺は言い放つ。
「もう諦めろ、ディオス。お前じゃ俺には勝てない。絶対にな」
我慢の限界を迎えたらしい。ディオスは絶叫した。
「デ――デリィィィィィィタァァァァ‼」
剣をかかげて、血眼になって。
敵はこちらへ突進する。




