第21-3話 真相を知りたいんだが?
どこかで鳥が鳴いている。
夕焼けに吠えたくなるのは本能か、それとも生きていく上で身に着けた行動か。
いずれにしても、俺たちの間の静寂にはちょうどいいと思う。
「なぜ」
数秒の時間を置いて、クレブが言葉を紡ぎだす。
「なぜそう思ったんだ? キミは」
表情からは真偽を読み取れない。
それくらいクレブの感情対策はバッチリだ。
「事の発端はモンスターをヒト化させる薬があると聞いた時。当時は『逆のことをやってるのか』くらいにしか思わなかったがそもそも引っかかってはいた」
逆、というのはキャリーにモンスター因子を取り込んだ人型モンスターの行動の逆、という意味だ。
「でもクレブは真剣に取り組んでるみたいだし、俺もできる限り協力しようと思ってひとまず考えないことにした。……だがその後。スライム居住区でアカオニと呼ばれるモンスターと戦ったんだが」
「スライム捕食の常習犯か。よくあれを倒せたな」
「心臓が二つあるのに……そういう意味か?」
ちょっとカマをかけてやったつもりだが、効果はなし。
だがクレブはやはり真実を知っていそうな気がする。
「俺の《消去》はちょっとよくわからなくてな。《ダメージ吸収》から始まったのに、いつの間にか事実や概念までも『消す』ことができるようになっちまった。だからアカオニ戦でも活用したんだ。あいつに触れた時、皮膚や脂肪、筋肉に神経を不可視の意味で消去した。そしたら何が視えたと思う?」
《発散》を習得した後……つまりアカオニの手拳を丸ごと返した後のこと。
アモネが蹴撃で襲われそうになった時には筋肉が視えていて、その後は――
「骨格だよ。アカオニの骨や臓器がどういう構造をしているのかが視えたんだ、俺には」
「なるほど。それで心臓の在り処を看破して見事勝利したと。すごいじゃないかデリータ」
わざとらしく微笑むクレブ。
なんとかしてこの話題を切り上げたいのかもしれない。
「今更そこを褒めてもらいたいなんて俺が思うとでも? 本当はわかってるんだろ? 俺が何を言いたいのか」
でも切り上げる訳にはいかない。
これは何か……とてつもない闇を感じるからだ。
「アカオニの体の構造が――人間とまったく同じだったんだよ」
ここまで言えば、さすがに反応ありか。……なしだ。続ける。
「モンスター化の影響で骨も臓器も多少は変形していたが、大枠はヒトと大差ない。風貌も血の色も人間とは似ても似つかないのに、中身の作りはほとんど人間。……これを偶然で片付けるのは難しいんじゃないか?」
「……世の中には数多の偶然が存在する。あるいは必然であっても、未熟な叡智ゆえに偶然と断ずるしかないという場合も。モンスターの体の作りが人間と同じ、ということも起こり得るんじゃないか? と一研究者であるワタシは思うが」
「確かにな。俺たちの知識の及ばない場所にある必然は偶然と呼ぶ他ない。ならアカオニの体の話を偶然とした上で聞くが」
慧眼にひるまずクレブの瞳の奥へ問いかける。
「なぜヒト化させたスライムたちに個性がある?」
「個性?」
「クレブは不思議に思わないのか? どうしてスライムの時は同じ姿かたちをしているのに、人間になった瞬間それぞれ固有の存在になるのか。彼らはそれぞれが自分だけの肉体を持っている。髪型・髪色もそうだ。眉毛の濃さや太さ、目の色や大きさ、鼻の高さ、口の大きさ、唇の厚さ……どれも一人として同じ個体がいない。少なくとも俺とアモネはすげー驚いたよ」
「キミは知らないかもしれないが実験は常に不安定だ。同じ結果を期待しても、異なる結論が認められることは珍しくない。スライムたちが各々の容姿を獲得したのも偶然の産物だろう」
「同じ薬を使ってもか?」
「なに?」
かすかにだが眉根によったしわ。
初めてクレブの表情に緊張が生まれた。気がする。
