第25-4話 猶予が与えられたんだが?
懲罰委員会にかけると言われたその後。
俺はギルドマスター室へ通されていた。
「まぁ座ってくれ」
着席を勧められたのでソファに腰を下ろす。
すると俺の対面に座ったゲンゴクは開口一番、こう言った。
「デリータ、お前はもう知っているみたいだな」
「え?」
思――ったよりも軽快な口調。
なんだか拍子抜けしてしまったのだが、そんな俺などお構いなしにゲンゴクは続ける。
「廻天計画のことだよ。モンスターになった人間を元に戻そうという実験の話だ」
「……ゲンゴクさんも知ってたんですね」
当然だろ、と言わんばかりにゲンゴクは足を組む。
なんというか……すべてにおいて軽い気がするのは気のせいだろうか?
こちとら相応の覚悟を持って身構えていたというのに、ゲンゴクからその気は一切感じられない。なんなら鼻歌でも歌い出しそうなほど表情は柔らかい気がする。
「あれは世界規模のプロジェクトでな。少なくとも各国のギルドマスターは全員承知している。……まぁ一般人は知りようもない内容だ、今回のようなことになるのも致し方あるまい」
「計画のことを公表する訳にはいかないんですか?」
ダメもとで聞いてみる。
もしそれが可能なら……シャーロットの傷は塞がらなくても、あらゆる面でマイナス方向に働きそうな現状は打開できると思ったからだ。
しかし答えは驚く隙も与えないほど予想通りで。
「無理だろうな。混乱を招く恐れが多分にある。冒険者ギルドが『平和な人間社会の実現のために』という目的で創設されている以上、モンスターに肩入れしたり配慮したりするような話を上が持ち出すとは思えない」
「けどモンスターが元人間だってわかればギルドの目的だって達成できるはずだ」
ギルドの目指す平和とは、恐らくモンスターの存在しない世界のことだろう。
だからこそ廻天計画を公表すべきでは、と俺は思う。
言えばモンスターと人の区別はなくなる。見た目こそ明らかな違いはあっても、本質的な部分は同じ種族になるのだから――と考えてみたが……
「よく考えろデリータ。四日前、スライムを引き連れたお前と出会った冒険者たちはどう反応していた? 『こいつらは敵じゃない』と主張したお前に対し、どう向き合ってくれた?」
「それは……」
まぁ、そんな簡単な話はない。
ゲンゴクの言う通りだ。少なくともスライムを見ただけで『最弱モンスターだ! 魔法の練習台にしてしまおう!』と考える子どもがいるのに、『あのスライムも仲間だからね』なんて言い聞かせられるとは到底思えない。
……それにもっとシンプルな理由として。
同じ人間でも絶えず争い続けているのだ。同じ種族になったところで諍いが消えるなんて夢物語にすぎないだろう。
あまりにも現実的すぎる結論にちょっぴり寂しい気持ちになった。
「人は強いだけじゃない。同時に弱く脆くもある。どれだけ正しいことでも間違っていなくても、その人が『信じたくない』『受け入れられない』と思ってしまえばそこまでだ。正論も論理も刃を失ったノコギリみたいなものになってしまう」
見たいように見る。信じたいように信じる。
……まさにその通りだな、と思うと自然とため息がこぼれてしまった。
「つまり何をどう主張したところでモンスターへの認識や理解は変わらないってこと、だよな」
ゲンゴクは噛みしめるように首を縦に振った。
俺はふいにシャーロットのことを思い出していた。
恐らくディオスは……アイツの性格からして、俺やアモネのことは散々言い回っているだろうし、きっとシャーロットがスライムであるという事実にも触れているはずだ。
ならば懲罰がどうとか意識が戻ったとかそんなことは関係なしに。
きっと俺たちにとって、特にシャーロットにとっては……ローヴェニカは生き地獄そのものになってしまうだろう。
……というかディオスの奴はなんでシャーロットの正体知ってるんだ?
