第25-5話 制限時間スタート前夜なんだが?
ゲンゴクとの話を終えた俺はシャーロットの容体を確認しに行ったが、職員さんから「緊急治療中なので」と立ち入りを拒否されてしまった。
アモネは入っているのになぜ俺はダメなんだ……とケチをつけたくなる。ま、仕方ないが。
そういう訳で俺はギルドを後にする。
「……」
視線が痛い。
エントランスに向かうだけなのに凄まじい悪意に満ちた白い目を感じる。
もっとも、これも仕方のないことではあるが。
いや、そんなことを気にしている場合ではない。俺が今一番に達成すべきは、ローヴェニカに広まった噂とモンスターに対する偏見をいかにして払拭するか、だ。
そして解決法――というよりその手段は見当がついている。
ゆえに、あとは実行に向けて準備を進めるだけ。
……まずはその取っ掛かりといこうか。
「テュア、アリアン、ちょっといいか」
刺殺されそうな視線の豪雨の中、唯一親しみを向けてくる二人――元パーティーメンバーの二人に近付いて声をかけた。
口を尖らせているテュアは目で返事をし、片やアリアンはいつも通り慈愛に満ちた微笑みを見せる。
するとテュアが腕を組み、たいそう呆れたように、
「アンタ、モンスターの味方なんかしてた訳? パーティー組んでた時も思ってたけどちょっとお人好しすぎるんじゃない? というかバカよね、うんバカ」
「テュアさん、せっかくデリータさんが心を開きかけているんですよ。少しでも好印象を与えられるようにふるまいましょう」
知らないわよ、ふん、とテュアがそっぽを向く。
まるで不良生徒と先生のような構図に、俺は思わず懐かしさを覚えた。
「そ、そういう露骨な会話は俺がいない時にやってくれ……まぁいいや。それよりお前らさっき言ってたよな、もう一度パーティーに戻って来て欲しいって」
まさか俺からその話題に触れると思っていなかったのだろう。
そっぽを向いていたテュアは口をぽかんと開けており、アリアンも口に手を添えて「まぁ……!」と驚きの声をもらした。
「確約はできないが考えてもいい」
「えっ」「え⁉」
さらに前のめりになる二人。しかしすぐにテュアの顔が曇る。
コイツの考えていそうなことはわかる。なので先に釘をさしておくかと思い、
「あ、言っておくがこんな状況になってしまったから居場所が欲しくなった、って話じゃないぞ」
「つまんないの。もしアンタがそう言ってきたら『こっちから願い下げだわ!』って振ってやろうかと思ったのに」
図星だったか。まぁいいや。
アリアンが例によってテュアを窘め、やがて俺に尋ねてきた。
「それで……デリータさん。ディオス様のパーティーに復帰してくださるという件についてですが」
「ただし条件がある。それを守って、全部が丸く収まったら……前向きに検討する。どうだ?」
本音を言えば、別に彼女たちの協力は必須ではない。
だがあればあるだけ後々に効く……と俺は踏んでいる。
即答だった。アリアンは決心したように、
「聞かせていただけますか、デリータさん」
◇
その夜。
先日から連泊している宿にアモネが戻ってきた。
ちなみにここにいられるのはゲンゴクの計らいで、名目の理由は「容疑者を自由奔放にさせておくのは危険すぎるから」となっている。おかげで寝床は地下室、ほぼ牢屋みたいなものだ。
「デリータさん、戻りました」
「おかえりアモネ。シャーロットの容体はどうだった?」
聞いた途端、アモネがぶわっと泣き崩れた。そして「デリータさぁぁん!」と俺に飛びついてくる。
ぐふぅ! ……全身でタックルまがいを受け止めるが、そんなことを口にできる雰囲気でもない。
俺は痛みに悶えながらアモネの長い金髪を撫でて、
「お……落ち着けよアモネ。ゆっくりでいいから」
もう片方の腕を背中へ回し、ゆっくりとさする。
この感じ、まさか最悪の結果じゃないだろうな……と俺も内心穏やかではいられない。
数分もするとアモネは落ち着きを取り戻し、俺から離れた。
「取り乱してしまってすみません……シャーロットちゃん、なんとか一命は取り留めました。本当によかったです……うああ、安心したら涙が……っ!」
「た、助かったのか……! よかった、ぁ……」
吉報に胸を撫でおろす。悪い知らせじゃなくて本当に良かった。本当に。
安堵が深い呼吸となること数回。
互いに正常に話ができるようになると、俺たちは状況報告をし合うことに。
「そういえばデリータさん、医務室に寄ってくれたんですよね? 見張りの職員さんにお聞きしましたよ」
「ああ、だけど……なんで俺は入れなかったんだろうな、アモネは同席してたのに」
「緊急でしたからね。わたしもでしたけど、手当をしてくださった皆さんもてんやわんやになっていましたので、同席しても己の無力感を味わうだけでしたよ……」
「そ、そんなにどよーんとしなくてもいいんじゃないか……?」
医者でもないんだし。
「とにかくですね、シャーロットちゃんが助かってわたしは安心しました!」
アモネは胸の前で両手を合わせ、にっこりと微笑んだ――しかし次の瞬間、にこやかな表情のまま声のトーンを低くして、
「ただしディオスという男は許しません。絶対に、何があっても。シャーロットちゃんの苦痛を何千倍にもしてお返しして差し上げます、わたし決めましたから」
アモネさん、すげー怖いです。まじで。
だが真面目な話、気持ちとしては俺も同じだ。あの男は……無事では済まさん。
「じゃあ次はこっちの報告だ」
今度は俺もアモネに現状を一通り話した。
処分までの猶予は五日間。この五日のうちに、俺たちはローヴェニカの人々が抱くモンスターへの考えや思い込みを変えていかなければならない――そう説明したアモネと言えば、それはもうあたふたしていた。
やがて彼女は身をグイっと乗り出して、
「いやいや……いやいやいや! 『良いモンスターもいる』ってことをローヴェニカの人たちにわかってもらうんですよね⁉ たった五日で! たった五日で‼」
「ほ、方法は考えてある……から、とりあえず落ち着いてくれよな」
襟から胸元が見えてしまって大変なんだよ、色々。
ぼふん、とベッドに座り直したアモネが改めて首を傾げた。
「方法って具体的にはどうするんですか」
「あー……それはだな……」
「?」
言うべきか否かも考えるには及ばない。
俺はしれっとした顔で告げた。
「秘密だ」
アモネが頬をぷくっと膨らませる。
「なんでですか! そんなのナシですよデリータさんっ!」
でもこれは言わない。言わない方が良い。
アモネは絶対に反対するだろうからな。




