表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/96

第28-5話 vs.アモネ② ☆

 ディオスはバランスを崩した。そのすきのがさないのもまた、アモネという少女だった。

 倒れかかってくるディオスの重力に対し、アモネの《反射はんしゃ》が作用さようする。彼はからだがふわり、と浮いたような気がした――


 ほぼ同時、ディオスは全身に鈍い痛みを覚えた。背骨せぼねに亀裂が入り込むような衝撃しょうげきが脳天を突き上げる。《反射》が彼を建物の壁面へきめんへ叩きつけたのだ。


「がっ……‼」


 わずかに遅れて血の味を感ずるディオスの味覚。

 ほんの一瞬の油断が、あるいはアモネに見せた余裕が、この戦況を生み出した。もう手抜てぬかりはできないと本能が警鐘けいしょうを鳴らしていた。


 でなければ負ける。それだけは絶対にけねばならないとディオスはきしむ体を立て直しながら噛みしめる。


(さっさとっちまおう)


 息が荒い。でももう動かねばならない。追撃がきたら厄介やっかいだ。裏切り者の仲間に負けるなど冗談でもあっちゃいけない――そう思っていたディオスだが、直後それが杞憂きゆうだったとわかる。


 苦渋くじゅうに満ちた彼の顔に、狂笑きょうしょうが静かに浮かんできた。


 アモネが倒れた場所からまったく動かなかったのだ。小さな血だまりのうえに、使いふるされたボロ雑巾のように寝転がっているだけで、追撃の素振そぶりなどどこをどう探しても見当たらない。


 ぽつり、とディオスのほおに冷たい雫が落ちてきた。彼はゆっくりと曇天どんてんあおいだ。

 雨が降ってきた。一秒も待たず、それは本降ほんぶりへと加速していく。ディオスは祝福しゅくふくの雨だと思った。


 裏路地うらろじ容赦ようしゃなく濡らしていく大雨。体を叩きつける雨粒あまつぶが自分からマイナスな思考をのぞいていくように彼には感じられた。


「……、」


 冷静になった頭に反芻はんすうされるアモネの台詞せりふ。すると――遅まきながら激しい怒りが彼のうちに湧き上がってくる。


 デリータによく似た顔で。よく似たことをいた女。

 見下みくだすように、あわれなものにいつくしみを向けるように。

 思い出せば思い出すほど、ディオスの心は加速度的に熱をびていく。


「はぁ……はぁ……クソが、クソ女がァ!」


 どうすれば女に。どうすればデリータに。

 最大限の苦痛を与えられるだろうか。どれだけ時間を過ごしてもえそうもえそうもない傷を残せるだろうか――


「ははは、壊してやる……精神も肉体もボロボロのくさ雑巾ぞうきん以下の汚物おぶつに成り下がるまでぶちおかしてやる……!」


 これこそがデリータに苦痛をあたえ、調子に乗ったアモネを痛めつける、かつ自分も快楽を感じられる最善手さいぜんしゅだと彼は即断そくだんした。ただ殺すだけでは面白くもない。生きてその苦痛を半永久的に味わってこそ痛めつけ甲斐がいもあるというものだ。

 さいわい容姿についてはもうぶんない。むしろ性欲をそそられる良い女だった。


 ディオスは下半身の装備を雑に外し、ベルトに手をかけた。かろうじて意識は残っているものの、もはや抵抗する力はないアモネのまたを乱暴に引き寄せた、



 ――ところで、背筋におびただしい冷気れいきを彼は感じる。


「あァん?」


 ただの雨にしては冷たすぎる空気に、ディオスは首をひねる。

 と、裏路地を歩いてくる女の姿すがた視認しにんした。


「どうしてこうおとこという生き物は下半身でしか物事を考えられない人が多いのかしら?」

「ウィズレット……!」


 一介いっかいのギルド職員にすぎない女がなぜここに?

 その疑問は、しかしもなく解消された。


 ウィズレットは全身を存分ぞんぶんな冷気につつんでいた。特にその両手には、粘性ねんせいを持つ液体……あるいは気化きかすることも可能な『なぞこおり』が忌々(いまいま)しく待機している。つまり彼女は臨戦態勢りんせんたいせいだった。


(ちっ……いまさら俺をめにきたってことか……)


 デリータのがねか、それともゲンゴクの判断か。いずれにせよディオスは苛立いらだった。


「これは冒険者同士のケンカだ! 職員の分際ぶんざいクビんでんじゃねぇぞ!」


 その時、雨雲あまぐもの向こうで鈍く巨大な音がうなりをあげた。大砲たいほう着弾ちゃくだんしたような轟音ごうおんだった。

 ウィズレットは音のしたほうに、じ……と耳をかたむけたあと


「ええ、でもギルドを破壊したらそれは冒険者同士だけの争いではないわ」

証拠しょうこはねぇだろ」

「それはあなたも同じでしょう? あなたが闇商人やみしょうにんと手を組んでギルドに爆発物を仕掛けていないという証拠もない。違うかしら?」


 ディオスは彼女に聞こえないくらいの舌打したうちをした。


「……詭弁きべんだな。まるで詐欺師さぎしだ。誇り高きギルド職員がそんな理屈をまかり通らせてもいいんかよ?」


 ディオスはベルトを締めなおし、折れたけんにぎる。


(ウィズレットの力は未知数みちすうだが……まぁ所詮しょせんはギルド職員。折れた剣でも十分じゅうぶんすぎるアドバンテージをもらっているようなもんか……)


