第3話 結婚宣言されたんだが?
アモネの父は苛立ちを声に滲ませながら、けれどもなるたけ優しく言ってきた。
「悪いが冒険者くん、ジャマをしないでもらえるか? こちらは大きな取引を抱えているんだ」
またずいぶんと勝手な言い分だな。
アモネはこんなに嫌がってるのに一体何をやらせるつもりなんだろうか。
男は意識を俺からアモネに切り替え、より声圧を強めて言った。
「アモネ、こんな所でグズグズしている暇はないんだ。ここから向こうまで片道三時間はかかる。これ以上のワガママはわしが許さんぞ」
「……いや! 嫌です! わたしはわたしが選んだ人と結婚したいのです! ましてや……お父さまの政略結婚に利用されるなんて絶対に嫌ですっ!」
政略結婚。そんな言葉が頭の後ろの方から聞こえてくるのだから、事情を察するのに時間はかからない。
恐らくアモネはこの男の何かしらの目的のために、どこぞの王子様かあるいは聖職者の息子かに嫁がされるという訳だ。なるほど、小奇麗な格好をしているのは自作自演集団だからではなくお見合いへ行くためだったんだな。すごい勘違いをしてたな、俺。
いつの間にかアモネの手が服の袖ではなく俺の手首を握っている。
それもまぁまぁ強く。心底嫌なんだろうな。
「聞き分けの悪い娘だな! おい、手加減はいらん。傷つけないように拘束しろ」
やがて我慢しきれなくなったのか、アモネの父は護衛たちへ指示を出した。
ぐんぐんと迫ってくる屈強そうな男たち。その目からは『アモネを捕らえる』という使命を確実に背負った意志が感じられた。
俺はアモネに伸びる手を払いのけた。
払いのけては立ち位置を変え、彼女に男たちの手が届かぬよう対応し続ける。
相手は二人だ。素手のケンカくらいでは負けない。
……というか、倒すことだってワケない。その気になれば次の瞬きで勝負がつく。
でもそれじゃ意味がないよな。
「なぁアモネさん――」
苛立った男たちの手が次第に拳に変わり、俺の動きを確実に抑えようとしてくる。
「君が本当に自由を望んで――」
おっ、蹴りまで入ってきた。直にただの乱闘になるだろうな、これは。
「誰にも縛られず生きたいと本気で思ってるなら――」
魔法陣。手加減はされているだろうが、まぁ丸腰であたったらケガするだろうな。
「大人しく捕まってもらうぞっ!」
放たれた火球、そして氷塊。
ためらいなく襲ってくるそれら魔法を、俺は薙ぎ払うようにかき消した。
そして背後をわずかに振り返り、アモネの目を見て。
告げる。
「言葉だけじゃなくて、行動で示した方がいいんじゃないのか?」
吹き散らされる炎。霧のように舞う氷の欠片。
それら空気の向こうには、一瞬の迷いを浮かべたアモネがいて。
しかし次の瞬間、何かを決意した強い少女の姿があった。
魔法が消えて驚いている護衛たちの隙を逃さない――そう言わんばかりにアモネは地面を蹴った。
風になびく金髪が俺の横を通りすぎる。アモネは片手剣を弾きかえした《スキル》を両の手にたずさえ、男たちの懐へ飛び込み、
「……っ!」
ゴフッ‼ と、まるで掌底でも繰りだすように、両手を護衛たちの腹へ突きつけた!
「がはっ……⁉」
吹き飛ばされた男たちはアモネの父を飛び越えて、そのまま地面にくたばった。
「ア、アモネ……! お前というヤツは――!」
口をパクパクさせる父の言葉を遮るように、なんと。
アモネは俺の腕に自分の腕をがっちりと巻きつけてきた。そして、
「お父さまっ! わ、わたし、この人と結婚するので! だからお父さまにはついて行けませんっ!」
「え」
ちょっと予想外の言葉に変な声が出た。というか当たってる、すごい弾力を腕に感じる。
もっとも、アモネの体を張った覚悟を目の当たりにした彼女の父は、
「ぐぬぬぬぬ……! もう勝手にしろ!」
顔を真っ赤にしてどこかへ行ってしまったのだが。
その背中が見えなくなった頃。
「や、やりましたー!」
と、アモネ嬢が全身で俺を包んでくる。トリートメントの香りが心地よい。このまま俺も抱きしめちゃえ……と理性が負けかけた時、タイミング悪くアモネが密着させてきた体を離してしまった。
俺は回しかけた腕を慌てて引っ込める。策士め。
「あの、本当にありがとうございました。わたしの父、高利貸しをやっているんですけど、最近実入りが激減してるらしくて……それで隣国の教会と手を組んでなんとか立て直そうと考えていたんです……」
「そ、そっか。何はともあれ、自由になれてよかったな」
「はい、それはもうほんとうに! ありがとうございました……あ、えっとお名前は……」
「デリータだ」
名乗るとアモネは目を輝かせながら俺の手を取った。
「デリータさん! お礼にご飯をご馳走させてくださいっ!」
「い、いいのか⁉」
「もちろんです!」
これはありがたい提案だ。万年金欠を続けている俺にとって、食料を超える恵はない。
何をご馳走されようかなぁ。高利貸しの娘さんならかなり美味しい店に連れて行ってくれそうだよなぁ……ああ、腹の虫が喜んでいる気がする……。
と、ふいに。目の前で恥ずかしそうに視線を左右させているアモネを見つける。
? と思って見ていると、彼女は切り出した。
「……ところでデリータさん、ものはついでだと思いませんか?」
「……⁉」
ま、まさかこれは⁉ その場のノリと流れに身を任せて本当に結婚しちゃったり――⁉
「わたしこれから冒険者登録しに行きたいと思ってて。良かったらついてきてくださいませんかっ?」
――はしないですよねー。もちろんオッケーした。