頭の中であれこれ思考を巡らせていると、ゲンゴクが満を持したような口ぶりで言った。
「さて本題だ。俺はローヴェニカ支部のギルドマスターとして規律違反者であるお前たちを懲罰委員会にかけなければならない。詳細は不確定だが恐らく相応の罰が課されることが予想されるだろう」
背筋が自然に伸びた。俺は息をつめ、覚悟して続きを促す。
「例えばどんな罰がある?」
ゲンゴクはどこか遠い国の知らない人の話でもするように、
「良くて国外追放、最悪の場合は命をもって償う、とかだろうな」
……想定以上にピンチなのかもしれないな、俺たち。
死刑は無論だが国外追放もマズい。追放そのものはどうってこともないが、瀕死状態であるシャーロットを連れて行くのは恐らく不可能。
ゆえに追放が選ばれれば、俺やアモネはシャーロットを見捨てなければならないのだ。そんな選択肢はありえない。
どうにかこうにか懲罰そのものを回避できないものか――そう尋ねようとする寸前。
「だが俺個人としては――デリータ、お前たちの味方でいたい」
ゲンゴクがはっきりとした口調でそう言った。あぜんとした。
だって普通なら憚られる内容だからだ。これは支部の長である人間が、事情があるとはいえ裏切り者を擁護するような発言なのだ。
冒険者にでも聞かれてしまえば、それこそ彼だって処罰対象にされかねない。
「お……ちょ、ゲンゴクさん何言ってるんだ。あんまり変なこと言ってると」
「あらゆる可能性は承知しているつもりだ。そのうえで言っている」
「でも!」
「これまでのお前の活躍ぶりに正当な報酬は支払えなかっただろ? Gランクにいるのに働きぶりはAランク冒険者並み……いやそれ以上だ。俺たち職員はみんなデリータのことを評価しているんだぞ。ギルドとしてもお前に借金をしているようなものだ。それに……」
邪を穿つような真摯な瞳が俺を捉える。
噓偽りのない眼差しが……冷えきった胸に段々と熱をもたらしてくる。
「モンスターを庇ったのだって廻天計画を知ったうえでの行動だ。もっと言えば……俺たちが信頼しているお前が味方したくなるようなモンスターたちだ……良い奴なんだろ? あの白髪の女の子も」
「! ……もちろんだ」
その言葉が、どれほど俺を、俺たちを救ってしまうのか。
きっとこの男は理解していないだろう。なぜならそれを素で出せるような男だから。
種族のくくりで見るのではなく、シャーロットという命と向き合ってくれたゲンゴク。
俺はいま、心から感謝している。
この男と出会えたことを。ゲンゴクという人間と知り合えたことを。
「とはいえ俺にできることは限られている。具体的には審議中だとして処罰の決定と実行を先延ばしにするくらいだ。五日……デリータ、この猶予で挽回する術はありそうか?」
五日。この五日でやらなければならないことは、
・冒険者たちに、あるいはローヴェニカ中に広まった『デリータ一行はモンスターの味方である』という不安を払拭し、かつ、
・本来であれば対立する必要のないモンスターと人間の調和を図るため、人々のモンスターに対する認識や理解を改めさせる。もちろん『モンスターが元人間である』という情報を流さないという条件付きで。
「ははっ……、」
……我ながら笑ってしまうくらいの絶望的な状況だ。
でもやるしかない。残された道は他にない。
これらを五日の時間制限の中で達成するには――
「……モンスターの中にも良い奴がいるってことを皆に証明すればいい、んだよな?」
解決方法はいたってシンプルだ。
『モンスターは敵である』という理解を変えることができればそれでいい。敵や忌むべき相手という認識が変化するだけで、俺が味方をしたのはモンスターではなく『かつて敵として討伐対象としていた生命体』にすり替わる。
困難なのは承知している。
でも、このままシャーロットを見捨てることになるくらいなら。
「……できるのか」
厳然と問うてくるゲンゴク。俺は微笑んだ。
「できるかどうかじゃない。やってやるさ。俺の力は守りたい人を守るためにあるんだから」




