第30-2話 割れた勢力 ☆
ディオスは突如現れた謎の女二人を交互に見やる。
服装からして研究者のようだが……支配した空間に横槍を入れられたことが彼は何よりも気に食わなかった。
「……どこの誰だか知らねぇが戯言はほどほどにしておけ。俺を怒らせるな」
「戯言ではない。ワタシはこれでも名の知れた研究者……だと自分では思っていたのだが」紫髪をおさげにした下着の女がぐるりと見回して、「反応を見る限りそうでもなさそうだ。エレルーナ、実際はどうだろう」
すると隣の黒髪ロングヘアを垂らす丸眼鏡の女は――なぜか頭にはツノ、腰からは尻尾が垂れているが恐らく飾り物だろう。こんな露骨に特徴を見せる魔物はいるまい――スラスラと口にする。
「私たちに過剰に反応した人物は一人でした。彼をカウントすると、この場に限って言えば先生の認知度は3%ほどでしょうか。これではただの露出狂同然です」
「ぬぅ。奇抜な服装による認知度の向上は期待できないか。いやいい、他の施策も追々試すとしよう」
ペラペラと話す二人にディオスはなお以て不快を感じた。
突然現れて空気を乱し、勝手に喋り続けられては彼も困る。これではせっかく強く効いている《支配剣》の効果が薄れてしまうかもしれない。それを考えるとディオスはやはり彼女たちの口を封じなければと思った。
「おい、さっきから何喋ってや――」
「いやそんなことはどうでもいい。ワタシはゲンゴクの招集を受けてやってきたのだが姿が見えないな。ヤツはどこだ?」
当然のように遮ってくるおさげの女。ディオスは無下にされたような気分で、ついに言葉も出なくなってしまった。
するとある一人の冒険者が声を上げた。
「ゲ、ゲンゴクさんならギルド周辺で避難誘導などの指揮を執られているかと思います……! そ、それよりクレブさん」
名前を呼ばれた下着の女は、顎を突き出してドヤ顔になる。
「キミだったか、ワタシを知っている崇高で気高く高潔な冒険者くんは。なんだね?」
「さ、さっきのお話、もう少し詳しく聞かせていただけませんか? ちょうどその話で人が斬られて――」
瞬間、ディオスは握りしめた剣を構え、その冒険者の間合いに大きく踏み込んだ。
もう彼は黙っていられなかった。支配した空間にこれ以上の不純物はいらない。
「おいコラ余計なことくっちゃべってんじゃ――⁉」
冒険者の首筋を狙って振るわれた剣は、しかし。
「何をなさるおつもりで?」
黒髪の女に一瞬で封じられた。しかも足のつま先のみで。
ディオスは息を詰める。早すぎる動きは肉眼で捉えられず、護身の一足は正確無比に冒険者を救っている。彼は唾を飲んだ。声に出さなくとも、確認を取らずとも理解してしまう。
(この女……強すぎる……!)
