第26-1話 丸二日が過ぎたんだが?
「丸二日です」
針の山のように口を尖らせたアモネが呟いた。
ベッドに寝そべりながらうん? と返す。
と、今度ははっきりと俺に伝えるように言ってきた。
「もう丸二日、宿から一歩も出てませんよデリータさん!」
「そうだな」
ま、俺は外出てるんだけどな。アモネが寝ついた後に。
なんて呑気に構えていたのが運の尽きか。ぬくぬくしていた毛布をガバッとひっぺがされてしまった。
「そうだなじゃありませんからー! ゲンゴクさんが執行猶予くれたんですよね⁉ 五日しかないんですよね⁉ なのにどーして二日も引きこもって終わっちゃうんですかーっ!」
ガミガミと不満を並べるアモネ。おかしいな、地下なのに雷が落ちるなんて。
冗談はさておいて、『解決法』を知らない(というか俺が隠しているだけなんだが)彼女にしてみれば、確かにこの二日間は不毛な時間だったと思う。
「お、落ち着けよアモネ。俺だって何も考えてない訳じゃないんだ」
だがちゃんと事は進んでいるはずだ。……というかそうでなくては困る。
アモネは怪訝な顔をしながらうーうーと唸っていたが、やがて納得するしかないと思ったのか、
「まぁ……デリータさんがそう言うならきっとそうなんでしょうけど……でもシャーロットちゃんの容体も心配ですし、今からギルドに顔出しに行きませんか?」
不安と心配の滲む声でアモネが提案をしてきた。
うーむ、本音を言えば宿から出るのは気が進まない……が、とはいえシャーロットの容体が気になるのも確かだし、なんならあれから二日たったローヴェニカがどうなっているかも気になる。
ま、『解決法』を確実なものにするためにも実地調査は大切か。
俺は布団からむくりと起きて、外出を決意した。
「それもそうだな。よし、んじゃあちょっと行ってみるか」
◇
ローヴェニカを照らすのは夕暮れの斜光。
オレンジの光はこんなにも眩しかったか? と思わず目を覆いたくなる。
……が、ギルドへ向かう俺たちはもっと別なことに目を覆いたく、あるいは耳を塞ぎたくなっていた。
「おい見ろよ、あの二人だぞ」
「冒険者のくせにモンスターの言いなりになってるってウワサの?」
「男の方は風呂の時、女の排尿で洗髪してるらしいぞ」
とまぁ、あちらこちらで(静かな)罵詈雑言が猛威を振るっているわけで。
白い目を向けられる程度の話じゃない。耳を傾ければわかるが、あることないこと事実無根のエピソードをこれでもかというほどに捏造されているレベルだ。というか女の尿で洗髪ってなんだ、ここは砂漠か?
隣を歩くアモネもいたたまれないのだろう。
わざと聞こえないフリをするべく笑顔を作って、
「そ、そうだ! せっかくですし果物でも買っていきませんか?」
「いいんじゃないか」
俺の返事を聞くと、アモネは近くの青果店へと駆けていく。
……心配がぬぐえない俺も彼女の後を追った。
「すみません、リンゴと桃、あとバナナを一房ください」
「あいよ! ……ってその顔は……」
歯切れのよい返事だ――と思ったのも束の間。
店主がアモネと俺を交互に見やり、正体を認識した次の瞬間、彼は手にした果物をよどみなくケースへ戻してしまった。そして淡白に言い放つ。
「リンゴも桃もバナナも売り切れだ」
「え、と? 売り切れ、ですか? でも今手に取って……」
「うるさい! ないったらないんだ! うちに非国民に食わせるモンなぞない!」
しっし、と泥棒猫を威嚇するように追い払われてしまった。
……アモネが明らかにしょんぼりしている。だが変に話題を逸らしても白々しいので、どこか他人事のように呟いておこう。
「すごく嫌われちまってるな」
「やはり先日の一件が原因でしょうか……」
「仕方ない。見舞いの品は他のものにしよう」
とはいえ、店を変えたからといって、俺たちへの対応は変化しなかった。
結局俺たちが手にした果物はリンゴとバナナだけ。相場の五倍の値段で購入してようやっとだった。
ギルドへ向かう。国民から受ける想定以上の反感のせいか、アモネは口を噤んでいる。
しかし正直なところ、俺はちっともダメージを受けていなかった。
人がモンスターへ抱く敵意はこれほどまでに強い――それがわかっただけで十分だ。
道すがら、アモネがぽつりとこぼす。
「……スライムさんたちを庇っただけでこんな目に遭うなんて思いもしませんでした」
傷口を隠すような笑みだった。
「後悔してるか?」
「いいえ、それはまったくです。……ただ、ちょっと悲しいなって」
アモネは一呼吸置いて続けた。
「モンスターは確かに人間にとって危険な相手かもしれません。油断すれば命を失う可能性だってありますし、友好的だからといって仲良くする理由にはならないことも理解できます」
でも、と付け加えるアモネ。俺は続きを待った。
「でも、だからといって頭ごなしに敵だと決めつけて、剣を抜いて魔法をぶつけて……っていうのは……やっぱり悲しいなって思います。シャーロットちゃんのようにいい子もいるんだよって教えたいくらいです」
……あぁ、どうしようか。俺は彼女を抱きしめたいなと思ってしまっていた。
恋愛感情でも愛おしさでもない。ただ同じ気持ちを共感できることへの安心感、とでも言うのだろうか。
まぁこんなことをバカ正直に伝えても空気がおかしくなるだけだろう。
だから俺は適当に笑って明るく返した。
「アモネ、俺はアモネがアモネで良かったよ」
「えっデリータさん、それどういう意味ですか?」
あまりに不可解だったせいか、目を丸くしたアモネは足を止めてしまう。が、俺はそのまま歩き続けた。こんな小恥ずかしいこと説明したくもないからな。
彼女には笑っていて欲しい。ただそれだけでいいと思う。
「まんまだよ、そのまんま。さ、早くシャーロットんとこ行こうぜ」
そう言っているうちにギルドへ到着した――
俺たちを待ち受けていたのは他でもないディオスだった。
「よぉ」
二日前、シャーロットの胸を一突きした男は柱にもたれかかりながらニヤついていた。
脳内にその光景が蘇ってくる。気が付けば強く拳を握りしめていた。
いっそコイツの臓器をまるごと《消去》してやろうか――そんな気持ちを宥めるように俺は静かに口にする。
「……何の用だ」
ディオスはふん、と鼻で嗤い、普段通りの命令口調でこう言った。
「ちょっと面貸せよ。テメェ一人でな」




