第28-3話 vs.仮面なんだが?②
……思いの外、力んでしまったのが原因かもしれない。触手はさることながら、天井まで完全に消えてなくなっていた。
ゆえに落下してくる木材、多数。木片、大量。
シャーロットの顔にもいくらか当たってしまっている。すまん。
その最中、しかし仮面は攻撃の手を緩めなかった。
もう一本の太い触手が目の前に、迫る。
……迫るからなんだ? 俺は一睨みで仮面の奇襲を失敗に終わらせた。
はぁはぁと肩で息をする敵に、俺は言った。
「おい、これは俺とお前の勝負だろ? ソイツを巻き込むのはルール違反だ」
ぐもも、と奴の背中で闇が泡を立てている。だが触手は出てこない。
これは……またとない好機だろう。
元より俺がここに来たのは奇天烈な仮面と刃を交えるためではない。ローヴェニカ中の悪意、ひいてはディオスの策略からアモネとシャーロットを守るために動いているのだから。
そしてそのために、と俺は仮面を見据えた。前屈みになって肩を上下させている。怒りに震えているのか疲れに嫌気がさしているのかはわからないが……俺はコイツを探していたんだ。アモネにバレないように宿を抜け出し、森の中を探し回り平原を走り回り、監視塔に昇るために王都中核部に侵入してきたんだ。
今しかない。
「……お前にどんな理由があって人間をモンスターにしたがってるのかはわからねぇ。話を聞く限りじゃ長い歴史の中で人間とのいざこざがあったようだが、俺には詳しいこともわからん。けど、だけど!」
俺は仮面へ歩み出した。
「命を慈しむ気持ちは俺もお前も変わらねぇだろ。そこにいるシャーロットだってそうだ。みんな今ある自分の命を、自分たちの平和を愛してんだ。そうだろ?」
一歩、また一歩と距離を詰めていく。
「俺はそれを守りたい。これ以上壊されるのも嫌なんだ。……俺は今、ある計画を実行しようとしている。これが上手くいけば――!」
そうして仮面の間合いに入るか入らないか、程度の位置で、
ドゴッ‼ と足場から大きな棘が出現した。飛び退るほうへと連続して突き上げてくる。どうやら触手を出せなかった訳ではないらしい。
結局元の位置まで押し戻される。けれど俺は言い募った。
「頼む、最後まで聞いてくれないか」
仮面は静かに口を開いた。
「だから人間は愚かなのだ。自分たちが常に上に立っていると信じてやまない。支配することばかりを考え、支配される可能性については念頭に置きもしない。……愚かだ」
床から生えた棘がモヤになり、やがて触手を形成する。
「命が大事。平和を愛する。ああ、反吐がでる。虫唾が走る! 人という生き物に対する軽蔑のすべてを散りばめたような男だな、貴様は。大事にしたい命のために他を否定するのは正義か? 愛する平和を守るためなら貴様らの眼中にない平和はゴミ同然か?」
「違う、そうじゃない! 俺の話を――!」
「聞くまでもない、耳が腐る」
仮面がそう吐き捨てた次の瞬間。
俺は自分の体が震えていることに気がついた。思わず両手に視線を落とすと小刻みに揺れている。そこに赤黒い光が射しこんできた。つられて顔を上げると、
「……!」
人間の赤子の姿をした何かがあった。仮面の背中から伸びる闇は腐ったトマトのように赤黒く、風が吹けば消えてしまいそうなほど不確かに伸びているが、その先にある赤子は鮮明な輪郭を映し出している。
おそらく魔法、なのだろう。だが重要なのは、この震えが本能的な意識からくるものだと俺自身が理解してしまっていることだ。強大な魔力がそうさせるのか、あるいは人の子を象った趣味の悪さのせいか。
何にしても――――アレはヤバい。
赤黒い光で作られた赤子は段々と大きくなり、ついには二メートルにも到達しそうだった。
反射的に抗う。《消去》を実行する。
が、追いつかない。消しても消しても赤子の拡大は止まらない。
血の色の光が網膜を刺激する。毒を塗りこまれたように全身へ寒気が伝わっていく。
やがて仮面は、刑を前にした罪人へ唾をかけるように言い捨てた。
「死して完治すれば良いのだがな、その頭も目も口も」
言葉の直後。
ギルドの地下室に大爆発が巻き起こった。




