第30-1話 ディオス派の決起 ☆
冒険者ギルド臨時本部。
予備施設とはいえ、かなり安っぽさを感じる木製扉をディオスは足で開けた。
(ウィズレットの野郎、次会ったら絶対ェぶちのめしてやる……ぁん?)
ぶり返していた不愉快に気を取られていたせいで彼は気づくのが遅くなったが、臨時ギルド内にいるディオス派の面々が訝しむような視線を向けてきている。ぐるりと視線を回すと、場にいる三〇人以上は皆同じような顔をしていた。
するとその中の一人、小太りの冒険者が驚愕に突き動かされたように開口した。
「お、おいディオス! 一体どういうことなんだ⁉ ギルドを爆破するなんて俺たちは聞いてなかったぞ⁉」
ディオスはバカかお前、と口にしたくなるのを抑えた。彼にとってこの場にいる冒険者たちは捨て駒と相違ない。デリータを徹底的に追及できればどうなってもいい程度の存在ゆえ、詳細まで話す必要性は皆無なのである。
小太りの男は沈黙するディオスに苛立ったように声を荒らげた。
「俺たちが集まったのは裏切り者のデリータに処分を下すためだ! それとギルドの破壊に何の関係がある⁉」
(うるせぇなこのデブ……)
彼は気だるそうに一番近くにあった丸椅子にどかっと腰かけ、
「必要だったからそうしただけだ。理解できねぇなら臭ぇ口閉じろ豚が」
「なんだと⁉」
「甘っちょろいんだよ、考えが。アイツは裏切り者だぞ? モンスターの味方してんだぞ? 俺ら冒険者の目的はモンスターの殲滅。それを邪魔するアイツを殺すために施設を一つ潰しただけ。この合理性がわっかんねーからいつまで経っても低ランクなんだよ、お前は」
もっとも、本当はスライム女とあわよくばデリータかアモネが爆発に巻き込まれたら儲けもの、くらいにしか彼は考えていなかったのだが。
室内へ視線を巡らせると、彼は爆弾設置のためにギルドに向かわせた連中の姿が見えないことに気がついた。
(そうか、まだ戻ってないのか。……早く帰ってこねぇかな)
ディオスはちょっと良い気持ちになっていた。デリータはわからないが、あのスライム女――一手も許さず彼を打ち負かした忌むべき彼女は確実に死んでいるだろう。その報告を聞けると思うと小太りの男などどうでもよくなっていた。
その時、がたん! と木製扉が開かれた。
「はぁ……はぁ……!」
肩で息をする男が顔を真っ青にしていた。服はズタボロ、靴は左しか履いておらず、ブロンドの前髪が血に染まっている。全員の意識が一挙に男へ集まった。
ディオスは冷めた目で見ていたが、冒険者の一人が慌てた様子で男に駆け寄り、
「お、おい! お前どうしたんだそのケガ⁉ 爆破に巻き込まれたのか⁉」
「ち、違う……突然わけのわからない奴が現れて……仲間たちが、全員……殺された」
臨時本部に緊張が走った。冬の真夜中のようにしんとした空気が場を支配する。
誰も言葉を発しようとしないその中で――しかし、彼だけは違った。
「おい」
場に不釣り合いな強勢に、青い顔の男は目を丸めた。
「ってことはなんだ、つまりお前らはスライム女を始末できてるかどうかもわからねぇってことか?」
「それは……うがぅ⁉」
男は壁に吊るされたように浮いた。彼の首にはディオスの指が食い込んでいる。
「何のために人員割いたと思ってんだ? 死体が爆散しても早く探せるようにしてんだぞオイ? なのに肉片どころか始末の確認すら取れてねぇってのか?」
手の中でもがく男を睨みながらディオスは考える。確実に殺せたはずのスライム女が生きている可能性。あの爆弾――ギルドもろとも吹き飛ばすような爆薬量で生きているとはつまり、
(デリータが救出に成功した……?)
