第6話 荷物持ち、有能なんだが?
ダンジョンに足を踏み入れた直後のこと。
階段を下っていく途中、俺は思わず足を止め、息を詰めてしまった。
「……!」
階下からカツカツと鳴る足音。闇が溶け、次第に露わになっていく人影。
俺が数時間前まで身を置いていたパーティのメンバー、ディオスたちだった。
ディオスも俺を認識したらしく、すれ違って間もなく背後から声をかけてきた。
「無能で役立たずのデリータじゃねぇか。お前がここに何の用だ?」
数段上からこちらを見下ろすように目を向けてくる。
まさか腕利きってディオスたちのことか……?
癪ではあるが――俺は彼を見上げて答える。
「……ディオスには関係ないことだ」
「気遣って話してやってんのがわからねぇのか。だからお前は無能なんだよ」
相当機嫌が悪いらしい。節々(ふしぶし)に込められた悪意を痛いほど体に感じる。
ああ、俺本当に追放されてるんだな。
正直なところ、内心どこかで他人事のように思ってたけど、こうして侮蔑軽蔑の視線をありありと向けられれば実感せずにはいられない。
まぁいい。もう俺は決めてるんだ。パーティのために動いても無価値になるような環境には身を置かない。俺は俺を大事にしてくれる人を大事にするだけだ。
黙っていると、ディオスはわざとらしく舌打ちをして、
「さっさと潜って死んじまえよな。そうすりゃギルドの空気も少しは美味くなる」
ダンジョンの入り口へ昇って行ってしまった。
しかしそこで声をあげたのがアモネ。もう耐えきれないといった様子で激情を声音に乗せた。
「ちょっとあなた、さっきから何なんなんですかっ⁉」
「いいんだ、アモネ。先へ進もう」
代わりに怒ってくれるのは嬉しかったが、ここで揉めても何も進まない。
睨み返してくるディオスを背に、俺たちはダンジョンへ潜っていく。
◇
なるべくモンスターと遭遇しないように、地下への道を進んでいく。
最初のうちはうまくことが運ぶも、段々とそれも簡単ではなくなってきた。
そうなったのは、ある通路を右折したその瞬間のこと。
ひゅんッ‼ と目線と同じ高さで矢が飛んできたのだ。トラップである。
「……デリータさん、矢が飛んできましたよ……?」
ガタガタと震えながらアモネが言う。
「気を付けないとな……」
口で言うのがいかに簡単なことか。俺たち三人はこの後に嫌でも知ることになる。
進めば火炎放射器や転がる大玉に襲われ、時に狂暴化したモンスターと戦闘し、仕掛けられた罠によって飛んでくる針や槍、矢などに対処する。
しばらくすれば慣れてくるだろう――なんて考えていたがこれも甘く、油断した俺たちを迎えいれるように途端に地面に穴が開いたりした。
「ぜ、全然進めません!」
その結果。ダンジョンに入ってから小一時間、ある地下階層より下にまったく進めなくなってしまったのだ。完全にドツボにハマっているのである。
なに、ダンジョンって人工物なの? それくらいうまく設定されてて進めないんですけど⁉
ちくしょう、こうなれば最終手段だ。
「よし、じゃあ俺が壁を消して進むから二人は俺の後に――」
「あ、ご主人。それは避けた方がブナンかもしれないです」
俺の最終兵器に対し、黙々と素材回収&マッピングをしていたキャリーが待ったをかけた。
「ど、どうしてだ……?」
「ダンジョンって結構、構造が複雑なんですよ。だから下手に床や壁を壊したりすると、一気に崩壊する可能性があるんです。ジブンは何度もダンジョンに潜っているので確かな話です」
「む……そうか。ならトラップそのものを消して進むか。うん、そうしよう」
壁の消去よりは時間かかりそうだが、まぁこっちでもなんとかなるだろう。
矢、消去! 火炎、消去! 迫りくる巨大泥団子――消去ッ!
