表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/96

第28-1話 また会ったんだが?

 ローヴェニカにどこか物々(ものもの)しい雰囲気ふんいきただよっているのは肌でわかった。


 曇天どんてんの空におおわれた町に人通りはほとんどない。まるでこれから一雨ひとあめくることを誰もが知っているかのような、そんな空気が支配しているように思えてくる。


 ギルドが見えてくると、その物々しさに拍車はくしゃがかかったような空気感を覚える。


 一年を通してほとんど消灯されない室内灯しつないとうが消されているのだ。

 ゆえに二階や三階かられ出る光は皆無かいむ。日頃あるものがなくなるだけでここまで焦慮しょうりょに駆られるのは俺自身も意外だった。


 入り口に向かいながら首を振る。……物音や話声はなしごえはしない。ひょっとするとディオスの手下はまだ到着していないのか? あるいはゲンゴクたちが不穏ふおんな空気を察知して――

 と、入り口扉に手をかけたその時。



 風を押しのけるような轟音ごうおんが炸裂した。


 足の裏から伝わる振動に驚くもなく、立っていられないほどの爆風が吹き荒れる。


「なっ……!」


 体を打ちつけるちりや小さな木片もくへん。なにごとだ⁉ と顔をおおうでから状況を確認するべく目線をあげると、破壊された木の板が俺の顔の横を通過していった。


 それと同時に、俺は言葉を失っていた。ギルドが轟々(ゴウゴウ)と炎をあげていたからだ。

 圧倒的な自然現象をの当たりにしたように立ち尽くす俺に、しかしにおいは容赦ようしゃなくただよってくる。息の詰まるようなげた空気が鼻腔びくうを刺激してくる。


 曇天に燃え盛る炎を見上げながら俺は段々(だんだん)と理解していく。


 ディオスが狼煙のろしを上げたのだ、と。

 地獄を見せるというのは決して口先だけの売り言葉ではないのだ、と。


「……どこまでくさるつもりなんだよアイツは!」


 行き場のない感情はひとまず置いておく。俺は廃墟はいきょになりゆくギルドへ突入した。


 《消去》で道をふさぐ木片を片づけていく。たまに支柱しちゅう的な木も消してしまって備品びひんもろとも崩落ほうらくしてくることもあった。ただそれすらも《消去》でひたすらなかったことにしていった。


 ウィズレットと向かい合って話したカウンターはバランスを崩し、ななめにくたばっていた。手っ取り早く医務室いむしつに向かうにはコイツも消してしまったほうが早いが……少しの抵抗ていこうに俺は負けた。横側よこがわ迂回うかいしてからカウンター奥へ足を進めた。


「シャーロット! シャーロットいるか⁉」


 職員専用の部屋で声をあげる。が、当然シャーロットからの返答はない。


 ガラガラ! と天井が一部崩れてきた。火に飲まれた木々(きぎ)が黒におかされながらその役割を失おうとしていく。なんとなくだが……その光景が、絶妙にシャーロットの置かれている状況にリンクしているように俺には見えてしまった。


 俺はいっそう声を強く張り、医務室への階段を下りていく。


 地下なら爆発の影響はないか……と安心しきっていたからこそ、さらにあせりは加速した。

 爆発による振動で、床壁ゆかかべ亀裂きれつが走っているのだ。欠落けつらくしてしまっている部分もあった。


 胸の奥で俺はひたすらに祈る。頼む。どうかこの爆発の餌食えじきにはなっていないでくれ。ディオスの悪意におかされないでいてくれ。あわよくばゲンゴクの判断でこの場を離れていてくれ。


 そうしてついに、先日訪れた医務室へたどり着く。

 床に倒れるドアを踏みしめ、俺は引っ張られるように室内へ飛び込んだ。


「シャーロット! ……――!」


 息が詰まった。

 それはベッドで横になるシャーロットのそば

 そこに立っていたのは――奇天烈きてれつな仮面をつけた人型ひとがたのモンスターだった。


 なぜコイツがここに?

 急に思考にかげが落とされた。息を整えながら考える。


 キャリー襲撃しゅうげき、ギルド爆破ばくは、シャーロットが危険――まさか。


 まさかそうなのか……?


