第25-3話 待っていたのは懲罰委員会だったんだが?
「おい、みんな見たか? これがデリータとかいうゴミクズの本性だ。こいつは人間の味方するふりしてモンスターに加担してたんだぜ」
まぁ、あれだけ行動で見せてしまったのだ。もちろん俺を助太刀しようなんて物好きは絶滅していた。
中には迷っている連中もいた。少数派ではあるが、どちらを信じてよいのかわからず、オロオロと周囲の人間の動向を伺い見ている冒険者たちだ。
そしてディオスはその少数派の心までも確実に搔っ攫っていくつもりらしい。
「まだ判断つかない奴もいるみてーだから説明してやる。一つ、モンスターを庇っていた。二つ、人に化けたモンスターを連れ歩いていた。三つ、俺がモンスターを攻撃したらァ――激怒した。……判断材料としては十分だとは思わねぇか?」
実際十分だった。
混迷の滲む少数派の顔からは光が消え、台頭してきたのは一切の情を排除した純粋な敵意。
いよいよ俺は独りになった、という訳だ。
「よし、んじゃあ決めようじゃねぇか。この裏切り者をどうするか!」
ディオスは空気を抱きしめるように両手を大きく広げ、高らかに宣言する。
「まだゴミクズを信じたいって奴はコイツの後ろに、人間を見捨ててモンスター側に寝返った野郎は許せねぇって奴は俺の後ろにつけ」
……こんなのに従う奴なんているのかよ。
四日前までの俺なら確実にそう毒づいていたに違いない。
だが今は。
ぞろぞろ、と。無数にも思える足音が連続し、ギルド内に強く反響している。
音楽のない舞踏会。フローリングを歩く民族の大移動。
結果に言い及ぶ必要はないだろう。
こう、向かい合ってみると結構な人数がギルドに所属しているんだなと痛感させられる。俺の目の前には五〇個以上の顔が連なっており、そのすべてが眉をひそめてこちらに鋭い視線を突き刺してきていた。
ディオスが一度鼻で嗤い、顎を突き出して断言する。
「……圧倒的だな。ま、そりゃそうか。この期に及んでお前の味方をしようだなんて脳内お花畑のアッパラパーはいねぇだろうし」
言ってしまえたらどれだけ楽だろうと思う。
モンスターは元々人間だったのだと。だからディオスがやったのはモンスター退治ではなく人殺しなのだと。
そう言ってしまえたら――。
いいや、言っても意味はないだろう。
シャーロットが危篤状態にある現実は何一つとして変わらないのだから。
大事してくれる人を大事にする、なんて。
……言っておきながら、情けない話だよな。
俺は敵意も戦意も忘れ、まるで斬首刑を受け入れた囚人のように言葉を返した。
「好きに判断すればいいさ」
「お、潔いじゃねーか。この勢力差なら無理もねーか」
「……ただ、一度考えてみて欲しい。もしも、もしも俺たちが今まで手にかけてきた相手が、自分たちの大事な人や失いたくない人だったとしたら……お前たちは同じように刃を向けるか?」
たとえば親類を。たとえば恋人を。たとえば失いたくない大事な人たちを。
無自覚に傷つけていたかもしれない、なんて。
一体誰がその事実に耐えられるというのだろう?
ディオスはわずかな間を置いて、
嘲笑を浮かべた。
「はっ、くだらねぇこと抜かしてんじゃねーぞゴミ。戯言ばっか言ってて恥ずかしくねーのか?」
そして近くにいた冒険者から剣をふんだくり、切先を俺へと向ける。
「テメェみたいな裏切り者はギルドに必要ねぇ。というより人間の世界にも要らないと思うぜ俺は。まぁ安心しろよ、元パーティーメンバーであるこの俺が責任を持って始末してやるから。おい誰かアイツを押さえろ」
コツ、とディオスが一歩を踏み出し。
二歩目三歩目を続けて。
ついに俺の前へと立ちはだかった。その間に別の冒険者たちが俺の両腕を押さえつけ、身動きを完全に封じてきた。
ここまで伝わらないのなら仕方がない。わかってもらおうとする方が間違いだと思う。
やられるつもりは毛頭ない。シャーロットやアモネたちへ危害を加えさせないためにも――俺はこの場でこいつらを全員倒さなきゃならない。
拳に力が入る。喉の奥が干ばつのように乾いていく。
この人数差……絶対キツイだろうな。
でもやるしか、ねぇ。
ディオスが剣を振り上げる。幾度となくモンスターを切り裂き、シャーロットの命を奪わんとした誇りの膂力で。
窓から射し込む太陽光に反射する刀身が煌めいた。
「死んでくれ、俺のためにもな」
して、振り下ろされた――、と思ったその瞬間。
「そこまでだ」
低くて圧のある声がギルドに響いた。
剣は俺の額のすぐ上でピタリと止まった。
ディオスを制止したのはゲンゴクだった。
「ディオス、お前たちの気持ちはよくわかる。仲間だと思っていた人間が実はモンスターの味方だったとわかればショックも受けるし不安にもなるだろう。だがこの話は一度俺に預からせてくれないか?」
「……ギルドは冒険者同士の争いに首突っ込まねぇんじゃねーのかよ」
ゲンゴクが仲裁に入ったせいか、俺を押さえ込んでいた連中もその手を放してくる。
「冒険者同士、で済めばの話だ。しかし残念ながら今回の件は内輪ノリで片付けられる話ではない。ローヴェニカ全土……ひいては世界各国の冒険者ギルドの判断も仰がねばならんかもしれない。それともディオス、お前が俺の代わりに理想的で平和的、それでいて合理的な結論を導いてくれるのか?」
「……ちっ、わかったよ」
そう言うとディオスは踵を返し、ギルドから出て行ってしまった。
もちろんわかっている。これは決して『情』などではない。
ゲンゴクが冒険者たちへ周知させるように宣言した。
「冒険者ギルドの規定に基づき――デリータ一行を懲罰委員会にかけることとする!」
――『情』というよりも寧ろ、俺たちを厳正に処罰するための手順にすぎないのだから。