俺のスキル、ダンジョン内トラップにハマりすぎだ。というかもしかすると、スキルはダンジョン攻略に特化した力なのかもしれん。本気でそう思う。
「キャリーちゃん、デリータさんのスキルすごすぎない……?」
「は、はい……ジブンもこんなにサクサクダンジョン進んでいく人、初めて見ました……」
逃げ回るような速度で猛然と突き進む俺の背後で、アモネとキャリーが話している。なんでちょっと引いてるのかわからないが。
やがて猛進する俺たちでも、足を止めざるを得ない状況がやってきた。
通路を塞ぐように佇むモンスターだ。
「がるるるぅ!」
オオカミの胴体にヒトの頭蓋骨をつけたケモノ(?)のモンスターである。鳴き声は完璧にオオカミ寄りだ。
俺が《消去》を駆使して倒すのは簡単だが……ちらり、と気持ち後ろを位置取るアモネを見てみる。特に怯えている様子などはなさそうだ。
「アモネ、戦ってみないか?」
「わたしにできるでしょうか……」
「大丈夫だ、自分を信じてみろ。それにスキルは使わなきゃ成長していかない。怖いかもしれないが……もしもの時は俺がいる。だから頑張ってみようぜ」
「アモネさん、ジブンも応援してます!」
ま、最悪の場合、俺が手助けするから大丈夫だろう。
声援を背に、アモネが一歩前へ躍り出る。
対峙するドクロオオカミとアモネ。衝突する彼女らの視線。空気に妙な緊張感が張り詰める。
先に動いたのはアモネだった。
スキルを準備した手で、ドクロオオカミへ掌底を突きだした。その動きを予測していたかのように壁に跳ねるモンスター。アモネは続けて攻撃をしかけるが、しかし敵にはヒットしない。
敵が不気味な頭蓋より黒い炎をまき散らしてきた。
さすがにこれは俺が消そう――。
と思ったが手出しは無用だったらしい。
「やぁっ!」
アモネ、まさかの素手で対抗。
いやいや絶対手焼けちまうだろ! と喉まで出かかった言葉は次の瞬間消えていた。
きぃぃん! と音高く何かが弾んだ。……なんとアモネが黒い炎をドクロオオカミへそのまま反射していたのだ。
えぇ、お前のスキルってシールドみたいなやつじゃなかったの?
「た、倒した……! 倒せましたよデリータさーんっ!」
むぐ。今度は正面からのハグか。しかし怖いな、かつてない弾力にも慣れてきている俺がいる。
俺は顔の距離数センチの近さにいるアモネに聞いてみた。
「なぁ、アモネのスキルって防御系じゃなかったのか? 最初見た時も片手剣弾いてたし、俺はてっきり《肉体硬化》みたいなスキルかなーって思ってたんだけど」
「んー、わたしは《即効性シールド》って聞いてますけど……確かになんで反射できたんでしょうね?」
お前もわかってないのかい。
まぁスキルは成長していくものだし、アモネのスキルも近く判明するだろう。
その時ふと、足元の方からカリカリ……と何かを削るような音が聞こえてきた。見やると、キャリーが尖った石を片手に地面に記号のようなものを書いている。
「キャリー、さっきから何書いてるんだ?」
「ここに来るまでの道順や所要時間、方角などを簡易記号化した暗号です! ダンジョンからスムーズに出られるようにする荷物持ちの仕事の一環ですよ!」
「へぇ……荷物持ちって色々やるんだなー……」
だからジブン、時間感覚とかも鋭いんですよ! とキャリーはその他のことも詳しく説明してくれる。
荷物持ち、有能。
俺たちはそれからも罠を消し、モンスターを倒し、ダンジョンの奥深くへ潜っていった。
そしてついに。
「デ、デリータさん、ここって……」
「あぁ、ダンジョン最深部だろうな」
三メートルはありそうな二枚扉がどん……! と設えられている。
「――じゃあ行こうか」
俺はドアをゆっくりと押し込んだ。