「投じた薬はクレブが独自に調合したものなんだろ? スライムに特化して作ったって言ってたよな? 素材だってぜんぶ同じ割合で調合してるんだろ? それでも結果はあそこまで変わるものか?」
「……あの薬の主目的はモンスターをヒト化させること。細部については個体によって別の反応が生じるのが普通だ。たとえば風邪薬なんかもそうだろう。風邪を直すことに特化した薬ではあるが、人によって効き目は変わる。数日で治る人もいれば数週間拗らせる人もいる。薬とは常に使用者の身体状況に結果を左右されるものだ」
ぐ……残念ながら俺は薬の効能について詳しくない。
創薬研究をしているクレブが言うならきっとその通りなのだろう。
だが……ここで食い下がれない。何か他に反論できそうな材料はないか――と過去を遡ってみる。
「もういいだろう、デリータ。約束通りキミの質問には回答した。条件は満たされたと言える」
なんとか粘ろうとする俺をよそに、クレブはすたすたと研究所へ歩きだしてしまった。
俺の横を通過しながら、クールに告げてくる。
「想像のスケールは壮大で実に面白い話だったが、理論武装するには詰めが甘かったな。続きができたらまた聞かせてくれ」
遠のいていく足音。
結局わからないままで、謎のままでこの疑問を終わらせていいのか……?
アカオニの体が人間と同じ構造をしていたこともダメ。
スライムたちがまるで人間と同じような個性を持っていた事実もダメ。
投薬実験の結果に違いが生まれすぎているという点も……ダメ。
だが俺は正直、ぜんぶダメなんかじゃないと思ってる。
これだけの事実を並べれば、研究がどうだとか世界の理がどうだとかは二の次。
目の前で起きていることに目を向けたほうがよほど研究になりそうなのに――と心の中で叫んだ時。
ふいに、遠く。
「……なにやってんだアイツ」
廻天計画研究所の出入り口付近で、シャーロットがエレルーナからの逃亡を試みているのが見えた。エレルーナが一生懸命彼女を研究所に連れ戻そうとしている。それをスライム化とヒト化の駆使で回避し続けるシャーロット。楽しそうだ。
……シャーロット?
遡る記憶が、ある一点に固定された。
俺はクレブの背中に向けて呟く。
「再生」
「ぅん?」
足を止め、振り返るクレブ。余裕綽々といった様子だった。
「俺たちがシャーロットのヒト化を成功させて研究所に戻った時、クレブは『今までの成功例にないほどの再生ぶり』と言っていた。……なぜ再生という言葉を使った?」
――ゆとりのあった顔が、消えた。
俺は次々に湧出してくる疑問をそのままぶつけてみる。
「再生とは元々あった状態に再び戻ることを意味する。なぜあそこで『再び』戻る必要があるんだ? 一体シャーロットはどこへ戻ったんだ?」
「……誰にでも言い間違いはある。単語のセレクトを誤っただけだ」
間を置いた回答に対し、俺は間髪入れずに質問を乱発する。
「おかしなことはまだある。『呪縛権能』を消したからといってなぜモンスターが人の言葉を話せるようになる? あれはモンスター間の支配・被支配関係の話で人間が出る幕なんてないはずだ。スライムたちはなぜ人間にあんなに懐っこかったんだ? 自分たちを殺戮してきた相手に姿を変えたいと普通思うか? それにこの研究所。廻天計画とは一体どういう――」
雷の槍が顔の横を通過した。
バチバチと鳴る空気が鼓膜を叩く。ほぼ同時、背後から轟音が聞こえる。
見やると、雷撃がいくつかの大木を大破させたようだった。
眼前へ向き直る。
「もう口を閉じるんだ、デリータ」
「……ようやく話す気になってくれたみたいだな、イロートデス・クレブ」
雷撃を放ったばかりの彼女はきつく口を引き結んでいる。
余裕の消えた顔に浮かんでしまった葛藤は一ミリも隠せていなかった。
「まったく……勘の良すぎる冒険者は面倒だ」




