第26-2話 ディオスから提案をされたんだが?
連れてこられたのは薄暗い路地裏だった。
ゴミ箱や資材が乱雑に置かれており、当然人通りはほとんどない。
立ち止まったディオスは踵を返し、ニタついて言った。
「おぉ? よく見ると随分服が汚れてるな。どうしたんだ?」
この聞きかたは……。
「果物買うにも結構な金額払ってたろ? 青果店の五倍くらいの値段だったか?」
愉快さを隠しきれないのか、声に笑みが混じってくる。
なるほど、簡単な話だ。
どうやらディオスはこの二日間でローヴェニカに俺たちの悪評を流しまくっていたようだ。
でなきゃこれほど『お前たちが苦労するのはわかっていた』と言いたげな顔はしていないだろうからな。
ま、ディオスのやりそうなことだ。
「ローヴェニカを歩く気分はどうだった? 夕焼けも相まって奇麗な街並みが見れただろ?」
「……お前の口からそんな言葉が出てくるとはな。相当にご機嫌なようで」
「あったりまえだろ。邪魔だと思っていた人間が世界で一番嫌われているんだからな。最高以外の言葉が見つからねぇよ! かっかっか!」
ディオスは腹を抱えて笑っていた。不愉快だった。
もちろんコイツの態度もそうだが、何よりもシャーロットに対する罪悪感を一切持たず、むしろ俺たちを貶めようと励んでいた根っからのクソっぷりがとても不快だ。
「それで何の用だ? 当てつけならこんな裏路地でなくてもできただろ」
「ローヴェニカ中から嫌われる対象となったお前に一つ、朗報を持ってきてやったんだよ」
「朗報?」
どうせロクでもない知らせに違いない。
だが俺の予想は、大きく裏切られることになる。
「デリータ、テメェを俺のパーティーに戻らせてやってもいい」
は?
とんでもない提案に俺は言葉を失った。
意味不明がすぎる。あまりにも突飛な発言に、俺は頭の中で三回ほど反芻しなければ飲み込むことができなかったほど。それでも理解はまだ追いつかない。
ディオスはありがたがれと言わんばかりに、それでいて誇らしげに話し続ける。
「これは救いだ。今のお前の立ち位置はモンスターの味方をした裏切り者。ローヴェニカの人間としても冒険者としても最底辺の最底辺だ。――だが」
ゆっくりと。
奴の右腕が持ち上がり、甲までが鎧に覆われた指先がしかと俺へと向けられた。
「俺のパーティーメンバーに復帰して更生した、改心したとなれば見る目も変わる。多少なりとも口出ししてくる野郎はいるだろうがそこは実績を重ねて実力でねじ伏せればいい。どうだ、願ってもない提案だろ?」
段々と。
時間が経つにつれてようやく、俺はディオスの言葉の意味を理解し始めた。
今頃になってようやく強い感情が湧いてくる。
胃袋を蹴り上げるような、吐き気さえ催しかねない強い嫌気がせり上がってくる。
だが目の前の男はなおも口を閉じない。
「ま、俺も俺なりに学習したんだよ。確かにお前の《ダメージ吸収》は無能で役立たずではあるが、それでも他の盾役に比べたらマシな方だったってな。お前の代わりに入った盾役、とんだウスノロだったんだぜ? それにアリアンもテュアもなんか気合い入ってねーみたいでな……まぁお前が戻ったら直に調子戻していくだ「おい」――」
ディオスを遮る。
パーティーに戻らせる? 実力でねじ伏せる?
……冗談言ってんじゃねぇよ!
俺は吐き捨てるように言い募った。
「さっきから何言ってんだよお前? 俺の大事な仲間に手出しておいてパーティーに戻らせてやる? 願ってもない提案? はっ、バカ言ってんじゃねーよホント」
ディオスがむっとする。
でも俺は止まらない。止まりたくない。
「黙って聞いてりゃペチャクチャと……ディオス、俺はお前の手助けなんかちっとも必要じゃない。ついでに言うなら上っ面で他人を判断するようなクソ野郎の手なんか借りたくもねぇ! お前の誘いなんか断固お断りだし、もう俺たちに関わってくんのはやめろ」
「……いいのか? 今俺の提案を受けなければテメェの生きる世界は確実になくなる。この世界に『人間の味方』は必要でも、『モンスターの味方』なんて必要ねぇからな。尊厳も生きる価値も認められない廃人になるほうを選ぶってのかテメェはよ」
社会とはこういうものかもしれない。
どれだけ言葉を交わしても、意思を表明しても。
分かり合えない人間はどれだけ歩み寄ろうが分かり合えない。
譲れない信念であればあるほど、その歩み寄りはむしろ衝突を激化させてしまうだろう。
悟る。
俺はディオスに背を向けた。
「知った気になって、理解った気になって大事なモンを見失うくらいなら、俺は敵でいいさ。名誉も尊厳も命の意味も必要ない。俺は俺を大事にしてくれるアイツの、アイツらの味方でいる。これは俺の信念だ」
路地裏を後にしようとする俺に、ディオスは負け惜しみのように言い放つ。
「とうとうハッキリ言ったか。堕ちたもんだぜまったくよぉ……」
思いきや、今度は突然声を荒らげて、
「とことんバカなヤツだ! お前の地獄はここから始まんぞ!」
そんな脅迫まがいの台詞が背中に刺さってくる。
残念ながら痛くも痒くもない。
ディオスと対面して確信したからだ。
俺は奴を、奴が率いるモンスター殲滅派を、そのままにしてはおけないと。
シャーロットを守るためにも、アモネを処分させないためにも、ここだけは絶対に譲れない。
◇
「おやすみなさい、デリータさん」
「ああ、おやすみ」
月が夜空に浮かび始めた頃。
俺たちはそれぞれの床に就いた。
シャーロットの意識はまだ戻っていなかった。担当医の先生が言うには「普通なら即死レベルの傷だったけどもね、うん、どういうワケかね、他の部位も含めて臓器や血管、筋肉がヒトのそれとは性質が若干異なるみたいなんだね、うん」……らしい。
要するにモンスター化していた後遺症(恩恵とも言える)が、良い方向にはたらいている、ということだそう。不幸中の幸いだと思う。
大変だったのはその帰りだった。
例によって最大級の悪意の雨に打たれなければならないものだから、俺もアモネもすっかり疲弊してしまっていた。早めの就寝の理由である。
「すぴぃ……すぅー、すぴぃぃ……」
間もなくアモネの寝息が聞こえてくる。小さくてくすぐったい、かわいらしい寝息だ。
じっと耳を傾ける。呼吸の間隔、リズムを確かめる。
……うん、良さそうだな。しっかりと寝ついたはずだ。
俺は静かに体を起こして着替えると、音を立てないように部屋を出た。
「ふぅ、今日も脱出成功だ。――さて、行くか」
ローヴェニカからモンスターへの偏見をなくす『解決法』。
そのためにはあの男の協力が不可欠だからな。




