第28-4話 vs.アモネ① ☆
「うがっ……!」
ディオスは足元にくたばった冒険者を見下ろす。使えない奴だと唾を吐きたくなった。
それと同時に目の前の女――たしか名前はアモネといった――の実力を認めている自分もいた。
桃色の衣服に長い金髪を垂らす女の前には七人の冒険者が倒れていた。小さじ半分程度の恐ろしさと、それを遥かに凌駕する愉快が彼の心を満たしていく。つまるところ、ディオスは『敗北はありえないが戦闘を楽しめる相手』との勝負を水よりも欲する節があった。
「へー、意外にやるじゃねぇか。デリータとつるんでるくらいだから傷の舐め合いでもしてんだろうなと思ってたが……うん、悪くねぇと思うぜ」
彼は品定めをするように口にする。
容姿について言えば、ディオスはアモネを高く評価していた。女らしい長い髪の毛、凛とした佇まい、大きな胸と揉みしだきがいのある尻。テュアやアリアンを追い出した後に結成するパーティーに誘ってやってもいいとさえ思った。
ただ一点、こちらが悪者であるかのように確信している表情を除いて。
まるで汚物を見る目。ゴミ箱を漁る顔つき。正義は自分達にだけあると主張するように吊り上がった眉毛。
ディオスは爆発するように地面を蹴った。
「……その顔、イラつくぐらい似てるぜ、あのクソ野郎によぉ!」
抜刀し、スキル《支配剣》を引っさげて剣を構える。
一瞬とも言える時間の中でアモネの間合いに入った彼は左脚を強く踏み込み、そして銀剣を薙ぐように振るった。
狙うはアモネのくびれた腹。腸すべてを引きずり出すべく横に切り傷を刻んでやる勢いで。
切先が女の肌を引き裂く、寸前。
女の両手が刀身に触れる。
その瞬間、ディオスの剣は大きく弾き返された。まるで巨大な岩石を斬りつけた時のような衝撃が彼の両腕に伝わる。体ごと持っていかれそうな威力だった。
「あなたになんか負けません!」
女が叫ぶ。弾かれた剣に腕の自由を奪われたディオスは快も不快も顔に出さなかった。
いや、どちらかと言えば不快のほうが強かった。七人もの冒険者をばったばったと薙ぎ倒し、自分がそれなりに強いだろうと認めた女が一度攻撃を防いだくらいで吼えるような無能だとは思わなかったからだ。
その無能を認めた自分が不愉快で、しかしそれ以上に『ディオスにも勝てる』と思い込んでいるアモネの存在が癪で仕方がなかった。デリータを見ているみたいだとも思った。
「少しでもお前の実力を認めた俺がバカだった」
「え?」
痰を吐くように呟いた直後、ディオスはアモネに背中を向けるように体を回転させた。そのまま剣を逆手に持ち替え、踏ん張り、腰をひねり――最大限の遠心力を加味した一閃を左から薙ぎ払う。銀剣の煌めきは確実にアモネの腹部へ追撃を加えようと輝いた。
「集中力も持久力も極めて平凡。ザコそのものじゃねぇか」
彼の剣がアモネの腹部を横へ一閃した。
出血や切り傷には至らなかった。どうやらアモネがその一歩手前でスキルを発動したらしかったからだ。
だが《反射》は不完全だった。アモネにできたのは出血を防ぐことだけで、要するにディオスの繰り出した《支配剣》――先手かつ必中の初撃は、ありのままの威力で彼女に襲いかかる。
「きゃあああっ‼」
女が地面を盛大に転がった。裏路地に散らかったゴミ袋のようだった。
ディオスは肩を回しながらアモネに近づいて行く。
「さァて……お前はどうオモチャにしてやろうかなァ」
見下ろすと、女はじたばたしていた。なんとかこの場から逃げ出さなければ、生還しなければと顔に書いてあった。焦慮に駆られた女の瞳は妙にディオスの加虐心を煽った。
だから。
ディオスは剣を高く上げ、切先を下に垂らし、
そのまま女の左肩の付け根に突き刺した。
「 ‼」
声にならない絶叫が鼓膜を叩く。
圧倒的な支配感にディオスは高揚していた。逆らう者を徹底的に痛めつける感触、デリータのように歯向かってきた人間の末路を再現している気分は、彼にとって何物にも代えがたい快楽そのものだった。
嗤いながら、ディオスは問う。
「どォだ、筋肉を引き裂かれる感覚は」
女は痛みに悶えながらも、彼を睨みつけた。
「いい顔してんじゃねぇかァ……いいぜぇ、俺ァその顔が見たかったんだよ。ま、正確には仲間が嬲られてることを知った瞬間のデリータの面が見てぇんだけどな」
結論、彼の快楽の根源はそこにあった。
加虐心が煽られるのも、女の表情に苛立つのも、すべてはデリータに苦痛を与えることに繋がっていく。ディオスは嬉々として口にした。
「お前も仲間ならよく知ってるだろ? アイツは自分よりも自分の大事にしてるモンが傷付けられるのを嫌がんだ。だからお前っつー玩具? でも遠慮なく遊ばせてもらうぜ」
「……ふふ」
だがその時。
額に脂汗を滲ませた女が愉快そうに口を歪めたのだ。
その異質さにディオスは一度言葉に詰まる――が、怯みを隠すようにすぐに問い直す。
「あん? なにがおかしい」
「ディオスさん……でしたっけ? デリータさんのこと、良く知っているんですね」
女が右手で刃を掴んだ。真っ赤な血が刀身を伝って垂れ落ちていく。
「そうです。デリータさんはあなたの言うように、自分よりも他人を気遣っちゃうようなお人好しさんです」
「ホントバカだよな。他人の世話焼いて足元すくわれてるようじゃ目も当てられねぇ」
「けれどあなたではデリータさんに勝てない」
「なんだと?」
突然、女が剣を握る手にさらに力を込めた。もうディオスがそれを引っこ抜くことは到底できそうになかった。
ディオスとアモネの視線がぶつかり合っていた。
ただそれだけなのに。
じわじわ、と。ディオスは心がささくれだっていくのを感じていた。自分は何も間違ってはいない。誰よりもそう信じているのは自分であるはずなのに、アモネのまっすぐで余裕さえ映る瞳は、その自信に影を落とさせようとしている気がした。
「守るもの重さが違うんです、当たり前じゃないですか。自分だけが無事でいればいいのか、それとも守りたい人まで無事でいられるようにするのか……どちらが強くあれるかなんて考えるまでもありません。少なくとも自分本位でしか動けないあなたのような人では、一度生まれ変わったところでデリータさんの足元にも及ばない!」
アモネが声を荒らげたその瞬間、バギン‼ と甲高い音が鳴った。
彼女の左肩に突き立てられていた剣が真っ二つに折れて欠けたのだ。
(なっ……ウソだろ⁉)