考えたくないが、そういう可能性もでてきているのが現状だった。もちろん二人ともが目論見通り死んでいることもありえるが、『デリータもスライム女も生きている可能性』の存在感はディオスの余裕をかなり圧迫するものだった。
「ちっ、まぁいい。ちょうど良い機会だ、勘違いをしているお前たちに改めて教えてやる」
彼は男から手を放した。足元で咳きこむ男をよそに、彼は冒険者たちへ言い募った。
――裏切り者への悪意を煽るように。
「いいか、デリータたちは反逆者だ。冒険者くせに人間を裏切って、忌まわしいモンスターの味方をしてるクソ野郎なんだよ」
――完璧な対立を生み出すように。
「ギルドの上の連中は弱腰だ。懲罰委員会にかけると言っておきながら実績のある奴らを失うことを恐れている。金の成る木だからな、どうせ適当な理由をつけて処分の決定を遅らせるに決まってる」
――絶対的な恐怖で感情を支配するように。
「なら誰がアイツを止められる? 俺たち以外にいるか? いるなら教えてくれよ? ……破壊が嫌だとか仕留め損ねたとか……んな甘っちょろいことやってんじゃねぇぞ! 殺すか殺されるかだ! ――わかったな?」
不思議な力が作用したようだった。
あれだけディオスの行いに不満を抱いていた者たちが、彼の言葉に心打たれていたのだ。まるで神の宣託でも受けたように、あるいは圧倒的な支配者に踏み潰されるような錯覚に陥るように、彼らは精神の根っこの部分からディオスに屈していた。
「デリータを許すな!」「アイツを殺すぞ!」「仲間も皆殺しだ!」
口々に生まれる文言に、ディオスは口端を歪にゆがめた。《支配剣》のもう一つの力だった。
だが中には効き目が悪い者もいた。たとえばある男は、
「で、でもよぉディオス。いくら裏切り者だって言っても、さすがに殺すのはやりすぎじゃないか……? 俺たちがやるべきはデリータに永久国外追放の処分が下るよう活動することで――」
そういう奴には容赦をしないのがディオスだった。彼は近くの冒険者の剣を奪い取り、まるでロウソクの火を吹き消すようにその男を斬りつけた。
「だから甘いって言ってんだよ、ほんとに頭が弱ぇんだな。悪魔は魂半分でなんて済ませちゃくれねぇ。デリータは今後も勢力を拡大させてモンスター側に加勢していくはずだ。奪うか奪われるか。俺たち人間側がどちらに立つべきなのか……言わなくてもわかんだろ?」
臨時本部に鬨の声があがった。満場一致でデリータを敵視し、一方でディオス派の更なる発展と拡大を祈る狂騒だった。
愉快で彼の心は満たされていく。皆が自分の主張に賛同する、思想に共鳴する。
(くくく……イレギュラーなんぞどうだっていい。これだけの手駒がいればアイツらを殺す機会はいくらでも作れる)
ディオスに懲罰委員会の決定を待つつもりはない。なんならこれからすぐにでもデリータを始末しに行ってもいい――そう考えていると、ふと、周囲の様子を伺うような仕草を見せる女冒険者たちの姿を発見する。
(……ま、どこにいっても優柔不断な奴はいるからな。むしろ扱いやすいか)
要は自分で理解ができるよう手助けをしてやればいい。自ら答えに辿り着けば、その答えはいっそう意味のある強いものへ変わると彼は予期して、
「まだ迷ってる奴がいるみてぇだが、よく思い出してみろ。デリータはなんて言ってた? 根本からおかしいんだよ、『もしもモンスターが人間だったら』って。そんなことがあってたまるかって話だろ?」
優しく諭すように、アメとムチを使いこなすように、ディオスはアシストした、
つもりだった。
「そうとも言い切れないのが実情ではあるが、な」
突然だった。
支配者への忠誠を切り裂くような鋭い女の声がどこからともなく聞こえてきたかと思えば。
ズガン‼ と轟音を散らしながら、臨時本部の天井が崩れてくる。
空から登場したのは、白衣を着た二人の女だった。一人は下着がもろに見えていた。




