閑話1-5 いつか間違えそうで怖いんだが?
コーヒーは手に入れた。
……手に入れたのだが。
俺は首をひねった。
「……ウィズレットさん、どこ行ったんだ?」
さっきまで話していた廊下に彼女の姿がない。
となれば多分部屋に戻った、のだろう。ま、それが普通か。
たとえバロックが本気で愛していようが、ウィズレットさんにとってはただのストーカー。
迷惑であることに違いはないし、それなりに恐怖も抱いていたと思う。
俺の配慮不足だったな。明日会ったら謝っておかなくちゃ。
カップホルダーを連れ立って、俺はバロックの待つ外へ向かう。
と。
「――ごめんなさい。そのお花は受け取れないわ」
馴染みのある声が耳に飛び込んできた。
思わず足を止め、する必要もないのに息をひそめる。
あぁ、ちゃんと向き合ってくれていたのか。
思うところもあっただろう。嫌だと感じているところもあるだろう。
それでもちゃんとバロックの気持ちを受け止める選択をしてくれたんだ。
思わず俺は頬を緩ませてしまう。
「――私、好きな人がいるのよ」
……続けて聞こえてきた文言。
なんだかこれ以上は聞かない方がいい気がする。
恐らくバロックの恋模様はここで終止符が打たれるだろう。
でもそれでいいと思う。大事なのは本音を伝えることだからだ。
ウィズレットさんは……自分の気持ちを隠しがちだ。両親が亡くなった時も人のせいではなくそういうものだと絶望に蓋をしていた。
だが現在の彼女は――その殻を打ち破っている。
もう、心配することは何もないだろう。
俺はコーヒーが三つ並んだカップホルダーを目立つところに置き、踵を返した。
にしても。
「ウィズレットさんが好きになるほどの男か……どんなやつなんだろ?」
◇
そろそろアモネとシャーロットの入浴も終わっている頃だろう。
俺も部屋に戻るとするか……と廊下を進んでいると。
「デリータくん」
背後から呼ばれる。
振り返るとウィズレットさんが立っていた。少し俯いているせいで表情がよく見えない。
「ウィズレットさん。無事に話は終わったみたいで……っ⁉」
言い終わるよりも前。
俺はウィズレットさんに詰め寄られ、あっという間に壁と彼女に挟まれてしまった。
「どこまで聞いてたの!」
「は?」
上目遣い気味でウィズレットさんが声を荒らげる。
顔の距離は数センチ。頬を真っ赤に染め上げている。
なにか怒らせるようなことしたっけか、俺。
「だからどこまで聞いてたのよ! 私とあの人の会話を!」
「え、えっと……ウィズレットさんに好きな人がいるってところまで――むぐぅ⁉」
まだ答えてる途中だったが強制的に遮られた。
ウィズレットさんが俺の胸倉をこれでもかというほど締め上げる。普通に苦しいんですが!
「その先……その先は聞いたの……っ⁉」
「い、いや、聞いてないけど……っ」
「そ。なら良いわ」
ぶはぁ! 解放された。
見てみると、ツンとそっぽを向いている。つくづく難しい人だ、この人は……。
などと思いながら乱れたシャツを直していると、ウィズレットさんは言い訳をするように小さく言った。
「……その、デリータくん。さっきの、こ、恋人役のこと……謝るわ。ごめんなさい」
それを気にしてたのか。さすがギルド職員、律儀というか真面目というか。
「ん? あぁ、それは全然構わないですよ。バロックの方は大丈夫でしたか?」
「バロック? あーさっきの男の人のこと? 問題ないわよ。誠意を込めて丁重にお断りしたから」
「名前も聞いてなかったんですね……」
それほど興味がなかったんだろうな。バロック、ドンマイだ。
するとそっぽを向いていたウィズレットさんが急にもじもじし始める。
「それで……デリータくんには迷惑かけちゃったし……あなたさえ良ければ一緒に飲まない?」
「え、と?」
予想もしていなかったお誘いに俺は答えあぐねる。
だが彼女に俺の返答を待つつもりは一切ないようで、
「はい、じゃあ決まり。ちょうどお酒たくさん用意してあったのよ。ほら入って入って」
されるがままに腕を引っ張られ背中を押され、近くにあった部屋に押し込まれそうになる。
室内が見えた。壁にかかるギルド職員の制服と使用済みバスタオル、そして……ピンクの柄がついた黒の下着を発見する。
え。えっ。
俺ここで一夜明かしちゃうの?
だって酒飲むんでしょ? 俺とウィズレットさんで。
んで、俺は男。ウィズレットさんは女。宿の一室で飲む。
イコール…………?
頭の中に邪な想像が駆け巡る。
純白のベッドに横たわるウィズレットさん。一糸まとわぬ肢体を恥じらいつつ、覆いかぶさった俺の耳元で『いいわよ……』とか囁かれちゃうの俺⁉
……ま、いいよな。
だって今日たくさん働いたし? 報酬もまぁまぁな金額もらったし?
――――うん、俺の理性の負け!
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて――……」
と、部屋に入ろうとした瞬間。
「あーっ‼ デリータさんやっと見つけました! 一体どこほっつき歩いて……ってウィズレットさん⁉」
「ア、アモネ! それにシャーロットまで!」
い、一番見つかってはいけない二人に見つかってしまった……。
そう思ったのはウィズレットさんも同じだったようで、
「デリータくん、早く中入って!」
ぐいっと背中を押される――が、わずかに遅かった。
シャーロットが伸ばした白い触手のようなものがドアを開いたまま固定してしまう。ついでに俺の足も床にくっつけられた。一歩も動けん。
その隙にアモネたちは一気に距離を詰めてくる。
アモネはすぐに俺の腕にしがみつき、
「ちょっとウィズレットさん⁉ どうしてデリータさんをお部屋に連れ込もうとしてるんですかっ‼」
「デリータ、わたさない。ダメ!」
加勢するシャーロット。俺の体に二人の女の子が密着する。
ウィズレットさんに目で「助けてください……」と訴える俺……だったが、彼女は何を思ったか。
「……あのー、ウィズレットさん? 一体なにをしているので?」
なぜか真正面から抱き着かれていた。
俺の胴体に腕を回したまま、ウィズレットさんは声をあげる。
「あ、あなたたちはいつも一緒にデリータくんといるでしょう⁉ 今夜くらい我慢しなさい!」
「そんなこと言ったらウィズレットさんの方がデリータさんと話した回数は多いんじゃないんですかっ⁉ 少なくとも今日から一緒に冒険しているわたしやシャーロットちゃんよりは多いと思います! だからウィズレットさんこそ我慢してください!」
「いいじゃないのあなたたちは明日からも一緒なんだから! 私は帰ってくるのを待ってることしかできないのよ⁉」
な、なんだかすごいケンカじみた言い争いが始まってしまったんだが……。
ま、まぁいいか。体のあちこちが弾力に包まれて幸せですし。
言い争う二人をよそに、足元にしがみつくシャーロットを見やった。
「……デリータ、ボクに任せて」
表情こそ変わらないが、どこか含みのある彼女の声。
その目線は……俺の膨張しかけている下半身を捉えていて。
はぁ。
……俺、このパーティーでやっていけるかな。
いつか『間違え』そうで怖いんだが、本当に。