ひやりとする背筋に追い打ちをかけるよう女は呟いた。
「剣を仕舞われては?」
「ッ…………!」
彼はそうせざるを得なかった。冒険者たちがどよめく。ディオスが他人の命令に従ったことが、つまり自分たちの認めた支配者が第三者に屈したことが、彼らにとっては意外であった。
その吃驚が、冒険者たちの思考を自立させてしまう。ディオスも当然、そのことに気が付いた。
(クソ、面倒だな……もう一度《支配剣》で精神支配するにしても、どのみち女をここから排除しなきゃなんねぇ……)
だが痛感した力量差ではそれが叶わない。つまるところ、いまのディオスにできることはクレブたちがいち早くここを去るよう祈ることだけであった。
騒動の中、クレブと呼ばれた女は淡々と説明を開始した。
「端的に言うと、モンスターの体内構造はヒトと酷似しているのだよ」
衝撃の事実だったのは、響くどよめきの大きさで理解できた。なんならディオス自身も耳を疑った。
「そんなことがありえるの⁉」
「じゃあモンスターは本当に人間だった……ってことか⁉」
早とちりする者たちへクレブは釘を刺す。
「あくまでもモンスターの生体構造について研究を進めた結果わかった特徴の一つ、程度の話だ。ヒトとモンスターを同一視できる結論でもない。ワタシの名も知らんバカで愚かでマヌケなキミたちに忠告してやるが、偏った情報だけを元に物事を判断するのはアホのやることだぞ」
「認知度が低いからといって八つ当たりはやめてください先生」
たかがその程度だ、とディオスは毒づいた。
彼は是が非でも認める訳にはいかなかった。たとえ人間とモンスターにそういう類似点があったとしても、それを受け入れるのは……最も憎むべきデリータに賛同することに等しいからだ。無能だと見下し雑魚だと断じてきた相手に同調するなど、ディオスのプライドが絶対に許さなかった。
しかし、それは彼の内側だけの話である――そう肺腑にしみたのは、
「でもそれってやっぱり……」
「つまりは……」
《支配剣》から独立し、冷静な頭を取り戻した冒険者たちがまごついている光景が飛び込んできたせいだった。
彼らは話し合っている。何が正しそうで、何が間違っていそうか。どの情報に偏りがあって、逆にどの情報は公平性を持っていそうなのか。
ディオスには、騒めきが鬱陶しかった。連中が自由に会話を交わし、新しい正義を見つけ出そうとしているように見えたからだ。優越感を失った代わりに焦慮が生まれていた。同じ敵を打倒すべく共鳴していたあの時間が夢のように思われた。
自分ただ一人だけが絶対の支配者として君臨していた時空間は、もう、ここには――
「おいテメェら! こんな訳のわかんねー女の言うことなんか真に受けてんじゃねぇぞ!」
――諦めることなど出来なかった。
ディオスは声を張り上げる。もう一度上に立てるように。強大な権力を手にできるように。
「そんな話はデタラメだ! コイツらが適当に作ったウソに決まってる!」
「何のためにワタシがウソをつく必要がある」
クレブの濁りのない指摘。ディオスはすぐに言い返した。
「そ、それは……そうだ! コイツらもデリータの仲間なんだ! モンスターに肩入れしている裏切り者の一派だ、そうに違いねぇ! だから騙されるなよテメェら! 俺たちは冒険者だ! 腐ってもデリータやコイツらみてぇに悪魔に魂を渡すことなんざ――‼」
彼の主張は驚愕で途切れた。言い終えるよりも先に、冒険者たちはぞろぞろと移動し、ディオスに対峙するべくクレブの背後を陣取っていたからだ。
テュアとアリアン以外のすべての冒険者は皆、研究者たちの後ろで彼をじっと見つめていた。
「……妄言は終わったか?」
実質的に、クレブ派とディオス派ができあがっていた。勢力差は……言及するまでもなかった。
「お、お前ら……ッ‼ 誰に歯向かってんのかわかってんのか⁉」
「ディオス、悪いけどお前にゃもうついてけねーよ」
誰かが言った。また誰かが続く。
「乱暴だし上から目線だし! そもそもDランクのくせに威張り過ぎじゃない? アタシもDランクなんだけど」
「この話だってそうだ。下着のお姉さんは「下着のお姉さんではないクレブだ」「下着のお姉さんでもありますよ先生」冷静に話してるのに、ディオスはそれを誤魔化そうとしているように見える。もちろんすぐ信じられる訳じゃないけど……」
黒髪の女が総括する。
「『状況から察するにどうやらクレブも間違っていなさそうだ。であるならば無駄な殺生や破壊工作を行う正当性はないので、彼の下は離れよう』……そういうことですね?」
異論はでなかった。
三〇以上の顔が、目が、ディオスに注目していた。
不満を浮かべる者、訝しむ者、嫌悪感を隠そうともしない者……。
クレブたちが登場しただけで、彼の状況は一変してしまった。
あまりの変わりようにディオスはただただ啞然とするしかなく、ふと思うのである。
(……なぜだ、なぜこうも上手くいかない……?)




