第25-2話 孤軍奮闘なんだが?
「おいおいデリータ、そんなにキレてどうしたんだ? 俺はあくまでもモンスター退治をしただけなんだけどなァ?」
「お前……! クソ野郎が……ッ!」
血塗れの剣を浄化するように、剣を左右に切り払うディオスへ。
俺は再び突撃する。
まずはディオスの剣だ。狙いを定めて《消去》。
奴の手元には空気しか残らない。「ん? どこ飛んでいきやがった?」と怪訝な顔をしているディオスの間合いへ飛び込んで、
「肋骨から消してやる……!」
俺は掌底でも突き出すように鳩尾へ手を伸ばす。
が。
「あー愚図だなァ、全然足りねぇ。まぁ盾役なんてみんなこんなもんか」
くだらなさそうに言い捨てたディオスは片手間で魔法を発動した。
空いた手より放たれる直線的な突風。
魔法とは無縁の俺にとってはさぞかし理解できない原理だが、その風に触れる度に皮膚に切り傷が刻まれていくことくらいはわかる。
さらに縮めた距離は風圧で押し戻され……さすがの対応能力だ。
「ついでに焼けちまえよ、そしたら多少は空気も清らかになるだろ」
敵の攻撃は止まらなかった。
なんとディオスはもう片方の空いた手に炎を宿し――嬉々として。
「くたばれよォ……!」
灼熱の塊のような魔法を突風に流しこんだ。
刃を備えた突風は燃焼効果を帯びるゆえ。
クソほど痛い、これ。
全身の切り傷が焙られる。血管が入り口からじわじわと焼かれているような気分になる。ひょっとすると傷口に塩を塗られるよりも格段に凄まじいかもしれない。
だが負けてなどいられるか。
次第に力の抜けていきそうな右手をなんとか突き上げた俺は、
「しょ――――《消去》!」
それら魔法を一瞬で無にする。
消えた魔法。清々しい視界。ヒリヒリする肌の痛みはしかし顕在だ。
瞬間、間髪入れずディオスが俺の方へ突っ込んできた。
「やっぱり隠し持ってたみてぇだなテメェはよ!」
鎧に身を包んだディオスはタックルをかましてくるつもりらしい。
……いいチャンスだ。
床の一部を《消去》。奴の足元にわずかな段差が生まれた。だから間もなく、
「く……っ!」
ディオスは段差に躓いて体勢を大きく崩した。
狙い通り。
即座に立ち上がった俺はよろけたディオスの横に回り込み、前方に倒れそうになる彼の腹へキンタマを蹴り上げるようにつま先を振り上げた。
うめき声をあげるディオス。辛うじて転倒は避けたようだが、
「こんな一発じゃ物足りねぇだろ!」
ガードが消えてガラ空きになった奴の顔面へ俺は拳を叩きつけた。
衝撃で後ろへよろめいたディオスは、恨めしそうに俺を睨みながら口元へ手を添えている。
俺も体勢を立て直した。
さて、次はどう出ようか。骨を消すくらいでは全然足りないだろう。なにせアイツはシャーロットの命を奪おうとした畜生なのだから。それと同等か、あるいはそれ以上の……と息が荒くなっていくのを自覚した、
直後だった。
「シャーロットちゃん!」
背後から大きな声が聞こえた。涙の混じった悲痛なアモネの声だとすぐにわかる。
その声が俺や冒険者たちの意識を奪うのは当たり前で、ディオスもまた例外ではなかった。
振り返ると、懸命にシャーロットを呼びかけるアモネの姿が。
途端に頭が冷静になる。一秒前まで撒き散らされていた戦意が一瞬で喪失し、俺は見えない糸に引っ張られるように二人へ近寄った。
「シャーロット、大丈夫か⁉」
大丈夫なはずがない。それでも口にしない訳にはいかなかった。
アモネが食い気味に伝えてくる。
「デリータさんどうしましょうシャーロットちゃんの意識が完全になくなっちゃいました。刺されたところって心臓に近い場所ですよねこれ大丈夫なんですかシャーロットちゃん死んじゃったりしないですよね……?」
虚空を見つめるようなアモネの瞳が俺に向けられる。
苦しかった。ウソでもにアモネの背に手を添えて『大丈夫だ、心配いらない』と言えない状態になってしまった現状が、こんな現実を引き寄せてしまった事実がたまらなく悔しかった。
……そんな感情を逆撫でするがごとく。
ディオスが痰を吐くように言った。
「ソイツ、スライムだろ? どういう原理で人間に化けてんのかは知らねーが、まさかデリータ、お前がモンスターを町中に連れてくるような裏切り者だったとはなァ‼」
恨みや赫怒を存分に孕んだ声が張り上げられる。
その声は……言わずもがな、ギルド全員の耳に届いていることだろう。
俺たちの味方をしてくれた連中もすっかり閉口している。なにか信じられないものでも見ているような、あるいは汚物でも見下ろすような目が向けられている。
がす、と俺の背中に重みがやってきた。たぶんディオスの靴底だろう。
だが、そんなことなどどうでもいい。
シャーロットがこんな状態の時にバカでかい音を立てやがって――。
俺はディオスの脚を思い切り振り払った。
そのまま立ち上がり、よろけたディオスに前蹴りを叩きこむ。ついでに《消去》もしておこう。ディオスの胸の鎧が虚空に消し飛んだ。
「ちっ……!」
「ディオス、お前少し口閉じてろよ」
苛立ちを懸命に抑えた俺の目に、胸を抑えるディオスが映った。奴の顔は醜く歪んでいた。
実際にはいつもの高慢さのにじみ出た表情なのだろう。だからこれは……沸騰と凝結を繰り返す俺の感情そのものが現実をそう見せている、んだと思う。
するとディオスと対峙する俺の後方で、テキパキと動く人の気配があった。
「ちょっと道空けて。悪いけど誰か手伝ってくれる? 二、三人いると助かるんだけど」
横目で確認すると、担架を用意するウィズレットの姿が。ありがたいな。
「大丈夫。あなたたちが言い争っている件については何が真実かは不確定だから、今ここでこの子を助けても処罰の対象にはならないわ」
それで安心したのか、数人の女性冒険者たちがシャーロットの方へパタパタと駆けていく。
間もなくして彼女はギルドの奥へと運ばれていった。アモネもそちらへ行ってもらった。
つまり。
「……、」
ギルドのエントランスに残された俺は、ぐるりと周囲を見渡す。俺の周りにだけぽっかりと穴が開いたようにスペースができていた。
……残念ながら援軍は見込めなさそうだ。孤軍奮闘とはたぶんこのことだ。
おそらく昼間のローヴェニカで最も静かなこの場所で、我先にと言わんばかりに口火を切ったのは――当然ディオスだった。




