第23-1話 降格処分 ☆
「てんめぇ……今なんつったぁ⁉」
ばん! と机を叩きつける音がギルド内に響いた。
声を荒らげたディオスはカウンターの上で拳を震わせ、ツインテールの新人受付嬢を睨みつける。
だが受付嬢はまったく怯まない。どころか可愛らしさアピールを崩さない程度に口を尖らせて、
「だーかーらー! あたしぃはぁ、Cランクパーティーのディオスくんたちにぃ、Dランクに降格しちゃったヨ☆ ってお伝えしたかったのぉ~きゃぴーん☆」
神経を逆撫でするような猫撫で声。
ディオスは全身の血管を針で刺されているような感覚に陥った。
ただでさえ彼女の言っていることに納得できていないのに、
(コイツ……俺をなめてんのか……?)
視線の先の女は、激情に駆られたディオスのことなど意に介さない様子で手櫛をしている。
その余裕そうな、まるでランク降格を言い渡された自分たちを下に見るような態度にディオスは――
「ふざけたことヌかしてんじゃねぇぞこのアマァ!」
次の瞬間、ディオスはツインテールの受付嬢の胸倉に掴みかかっていた。
ぐん、と接近する女の顔面。その表情から余裕は……まだ消えていない。
(どこまでも俺をなめ腐ってるみてぇだなこのクソ女ァ……!)
気が付けばディオスの左手は一目散に腰にぶら下がる剣柄へ。
さすがにそれはマズいと判断したのだろう。一歩後ろで待っていたテュアとアリアンがディオスの両腕にしがみついた。
「ちょっとやめなってディオス! 職員さんに手を出すとか絶対ダメだから」
「テュアさんの言う通りでございます。どうか落ち着いて……!」
「るせぇ放しやがれ! 俺は納得してねぇぞ! 降格処分なんかクソくらいやがれ!」
ディオスは羽虫を振り払うように二人を突き飛ばす。
その勢いにあやかって殺意すら含んでいそうな怒鳴り声を張り上げる。
「大体おかしいだろうが! D級ダンジョンの踏破に失敗したのは俺のせいじゃねぇだろ‼ なんで俺まで降格されなきゃなんねぇんだ⁉ ゴミムシに足引っ張られてんだぞこっちはァ!」
見慣れないほどの剣幕だったせいか。
テュアもアリアンも怯えたような目付きでディオスを伺い見る。
まるで小動物が本能的に天敵を避けるような視線が、ディオスはさらに気に食わない。
(……考えてみりゃァよ、どれもこれも俺じゃない誰かのせいじゃねぇか?)
C級ダンジョンの踏破失敗は、デリータの代わりに入った盾役が使えなかったせい。
D級ダンジョンの踏破失敗は、盾はもちろんアリアンやテュアの支援までもが遅れたせい。
自分自身は大きなミスはしていないというのに、足だけが引っ張られている現状。
ただ早くランク昇格をしていきたいだけなのに。
早く強くなりたいだけなのに。
(なんで俺はこんな連中とパーティーを組まなくちゃならねぇんだ……?)
ふいに冷静になった頭がディオス自身に疑問を投げかける。
もういらないのではないか。自分一人で十分なのではないか。
ディオスは考えてみる。仮にテュアやアリアンが消えたとして、自分に一体どんな不利益があるんだ? と。
(特にねぇな。別にこいつらがいなくたってどうとでもなる)
ただ、利用価値があるだけ。
同じランク帯の中では強力なスキルと実力を持っているというだけ。
いなかったらいないで問題はない。
ディオスは心に決める。
(適当に強姦して頃合い見てダンジョンにでも捨てちまえばいいか)
思いながら、アリアンの肉付きのよい太腿やテュアの引きしまった脚を舐め回すように眺めていたその時、ふと。
「……見ろよ、恥ずかしいな」
どこからともなく聞こえてきた。
「……な。パーティー組んでおいて自分勝手すぎるだろ。ああはなりたくねぇよな」
そんな声が聞こえてきた。
ディオスは目を剥いて首を振る。
二人組の冒険者と目が合った。キノコ頭と面長の男だ。連中はそそくさとギルドから出て行こうと足を運ぶ。
陰口。いや陰口にもなっていない。
(どうやら本気でなめられちまってるみてぇだな)
ほのかに笑みを浮かべたディオス。怒りを通りこして呆れにも近い感情を胸に抱え、その足は二人組を優雅に追いかけた。
「待て」
「あん?」
目にも止まらぬ速さだった。
すちゃ、と音高く抜かれるはディオスの銀剣。
煌びやかな刀身がギルドの照明にぎらついた。
「ディオス⁉」「ディオス様⁉」
背後でテュアたちが焦ったような声をあげる。
眼前の冒険者二人組も表情をこわばらせた。
「おっ……お前いきなり何するんだ! ギルド内での抜刀は禁じられているはずだぞ⁉」
「ごちゃごちゃうるせぇよ……! おらもういっぺん言ってみろ。今度は直接、面と向かってな」
銀剣をキノコ頭の顎先へひたとつける。
恐怖が零れだしたように、鮮血が線を引いて垂れ落ちて。
その感覚でヤケになったのか、キノコ頭の冒険者は歯を食いしばって叫んだ。
「ああいいぜ! お前みたいなクソ野郎にはなりたくねーって言ってんだよ! Cランクの落ちこぼれが!」
「いい度胸してるじゃねぇか。決めた、半殺しだ」




