第28-2話 vs.仮面なんだが?①
満足に動くことも叶わない医務室。
さらに言えばベッドで安静にするシャーロットをそばに置きながら。
その小さな空間にはおびただしい魔力が充満していた。
仮面は嗤う。六本の触手より放たれるは闇色の槍。俺の体を穴だらけにしたいのか、無数とも言える鋭利な魔法がさんざめく。
不気味に輝く数多の槍がいっせいに降ってきた。
……が、俺にとっては無害そのものだ。体全体を覆うような障壁を想像して一言、《消去》でそれらを圧倒する。槍は一本残らず、そして今もなお生み出され続けているものも含め、まるで初めから存在しなかったかのように消え去った。シャーロットに被弾がないことも横目で確認しておく。
その隙をついたように、今度は触手が荒々しくうねりはじめた。やがて六本あるそれはしなりをきかせて俺を叩きつけるべく打ち放たれる。
頭のてっぺんに真っすぐに落ちてくる闇の触手。後ろへ飛べば眼前、医務室のタイルは容赦なく叩き潰されていた。
ひょえー、当たったらひとたまりもないぞこれは、などと小さく口にしている俺へ追撃がくる。タテ、ヨコ、ナナメ、アッパー気味、突き……と仮面はバリエーションを凝らしながら触手を操っていた。
初めは避けていた。一本一本《消去》するのが面倒だというのもあるが、以前モンスター因子を注入されたキャリーと戦闘した時のことが頭に残っていたからだ。
下手に消せば、新たに触手が生まれる可能性がある。突然に、前触れもなく、だ。
無意識のシャーロットが同室する現状、それだけは避けたい。不意をつかれてシャーロットの小さく薄い唇へ触手が潜り込まないとも言えないからだ。その可能性を排するには、せめて俺の視野が捉えうる、あるいは認識できる範囲に触手をとどめておきたい。
「どうした? 《スキル》を使う体力も残っていないか、脆弱な人間よ」
嘲笑を含んだ口調で仮面が言った。消せるけど消さないんだよばーか、と心の中で言い返す。
触手の動きが加速した。グネグネと宙を這いずる闇は残像すら見せる勢いだ。まるで天井に黒幕が張り巡らされたように見えてくる。それほどまでに早い。
さすがにそろそろ《消去》していくか……?
振り回される触手を、まだ回避はできる。シャーロットの方へ攻撃をさせないという目標も達成できている。
しかしながら、じりじりと行動範囲が狭められているのが自分でもわかっていた。現に俺は先ほどから数歩しか後ろへ下がれていない。
背中にごつり、と何かが触れた。医務室の壁面だ。
その時、待っていたと言わんばかりに触手が襲いかかってくる。六つの先端が俺に向き、俺をまるごと壁の中に押し込むような刺突が繰り出されたのだ。
やむを得ない――《消去》。
突風を体で感じる。前髪がぶわりと風に吹かれた。六つの闇は虚空へ消えていった。
だが諦めの悪い仮面は、即座に体表の闇を自身の周囲へ枝状に展開し、枝先に数多の球を生成した。人の頭蓋骨ほどの大きさになった紫玉は、次の瞬間音もなく打ち出された。
俺は背後を確保するべく前に躍り出、得意のスキルを惜しげもなく発揮する。
魔力がふんだんに込められた球は、空気に同化するように消え去った。
奇天烈な仮面のモンスターは触手を用意しながら口にした。
「《消す》ことしか能がないか、これでは相手にもならんな」
言葉よりも先に行動で返した。《消去》を重ねて紫玉を一つ出現させ、それを高速で放った。
「本当にそうか?」
ぽきり、と。奇天烈な仮面の角の先端が折れた。破片がモンスターの目の前を落ちてゆく。
仮面はわずかに遅れて肩を震わせながら、
「……! 人間ごときがつけあがるなッ‼」
さらなる猛攻を開始した。
乱れ打つ触手。弾かれる魔弾と数多の槍。
しかし訳はない。避けつつ往なしつつ、俺はそれらをことごとくなかったことにしてやった。
「忌々しき《スキル》め! 貴様、一体どれほどまでにその力を極めたのだ!」
攻撃の手を緩めない仮面は苛立ち気味に言った。対処の手数が増える俺も声を強く張る。
「んなこと知るかってんだよ‼」
こちとら《ダメージ吸収》しまくってただけなんだっての!
ついでに《消去》重ねを実行。消した触手を出現させ、乱打する触手と相殺させる。
拮抗する攻守に、わずかな無が生まれた。緊張は失われない。静かな間に立つ俺と仮面は対峙する。
ちょうどいい。落ち着いて話せる機会はもうないかもしれないからな。
俺は気になっていたことを尋ねてみた。
「なぁ、もしかしてお前も人間なのか?」
「ほざけ下等生物。我が貴様ごときと同じステージに立っているとでも思うか?」
「さっきから気になってたんだよ。もちろんこうして会話できることも姿かたちが人に似ていることもそうだが……それより何より《スキル》に詳しくねーか、お前」
触れてはいけない話題、かどうかはわからない。
だが空気が変わった気がした。その感触を確かめるべく更に踏み込んでみる。
「確か《スキル》ってのは『神に愛された人間だけが手にする超常能力』……って言われてたはず。……なんで人間でもないお前が知ってるんだろうな?」
次の瞬間だった。
「我らを侮辱しているのかッ⁉」
「おわっ!」
初めて感情という感情を見せた仮面。気持ちに連動したように触手が襲撃をかけてくる。
「図に乗るなよ人間‼ かすり傷をつけた程度で勝った気になるな‼」
仮面に浮かぶ表情は変わらずとも、その向こうでは激情が滲んでいる。きっとそうに違いないと消えゆく触手を傍目に俺は思った。
「『原初』は我らだ、正義は我らにある……! 何が《スキル》だ、何が神に愛された人間だ。屁理屈と捏造で祖先をも侮蔑するか! 笑止千万、片腹痛きことこの上なし!」
堰を切った怒りはついに暗黙の均衡を破壊した。
ぐもも……と伸びた触手が天井に突き刺さる。轟音を撒き散らしながら木材が落下してきた。肝要な部分を狙ったのか、俺の頭上でもしきりに木の叩きつけられる音が鳴っていた。
それだけで済めばよかったものの。
ついに仮面はその触手――六本を二本にまとめた丸太のような――の一本を、ベッドに寝ているシャーロットへ振り落としたのだ。
それだけは許さん、させない。
天井まるごと崩壊させようとする触手を、シャーロットの命を刈り取ろうとする闇を、俺は余すところなく「消し飛ばす‼」




