閑話1-3 ようやくの休息なんだが? ③
「俺は彼女の恋人だ――もしそう言ったらどうする?」
「嫉妬するでしょうね。素直に」
黒髪をオールバックにした男はためらうことなくそう答えた。
率直すぎる回答。バカ正直すぎる好意。
その誠実さに、とてもじゃないが俺にはバロックがネチネチストーカーをするような人間には思えなかった。
「ん」
占領していたベンチを半分譲るように腰を浮かせる。
バロックは目を丸くしながら隣に座った。
「……もっと煙たがられると思っていましたが、変わった人ですね。僕はバロックです」
「デリータ。あんたはウィズレットさんが好きなのか?」
「ええ、それはもう、心から」
バロックは壊れ物でも扱うように薔薇の花束を膝に乗せると、かすかな笑みを浮かべながら愛おしそうに話し始めた。
「ウィズレットさんは素晴らしい女性です。悲惨な過去を背負いながらも今もなお、日々依頼をこなす冒険者のために尽力している。並の精神ではとうていできません。愛情深く面倒見のよいあの女性だからこそなせることだと思います」
飾り気のない言葉だった。
心の底にたまっていた気持ちをそのまま汲み上げたような純粋さ。
変に気取るでも奇を衒うでもなく、ありのままの愛情を述べたまで。
ああ、このバロックという男は。
本当に、ただ純粋に、ウィズレットさんのことが好きなんだ。
「そうか。まぁバロックさんがどれだけ好意を寄せてるのかってのは十分わかったよ」
ならば俺がやるべきことは一つだけ、だろう。
「だからこそウィズレットさんの気持ちも考えてやれるといいんじゃないのかなって思う」
「……と言いますと?」
「ほらあんた、頼まれてもないのに送迎とかやってんだろ? しかも送りは薔薇の花束つきで。そういうのはステップ踏んでからの方が効果的なんじゃねーの?」
いやまぁ、効果的かどうかは知らんけど。
だがバロックは俺の適当なアドバイスを真に受けたらしい。
微笑みを絶やさない横顔が、わずかに苦渋の色に染まる。
「そうかもしれませんね。でも心配なんです。もしもウィズレットさんに何かあったら、と思いますとね……。たとえ偶然であっても、彼女が傷付くのを黙っては見ていられません」
単なるストーカーの妄言、なのかもしれない。
自分の行いを正当化したくて免罪されそうな御託を並べているだけかもしれない。
それでも、俺はこの男を嫌いになれそうになかった。
「……ふーん、そっか」
ベンチから立ち上がる。冷えてきた体を温めるように腕を組み合わせて宿泊施設に戻る。
「デリータさん? どちらへ?」
「寒くなってきたから温かい飲み物もらってくる。ここで待っててくれ」
冒険者ならコーヒーのサービスがあるとアモネが言っていたはずだ。
あ、そうだ。あれだけは言っておかなくては。
「あと! 間違ってもチ〇コの粘土細工なんか送りつけんな! んなことしたら余計に避けられるぞ!」
バロックはぽかんと口を開けていた。
まさか他言されるとは……とでも思っているのだろうか。まぁ夜風に当たって頭を冷やせば愚行を反省する気にもなるだろう――?
がしっ、と腕を掴まれた。眉根にしわを寄せたバロックだった。
「ちょっと待ってください。一体何の話をしているのですか」
「今更とぼけなくてもいい。ウィズレットさんにチ〇コを模したヤツ送ったんだろ? どういう神経してんだ、それだけは一生理解できる気がしねぇぞ俺……」
「言いがかりです! 僕がそんな下劣なことをするはずがありません!」
温厚な人間からの怒声はいつも虚を突かれたような気分になる。
バロックの剣幕にあぜんとしてしまう。
そんな俺を見てか、彼は小さく「すみません」と謝罪をした後、ハッとした。
「……もしや」
「何か心当たりがあるのか?」
「ウィズレットさんは性別問わず人気ですが……特に男性冒険者からは格別の人気を誇っているようです。もしかすると、その中の誰かが僕に罪をなすりつけようとしているのかもしれません。許せない……! 僕はいますぐ犯人を捜してきます!」
「あー待て待て! そうだよなバロックがそんな低俗なことするはずがないよな!」
烈火のごとく怒ったバロックを、俺は身を挺してなんとか宥める。……もっとも、疾駆する彼に五メートル以上は引きずられたが。
「とりあえずその件は俺が預かるから。あんたはここで待っててくれ」
◇
宿に戻ってすぐ。
観葉植物の影に隠れてこちらを監視していたらしきウィズレットさんの姿を見つける。
近づくと腕をひっぱられ、バロックの姿が見えなくなる廊下まで連れていかれた。
開口一番、ウィズレットさんは口を尖らせて言い募る。
「ちょっとデリータくん! なにストーカーと仲良く談笑してるのよ。あなたは私の恋人よ? ちゃんとあの男の人に伝えてくれた?」
「……やめました」
「え?」
ウィズレットさんの表情がゼロになる。俺は続けた。
「恋人役とかもうやめます俺。すみません、力になれなくて」
「ちょちょ、ちょっと待ちなさいって! なんでそんな急に」
彼女は立ち去ろうとする俺の前に回り込む。
焦慮に駆られているのか、ぷるぷると腕をふるわせていた。
「ウィズレットさん」
彼女の瞳を貫くように視線を据える。ウィズレットさんはひたと落ち着く。
「俺はウィズレットさんの味方です。今回の話に限らず、あなたがピンチになれば俺は全力で助けます。そのうえで聞いてください」
一泊置いて。
「あの人はあなたのことを本気で想ってる。確かに手段は最低だし、それでウィズレットさんをイラつかせてるんだから目も当てられないくらいバカだけど……悪い人間じゃないと思う」
「……なら私はどうしたらいいのよ」
「本気には本気で。大丈夫、俺もついてます。ないとは思いますが、逆上してウィズレットさんに危害を加えようとすれば問答無用で戦いますし」
もちろんウィズレットさんのことを軽視している訳でもなければ、バロックを擁護するつもりもない。たとえ純なる愛情を根底に添えた行動でも、彼の行いは咎められるべきだとも思っている。
だが。
「……コーヒーをもらってくるので。俺が戻ってくる間に決めておいてください」
ひとりの男が本気で恋をして、本気で人を愛しているのだ。
その真摯な気持ちを恋人役でやっつけるのは違うと思う。
……それに正々堂々振られれば、諦めもつくってもんだろう。あの男ならな。




