第23-3話 二人の決意 ☆
「はぁ……困りましたね、テュアさん」
「ため息ばっかつかないでよね。……はぁ」
「テュアさんだってため息ついてますよ」
冒険者ギルドに併設された食堂で。
テュアとアリアンはぐったりとした様子で腰かけていた。
ディオスにいらないと言われた今、彼女たちはこれからどうすべきなのかがわからないでいる。
「私たち、ここ二年間はずっとディオスの下でやってきたじゃない? だからいざ自由になると……なんていうか……」
「ええ、わかります。今更単独でやろうっていう気にもなりませんよね。かといってわたくしたちが組んでも……魔法使いとヒーラーですからね」
魔法使いとヒーラー。
アリアンは他意もなく、ただ職業としての個人を口にしただけだろう。
だがテュアは次の言葉を出すまでに間をおかなければなかった。
「ま、アリアンの場合はただのヒーラーじゃないけどさ」
言った後、ちょっと嫌味っぽかったかなとテュアは内省する。
アリアンの方をチラリと見てみるが……おおらかな彼女が気にしている素振りはなく、結局のところ、
「「はぁ……」」
同じ悩みでため息をつくだけだった。
このままここで意味のない時間を過ごすのはもったいないなとテュアは思う。
ディオスに見放されたことはもう仕方がない。悩んで嘆いても過去は変わらないからだ。
しかし……一方で彼女の胸の内には、
(このまま終わっちゃっていいのかな)
煮え切らない葛藤も内在していた。……もっとも、これだって一人で考えてどうにかなる話でもないのだが。
はぁーっ! とテュアは暗い気持ちを吹き飛ばすように息を吐いた。
ぐでーんとテーブルに体を預けるテュア。微笑むアリアンが横目に映る。
彼女の顔を見ていると……やたら安心感を覚える。
そのせいか、ほぼ無意識のうちにテュアは口にしていた。
「ねぇアリアン。私D級ダンジョンの踏破に失敗した時から考えてたことがあるんだけどさ……あ、もちろんこの話はディオスには内緒よ?」
「もちろんです。それにわたくしもちょうどテュアさんにご相談したいなと思っていたことがあったので」
妙に真面目な顔をしているアリアンがいる。テュアはなんだか居住まいを正さなければいけないような気がして座り直した。
「私たち、最近うまくいってなかったじゃん? 攻略もそうだけどさ、パーティーとしての結束というか……とにかくケンカ続きだったでしょ? あれってなんでなのかなって。それで私思ったんだけど――」
思いの外すんなり口に出た言葉たち。
(あれ……これって言っちゃっていいのかな?)
今になって、内心そんな疑問を抱えながらも。
紡がれた本音の数々は着地点を求め続けている。
真剣に耳を傾けるアリアンが、いつもと変わらない騒がしいギルドが、そして何より自分自身が……やはりその先を聞きたがっているようにテュアは感じた。
生まれた迷いは一瞬で欲望の奔流に飲み込まれて。
テュアは告げる。
「この状況ってさ、デリータが抜けたことが原因なんじゃないかなって」
多分、静寂があった。
アリアンは目を見開いて、口に手を当てて。
まるでこの言葉を聞くためだけにギルド内も消音されたような錯覚をして。
(――あ、私変なこと言ってる)
直感したテュアは取り繕うように、この静寂をかき消すようにいつもの笑顔を振りまいた。
「……な、なんてね! そんな訳ないよね! ゴメン、変なこと言っちゃって!」
考えてもみればおかしな話だ。
追放したのは自分たち。身勝手な都合でデリータをパーティーから消したのに、現在の不況は彼の脱退のせい――そんな理屈があっていいはずがない。これではパーティーの方針に、ディオスの判断にケチをつけることになってしまう。
テュアは大急ぎで次の話題を探そうとした。
探そうとした、というのは、探す前にアリアンが彼女の手を両手で包み込んでいたからだ。
「え、アリアン? どうしたの?」
「わたくしもです」
「え?」
彼女にしては鋭い眼力。
温もりの中に厳しさを感じる視線がテュアの瞳を貫通する。
アリアンは続けた。
「わたくしも全く同じことを考えておりました。ご相談したいことというのもデリータさんの脱退についてのお話だったんです」
「そうなの⁉ アリアンもそんなこと思ってたなんて……ちょっと意外かも」
「始まりはブルームレイ様に協力要請をされたC級ダンジョン攻略でのこと――」
アリアンとテュアは一頻り話しあった。
パーティーの不調が、デリータの存在が欠けたことに大きく影響している……そう考えられる点を細部まで指摘しあって。
相談を終える頃には、それはもはや周知の事実のように二人の頭にインプットされていた。
「どうしましょうか」
こちらの意思を確かめるような質問の仕方ではないなとテュアは思う。
案の定、アリアンは返事を待たないで続ける。
「このままだとわたくしたちのパーティーは解散してしまうでしょう。ディオス様も相当お怒りでしたし、きっとわたくしたちでは彼を説得できません。テュアさんはこのまま終わっても良いと思われますか?」
(このまま終わる……)
それが何を意味するか、ディオスのパーティーメンバーとして、わからないはずがなかった。
昨日のことのように蘇る記憶。笑顔のまま泣いている少女。
苦い過去を噛みしめるように瞼を閉ざし。
テュアは前を向く。
「……良い、訳がないわよね。あの子との約束が果たせなくなっちゃうし」
「行きましょう、テュアさん」
立ち上がるアリアン。彼女は頼もしくテュアの手を引こうとする。
「けど……今更頼るなんて都合良すぎない? 私たちはアイツをパーティーから追い出したんだよ? いくらなんでも図々しい気が」
「もちろん承知の上です。彼に合わせる顔などわたくしたちにはありませんが……このまま終わらせないためにはデリータさんの力を頼る他ありません。お断りされた時は――」
わずかな間があって。
やがてアリアンは大胆に笑って見せた。二年以上の付き合いがあるテュアでも目にしたことがないほど不敵な笑みだった。
「――その時は二人で何とかしましょう!」
そんな簡単な話ならもう解決してるっての――
「わかったわよ」
思いながら、テュアは一息ついて返事する。