 彼は不敵ふてきな笑みを浮かべた。ウィズレットを戦闘不能にしたあかつきには彼女のこともおかしてやろうと考えていたからだ。

 殺すのはそのあと。情報をつかまれていようが死人しにんに口はない。


 そんな余裕を見せるディオスへ、ウィズレットは淡々と告げた。


「詐欺師だなんてひどいじゃない。私はただのギルド職員よ」

「そうだ。ここで俺と戦ってもお前に勝ち目はねぇ。今なら見逃してやってもいい、どうする?」

「そうねぇ……」


 言葉では乗り気だが、行動は真反対まはんたい

 ウィズレットは『謎の氷』を路地ろじへどろりとらした。


「でもナシね。ギルドの規則きそく云々(うんぬん)よりも、これは私個人として見逃せない」


 謎の氷が路地に到着したその時。

 あた一面いちめんがものの数秒で不透明ふとうめいな氷におおわれた。


 ディオスは後方こうほう退すさり回避するが、アモネの体はまもられるように氷につつまれる。


「ちっ……邪魔じゃましやがってクソ野郎」


 ウィズレットは氷の地面を闊歩かっぽしながら、


「あら、およごしね。私に勝ち目はないんじゃなかったかしら?」


 とん、とウィズレットが足先で地面を叩くたび、氷の地面からいくつものとげが現れた。

 それらが恐るべき速度でディオスへ向かってくる。

 彼は折れたつるぎで応戦した。さいわい《支配剣しはいけん》は氷に対して有効に働いているらしく、四方八方しほうはっぽうより襲撃しゅうげきしてくる氷の棘を処理できた。


 だがジリひんであることは彼も理解している。

 アモネから与えられたダメージが予想以上に大きく、けんるうたびに激痛が走るのだ。


(ちくしょう、長くはもたねぇか……!)


 思案しあんする彼の顔面がんめんへ、今度は飛び道具のように氷塊ひょうかいはなたれた。ひざってかわすが目の前には棘がせまって来ており、


「ああクソ‼」


 かろうじていだけんが氷を破壊すると同時、残り半分だった刀身とうしんも粉々に消えてしまった。


潮時しおどきね」


 審判しんぱんくだすようにウィズレットは呟いた。その瞬間、彼女の手元にあった『謎の氷』が大きく空間に広がった。雨粒あまつぶを巻き込みながら広がり、それはやがて彼女の背中につばさを作る。


 雨粒はいつしか粉雪こなゆきへと変わっていた。肌に触れる冷たさが段違だんちがいに変わっていた。


 圧巻あっかんの光景に言葉を失うと同時、ディオスの本能は最適解さいてきかいはじき出す。

 現状。体はダメージを負い、武器をうしない、まともに戦える状況ではない。


「あなたがしたこと、必ずつぐなわせるわ。とりあえず、まぁ……はいの一つくらいはもらいましょうか」


 ――逃げだ。

 ディオスは冷酷れいこくに呟いた女から目を離さず、辛うじて残った力で炎魔法を行使こうしし、背後はいごの道を可及的かきゅうてきすみやかに後退こうたいしていく。


 それをウィズレットは許さない。


「逃がさないわよ――《凍空いてぞら》」


 空気に触れるだけで血が凍りそうな悪寒おかんがディオスを襲う。逃げ遅れたら、間違いなく彼女の思い通りになってしまう。


 はためいた翼が吹き飛ばした無数の氷霧ひょうむ。呼吸をすれば体内たいないからやられることを直感したディオスは、残りカスのような魔力をフルパワーで顕現けんげんさせ、


「……今日は見逃してやる!」


 いのちからがらその場を逃げ出した。



 ギルドの爆発があったことで、ローヴェニカの住民には避難指示ひなんしじが出されていた。そこかしこでギルド職員や王国常備軍おうこくじょうびぐんとしての兵たちが避難誘導ひなんゆうどうのために声を張り上げている。


「避難はこちらです! ……そこのきみ! どうしたんだそのケガは⁉」

「……、」


 無視をして、曇天どんてんよりそそぐぐ雨を全身に受けながら、ディオスは考えていた。


(俺は……なぜ安心してるんだ?)


 なぜ戦いから逃走したにもかかわらず、怒りよりも安堵あんどが勝っている?


 ――答えは見つけずともすぐそこにあった。


 ディオスはこぶしにぎり、奥歯をみしめる。

 気のくるいそうなほどの不愉快ふゆかいだった。


 が、今の彼にはそれをなだめる算段さんだんがいくつかあった。


 一つはデリータたちを吊るし上げる下地したじが完成しかけていること。彼らの悪評あくひょうはローヴェニカ中に知れ渡っている頃合いだし、国民が彼らの追放あるいは処罰しょばつを望むのも時間の問題になってきている。これはテュアとアリアンがいいタイミングで謝ってきたのが大きかった。


 もう一つは、不完全であれ、デリータに苦痛を与えられたこと。アモネは意識不明の重体、シャーロットに関してはきっと肉片にくへん一つだって残らない。あわよくばデリータも巻き込まれてくれていたら満点だが……それよりも仲間の惨状さんじょうを目の当たりにした奴を、彼は一目ひとめでいいから見てみたいと思った。


 ディオスの強張こわばった表情はいくらやわらいでいた。


(すべて俺の思い通りにことはこんでいる……!)


 もちろん懲罰ちょうばつを待たず、みずから手をくだすことができれば汚名返上おめいへんじょう、ランクもCに戻してもらえるだろうが……今のディオスにとってはランクどうこうよりも、デリータを痛めつけることができれば、あのにくたらしい男に勝つことができればそれで良くなっていた。


 彼は自分に言い聞かせる。何も恐れることはない、すべては順調に進んでいる、と。

 そう思うだけで、いくらか気は楽になった。


 雨脚あまあしが強まる。ディオスは特に急ぐこともなく、緊急時に仮設かせつされる冒険者ギルド臨時本部りんじほんぶへ向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