第23-2話 《支配剣》 ☆
ディオスはキノコ頭の喉仏を切り裂くべく剣を薙ぐ。
男は即座に半歩引いて躱した。切先は空を切る。
「やれるもんならやってみやがれ!」
威勢よく打ち放たれた啖呵。
男はディオスの攻撃を避けながら剣を抜き、それを縦横無尽に振り払う。
そこからは一方的な展開だった。
まったくヒットしないのだ。
キノコ頭がどれだけ剣を振り上げ、何度剣を振り下ろしても。
それがディオスにはおろか、彼の持つ剣に掠りさえしない。
「……クソッ……クソッ……!」
空を切る音だけが連続する。
キノコ頭の冒険者の表情は歪んでいき、次第に苦痛の色を濃く見せ始める。
「おいおいどうしたぁキノコ頭くぅん? さっきからどこに当てようとしてるんだぁ?」
「どうしてだっ……俺だってあんなに練習積んでんのに!」
汗が飛び散る。
その一生懸命な姿に、ひたむきに頑張る姿勢に。
ディオスは腹の底から笑いが込み上げてきた。
「くはははははははは‼ 練習ゥ⁉ いま練習って言ったかお前⁉ あははははははは‼ バカだ、お前最っ高にバカだよ‼ いいか、冒険者に必要なのは練習でも努力でもねぇ」
間延びしそうな一対一の戦闘は、突として終わりを迎える。
「がはッ……⁉」
ディオスの銀剣がいとも簡単にキノコ頭の体を切りつけた。
まるで初めから一撃目はディオスの手札にあったかのような単純さで。
男の左肩から右腰にかけて線が走る。線は間もなく赤に染まる。
そのまま後ろへ倒れたキノコ頭の額へディオスは足を乗せた。
苦痛に満ちた瞳がするどく彼を捕らえる。ディオスはそれすら愉しむように男の顔面へ痰と一緒に吐き捨てた。
弱者にとっては絶望的なまでに残酷な、しかし現実的とも思えそうな言葉を。
「圧倒的な才能だ」
男の失神により激突は幕を引いた。
面長の男は顔を引きつらせて口にする。
「こ、これが元Cランク冒険者ディオスのスキル――《支配剣》!」
ディオスは剣を左右に切り払い、鞘に納刀する。
野次馬たちに運ばれていくキノコ頭を見下ろしながらディオスはやはり苛立つ。
(ちったぁスッキリしたが……ああちくしょう、なんで俺がDランクなんかに……!)
結局のところ、それだけが納得できない。
野次馬たちからの視線を感じるが、そんなものどうだっていい。
とにもかくにもディオスにとっての最優先課題は一つ。
降格されたパーティーランク、ひいては自身のランクをCに戻すことだ。
ディオスはテュアとアリアンへ背中越しに言い及んだ。
「おい行くぞ。次の依頼は完璧にこなして――おい、何ぼーっと突っ立ってやがる」
どこか他人行儀な二人を見て。
どこかぎこちなさそうに、ばつの悪そうに目を逸らすアリアンとテュアを見て。
(…………、)
ディオスは直感し、続けるつもりだった言葉の代わりに呟いた。
「……あぁそうかよ、ちょうど良いわ。テュア、アリアン、お前らももう要らねぇや。あの盾役のゴミくずどもと仲良しごっこでもしてさっさと死んでくれ。目障りだからな。俺は単独でやっていくからよ」
悲しそうにもしない人形のような二人に見切りをつけて、ディオスはギルドを後にした。
◇
ローヴェニカを歩きながらディオスは考えていた。
(最近の不調はなんなんだ? 一体何が原因になってやがる?)
今までこんなことはなかった。
C級ならまだしも、D級ダンジョンでしくじるなんてありえなかった。
単純にメンバーのせい……そう考えてしまえば楽かもしれないが、ディオスはどうしてもそれだけで片付けられない違和感を覚えている。
何かが変で、何かがおかしい。
……ふいに思う。
(最初の失敗はアイツが抜けた直後のことだったよな。ブルームレイに頼まれてC級ダンジョンに潜り込んで……よくわからねぇトラップに苦戦したんだっけか)
苦い思い出だ。
(次はD級ダンジョンでの失敗。新しく迎えた盾役が役立たずすぎて呆れるほどだったな……でもなんでだ? 同じ盾役だろ? デリータのゴミ野郎と何がそんなに違う?)
確かにスキルという観点で見れば差異は明らかだが……そこまで変わるものだろうかとディオスは更に考える。
(おまけに最後は……最弱モンスターのスライムにさえ勝てなくなっちまって……例外と言えば例外かもしれないが、だが所詮はスライム。どんな状況でも勝てねぇ敵じゃねえ)
そこまで考えて、ディオスはある一つの『可能性』に気付こうとしていた。
どかどかと進んでいた足がゆっくりと速度を落とし、やがて停止する。
そして頭に浮かぶ思考。
(……思えば、今日までの失敗はデリータがパーティを抜けてから……――⁉)
だが、その思考を誰よりも許さないのはディオス自身で。
ディオスは巡る考えに蓋をするように頭を両手で押さえつけた。
(バカ野郎、俺は今何を考えていた⁉ んなはずがねぇだろ! ふざけんなよクソッタレが!)
それだけは認められない。それだけは受け入れらない。
脳内に浮かぶ『可能性』を掻き消すように、ディオスは心の中で大声を張り上げた。
「俺も疲れてんだな……依頼に行く前にちょっと休むか」
行き先を宿に変えたディオスはまた歩き出す。
(……あのゴミのことを考えてたらイライラしてきたな。娼婦でも買ってハメ殺しにでもしてやるか……うん?)
飲み屋街に差しかかろうとした時だった。
「なぁ聞いたか、あの噂」
「噂?」
あちこちでひそひそ話をする連中を見かける。
最初は気にしないで歩いていたディオスだったが、
「ギルド所属の冒険者がモンスターを庇ったって話だよ!」
「確かな情報なのか? だが本当なら……信じられんな。冒険者が人間サイドを裏切るなんて」
その会話を聞いた途端、興味のボルテージが沸騰してしまった。
邪な考えがなかった訳ではない。
(その裏切り者を排除すれば……俺のランクが元に戻る一助になるんじゃねぇのか?)
ディオスは噂話をする連中に近付いていき、
「それもただの冒険者じゃないぜ。ここ数日でめきめきと実力を伸ばしていたアイ――ㇶッ⁉」
彼らの肩に腕を回し、なれなれしく、けれども高圧的に告げる。
「その話、俺にも詳しく聞かせろよ」