 すると不気味な闇の装甲アーマーをまとった彼は俺に気付き、ゆっくりとこちらにからだを差し向ける。


「おや、また会ったな人間。死骸しがいが見当たらないとは思っていたが、まさか生き延びていたとはな」


 顔を合わせるのが二度目だからか、人型モンスターは知人に声をかけるようなゆったりとした抑揚よくようで発声した。

 だがこちとら仲良しこよしをするつもりはない。シャーロットの味方はしていても、人間をモンスターに変えようとする連中の肩を持つつもりも、当然。


 だから俺は気になることだけを口にする。


「……ディオスと手を組んでるのか?」


 でなければあまりにも出来すぎたタイミングだ。

 ディオスが仮面と共謀きょうぼうし、俺を排除はいじょするために動いている。大破たいはされたギルドの地下にコイツがいるという現状を考慮こうりょしても、そう考えるのが自然だろう。


 しかし仮面は首をかしげただけだった。


「何の話だ? われは『帰化きか』した者の反応があったので確認しに来たまでだ。そのディオスとかいうヤツの死体はそこに転がっているどれかか?」


 その台詞せりふにぎょっとした俺は突き動かされたように周囲を見回した。

 死体。死体。死体。転がる五つの死体はどれも見知った顔。ディオスに対立をあおられた時、アイツ側についた連中だった。


 ……するとそうか。ディオスと仮面が手を組んでいるというのは見当けんとう違いか。


「……お前は何が目的なんだ? 人をモンスターに変えているのもぜんぶお前の仕業しわざなのか?」

「目的? 愚問ぐもんだな。貴様きさまら人間と何一つとして変わらんよ」

「? どういうことだ?」


 仮面がかすかに苛立いらだった様子を見せた。


「貴様らが我々を世界から消滅させようとしたように、我々もまた貴様らを世界から消滅させたいと願っているだけのこと。なぜ貴様らはいつでも被害者ひがいしゃつらをぶら下げるのだ?」


 冷静に、けれども憤慨ふんがいまじえてめ立てるような口調はみょうに耳に残った。


 人間がモンスターを世界から消滅させたいと思っている。

 これ自体はその通りだ。ギルド設立も冒険者という職業の誕生も、すべて始まりはその命題めいだいへたどり着く。


 だが俺は違和感いわかんぬぐえない。


 なぜ仮面は消滅()()()()()()()と言ったのだろう?

 これではまるで人間の目論見もくろみは過去のもので、すでに失敗していて、もっと言うなら――


「……そんな過去など知らぬ、という顔をしているな。やはり人間はみにくきたない……まぁ良い」


 思考がさえぎられた、その瞬間。

 シュバンッ‼ と仮面の背中からやみ触手しょくしゅが六本現れた。まるで空気をついばむミミズのようにうねうねと動いている。


 仮面の視線がシャーロットへ落ちた。俺は思わず叫んだ。


「何するつもりだ⁉ ソイツから離れろ!」

「無理な話だ。しき人間などこの世界には不要だ。これ以上増える必要も需要もまるでない。したがってこの者は、たかがスライムだがモンスターに戻ってもらうとしようか」


 うねる触手が瞬間、シャーロットの口元くちもともぐり込もうとする。


「させるか!」


 《消去》を実行。闇色やみいろの触手が一本いっぽん虚空こくうほうむられる。


 わずらわしさにうんざりしたのか、仮面はぎょろりと俺をにらんだ。


「またわれの邪魔をするのか、人間」

「あぁ、いくらでもな。その子は元々人間だったんだ。お前らの都合つごうでモンスターにされる筋合いはねーだろ」

「……ふぅ」仮面は一度ため息をついたあと、再び俺に向かい合って「ひがし平原へいげん遭遇そうぐうした時から思ってはいたが貴様は少々厄介やっかいだ。ここでんでおかねば計画に支障をきたしかねん。……その《スキル》は便利か?」


 声と同時、いくらかの触手がからみ合ったドリルが打ちだされた。

 俺は一言でそれらを消し飛ばす。


「見てわかるだろ、超便利だよ。こんなこともできんだぜ」


 《消去》の《消去》――ゆえに顕現けんげんするのはいましがた消した触手ドリルだ。

 それが打ちはなたれたやじりのように仮面を襲撃する。


 少なくとも風圧が生まれるほどの勢力せいりょくだ。速度も威力ももうぶんない。

 それでもなお、仮面は圧倒的な反応速度はんのうそくど回避かいひに成功していた。


 やはり強いのだろう、この仮面のモンスターは。


 けれど。強かったとしても。


「シャーロットは殺させない!」

「違う、貴様きさまも死ぬのだよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