第25-1話 覚悟してほしいんだが?
「どうなんだ、デリータ、アモネ」
喉に詰まった言葉を吐き出させるようなゲンゴクの声。
ギルドに無言の時間が流れる。
さて、どうしようか。
正直なところ、俺は真実を白状しても良いと思っている。
人がモンスターにされているのだから、スライムを守ったのは人を守ったことと大差ないことだ、と。
だが問題は単純じゃない。
クレブの言いつけを守るなら――つまり廻天計画のことは口にできない。
それだけじゃない、と俺は視線を服の裾をきゅっと握るシャーロットへやった。
……ギルドに報告した二人組には彼女の姿を見られている。俺とアモネがいつも一緒にいるのは周知の事実だし、万が一にも変な勘繰りをされでもしたら。
そう思うと下手に口を開けなかった。
「俺たちは見たんだ! そいつらは……モンスターの味方をしてたんだ!」
突然どこかから大声があがる。見ると……俺たちのことを告げ口した二人組がこちらを指差していて。
「スライムに手を出そうとしたらお前たちは庇ったよな。こいつらは敵じゃないって」
もう一人が更に続ける。
疑惑が音声として発せられたせいだろう、あれだけ静まり返っていたギルドが一斉に喧騒の渦に巻き込まれた。
それぞれが口々に言葉を発する――そんな時だった。
「いや、でもそんなことあるか? だってデリータとアモネだぜ?」
どこからともなく聞こえてきたのは、俺たちを擁護する声。
……驚きだ。まさか名も声も知らない顔見知りに庇われる日が来るなんてな。
しかし目を丸くするのはまだ早かった。
なんと次々に俺たちを擁護する声があがってくるのだ。
「そうだよな。数日で昇格するほどの実力派たちだろ? これまでもモンスターを討伐してきたはずだし、なんで今になって奴らの味方をする必要があるんだ?」
「もしかしてアイツらの妬み嫉みなんじゃないの? アモネちゃん強いし可愛いし」
「そこの二人、デリータくんたちを嵌めようとしてるんじゃない? なんか状況的にあり得るよねー」
あ、あろうことか……まさかの形勢逆転。
なんと冒険者たちの疑念の矛先は、俺たちを告げ口した二人組へ向いてしまったのだ。
当然、彼らは懸命に否定を繰り返しているが……数の暴力には勝てるはずもなく。
飛び交わされる単語も次第に苛烈になっていく。
すると今度はアモネがそのようすにオロオロし始めて、
「デ、デリータさん、どうしましょうか……」
と心配そうに縋ってくる。俺に言われても、と内心思うが続けざまシャーロットまで、
「ボクけんかヤダ」
「シャーロット……」
裾にいっそうの力が込められた。服が引っ張られる感覚が強まる。
……そうだよな。
俺は自分の行いが悪だとは思わない。けれどギルドの規定に沿えば悪なのは間違いなく俺たちの方だ。間違っても告げ口をした彼らがいわれのない誹謗を浴びる必要はない。
いい、受け入れよう。
これで処分が下るならそれでいい。元々その覚悟でシャーロットたちと一緒にいることを決めているのだから。
俺は軽く息を吐いて、集団の方へと大きく躍り出た。
「みんな、俺の話を聞いてほしいんだ。今ゲンゴクが言っていたことだけど」
――刹那、俺の視界の右端に『影』が通った。
柔らかい糸のごとく人波をするすると通り抜けたその『影』は、俺の焦点が追いつくよりも遥かに手際よく移動し、
「なら確かめてみれば早いんじゃねぇの?」
「ッ…………」
右手に携えた剣を、シャーロットの背後から心臓に一突きした。
ゆっくりとした時間が流れる。
まるで何も予定がない休日の朝のように、コーヒーの匂いを楽しめる余裕さえあるように。
鮮血が付着した銀剣がシャーロットの胸のあたりから飛び出していた。
おびただしいほどの血が、たとえば無限に湧き出てくる井戸水のような勢いでボタボタと垂れ落ちていく。彼女の白い肌を赤く染め上げながら。
確実な速度で直径を広げていく血だまりがあった。『影』の靴底を飲み込んでいった。
俺は生気の消えかかるシャーロットの顔を見た。
そしてその奥には――口端をいやらしく吊り上げて、たいそう愉快そうに笑む男がいた。
呼吸が止まっていたような感覚は、突として終わりを迎え。
代わりとでも言うように、体を突き破りそうな激情が俺の内から弾け飛んだ。
「ディオスてめぇ‼‼」
床に穴でも開けそうな脚力でディオスへ突撃する。
一刻も早く剣を消さなければ――ディオスは俺がそう考えることを予期していたのだろう。
にやけた顔つきを更にあくどく歪ませた男は、前蹴りの要領でシャーロットの体を剣から引っこ抜いた。
「シャーロット‼」
重力に運ばれ地面にか細い体が打ちつけられる。
辛い。
大事な仲間がこんな目に遭わされているのが、ひどく辛い。
ディオスの残虐さには憤りなどを通り越している。だがそれ以上に……このままシャーロットを失ってしまったらと思うと足が止まってしまった。
俺は握りしめた拳を解いた。そしてシャーロットのそばへ進もうとした――が、それを阻止したのは他でもないアモネで。
「デリータさん止まっちゃダメです!」
言いながらアモネはシャーロットを抱きかかえる。
「シャーロットちゃんはわたしに任せてください。デリータさんがやるべきことは……!」
耐えきれないというように涙が溢れ出ていた。
目尻に溜まる大粒の涙がアモネの頬を伝い、虫の息になったシャーロットの顔にぼたぼたと落ちていく。
そうだ。
俺が止まってちゃダメだ。
今やるべきことはただ一つ。
俺は心の奥底より、いや、もっと深くて暗いところから湧き出てくる震えを押し殺し。
敵を睨みつける。
「覚悟しろよ、お前……ッ‼」




